15、音楽室のオバケはピアニスト?
「そうだな――」
ナツキは否定しなかった。階段の上をまっすぐ見上げている。
私の鼓動はどんどん速くなる。手をにぎっている彼女にも伝わってしまうんじゃないか?
「だれが好きなのか訊いてもいい?」
私はなるべく平静をよそおって言葉をつむいだ。ぐわんぐわんと耳鳴りがして、ナツキの答えが聞こえないかもと不安になる。
「七不思議めぐりの七番目まで行ったら教えるよ」
ナツキが静かに答えた。ちらと盗み見た横顔は決意を秘めたように真剣だ。きっと、とても大切な恋なんだろうと私はすぐに察した。からかうなんてあり得ないし、もう不機嫌な顔をすることもできない。
だけど、なっちゃんの想い人か―― 聞きたいような、聞きたくないような……。
私たちはいつまでも昔と同じままじゃ、いられないのかな?
ナツキのとなりに彼氏がいる映像が頭をよぎると同時に、私は寂しくて泣き出しそうになった。
小さいころに家族と行ったお祭りで私だけはぐれて、ひとりぼっちになってしまったときのことを思い出す。まわりの人々はみんな楽しそうに笑っているのに、私だけ見ず知らずの土地においてけぼりになったみたいに心細かった。
「疲れたか、ユイナ?」
声をかけられて、階段を登る足取りが遅くなっていたことに気が付く。
「大丈夫」
小さな声で答えたとき、静かにピアノの音が聞こえてきた。四階の暗い廊下に優しい音色が満ちている。
「行こう、なっちゃん」
私は彼女の手をにぎりなおし、音楽室へ続く床をスマホライトで照らした。
音楽室の目の前まで来るとピアノの音は、調や拍子が分かるほどはっきりと聞こえてきた。ドア上部に開いた窓からのぞくと、グランドピアノにだれかが座って演奏しているようだ。
ナツキも私と頭を並べて、
「若い女性がいる……」
と小声でつぶやいた。
「うちの学校にあんな先生いないよね」
「そりゃ夜中にピアノを弾くオバケなんだから先生じゃないだろ」
ナツキの言う通りだが、ひたむきに鍵盤と向き合うピアニストさんの指先からは情熱がほとばしっていて、オバケらしくないのだ。
「オバケってもっと生気のないものかなって」
私のつぶやきに、
「花子や太郎、金次郎だって生気がないわけじゃなかったじゃん」
ナツキが反論する。だが彼らはもっと達観しているように見えた。もしかして金次郎さんが言っていた、この世に未練を残したオバケというのは彼女のことなのだろうか?
「演奏の途中で入って行ったら怒られると思う?」
ナツキがうずうずしながらドアに指をかけていた。
「失礼だし、せめてノックしないと」
「いやこれ鍵かかってるよ。一曲終わるまで待つしかないか」
ナツキはつまらなそうな声を出すと、ドアに寄りかかって廊下にあぐらをかいた。
「なあユイナ、この曲、変じゃないか?」
「変?」
指摘されて耳をすますが、普通のクラシック音楽だ。和音進行もいたってシンプルだし、変拍子も使われていない。
「べつに変だとは思わないけど」
「ユイナが言うならそうなのか。なんかメロディがあまりないんだなと思って」
そういうことか! 私は納得して答えた。
「これ、伴奏なんだよ」
「歌の?」
「歌とは限らないけど、ヴァイオリンでもフルートでも何かソロ楽器のために弾く伴奏」
「へえ」
ナツキは感心したように私を見た。
「ユイナもピアノ習ってたよな?」
うなずく私に、
「伴奏も練習するのか」
と確認してくる。私は今まで練習してきた曲を思い返して首をかしげた。
「うーん、連弾の曲で低いほうのパートになると伴奏っぽいけど―― でも伴奏とは違うかな、あれは」
私が記憶をたどりながら、ぶつぶつとつぶやいていると、
「歌ったりヴァイオリン弾いたりする別のオバケが出てくるのかな?」
ナツキが立ち上がって、ドアにあいた窓からまた教室をのぞいた。私も目をこらすが、音楽室にいるのはピアノを弾く女性のみ。よく見ると彼女はうっすら透明で青白く発光しているように見える。やっぱりオバケなんだ。
夜中に鳴り響くピアノ曲が伴奏だというのは、ちょっとした不思議かもしれない。これが、私たちが解くべき謎だろうか。
あれこれ思考をめぐらせていると、ふいに音楽が止まった。
「どなた?」
耳元で聞こえた、か細い声に息が止まりそうになる。私とナツキが白くなった顔を見合わせたときには、私たちのすぐうしろ――暗い廊下に若い女性が立っていた。風もないのにふわりとゆれる白いワンピースがぼんやりとした青白い光を放っている。
「えっ――」
音楽室の中を確認すると、グランドピアノのいすに人影はない。
「ひぃっ!」
私は思わずナツキに抱きついた。だがさすがの彼女も今回ばかりはこきざみにふるえていた。
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