13、校内に侵入したい!

「すでに押してある!? でもまたウンコ……」

 嬉しいやらがっかりするやら。ナツキが自分のカードを確認しながら、

「これ水色だからウンコじゃないよ」

 と教えてくれた。

「まさかスライム?」

 その通りだと肯定するように、プールの中のスライムがゆらゆらと揺れると、代わりに勇者がうなずいた。

「水じゃなくて生き物だって見抜いたからオッケーなんだと」 

「スライムと意思疎通できるの!?」

 再び驚いた私に勇者は胸を張った。

「これが俺の能力さ」

 この人はもしかしたら小さい頃から柴犬のポチとおしゃべりしてみたかったのかも。優しい女神様がその願いを叶えてくれたのかも知れない。

「だから俺はプールに駆けつけたんじゃないか。ポチがお前らにいじめられて泣いている声が聞こえたからな」

 なんと、私たちがスライムをいじめたことになっていた!

 帰りは勇者の危なっかしい浮遊魔法でフェンスを越え、私たちはようやく校舎へ向かった。

 五番目の七不思議は四階にある音楽室で起こるからだ。

 しかし私はまた新たな問題に気が付いた。

「ちょっと待って。この時間、校舎って閉まってるよね? どこから入るの?」

「どこか開いてるかもよ? とりあえず全部試してみよう」

 ナツキの当てずっぽうな提案に従って、私たちはまず昇降口へ向かった。

 ガラスのドアから中をのぞくと暗闇に下駄箱が並んでいる。下駄箱の陰から恐ろしいものが飛び出してきそうで気味が悪い。

「全部閉まってるな」

 昇降口のガラス戸を順番にガタガタと揺らしていたナツキが戻ってきた。

「どうしよう。せっかくここまで来たのに」

 私は四つのスタンプが押された台紙を悲しい思いで見つめる。

「まだあきらめるのは早いぜ」

 ナツキは私の二の腕をつかんで引っ張った。

「一階の教室を全部見てみよう。一か所くらい鍵を閉め忘れてるかも」

 私たちは校庭に面した教室の窓をひとつずつ確認して回った。

「だめだ。どこもちゃんと閉まってるよ」

 私は泣き出しそうになってきた。

「中庭に面した教室もあるよな」

 ナツキは全然へこたれない。私の手を引いて校舎裏へ走った。

「宝探しみたいだな!」

 落ち込むどころか状況を楽しんでいた。

 中庭に面した棟の一階には図工室、理科室、家庭科室など実技科目で使う教室が並んでいる。二階には職員室、三階には図書室とパソコン室。そして四階には音楽室と視聴覚室が入っていた。

「ねえ、かすかにピアノの音が聞こえてこない?」

 私は円形の花壇脇を歩きながら、ふと四階を見上げた。生暖かい夏の夜風に乗って、鍵盤の音色が地上まで届いてくる。

「そうか? それよりあそこ、誰かいないか?」

 ナツキが指さしたのは――

「あの窓、理科準備室だよね?」

 私は六番目の七不思議を思い出して思わず足を止めた。街灯に照らされた暗い室内で、確かに何か動いた気がする。

 ナツキははしから窓を数えていたが、

「だな。理科準備室で間違いない。あそこも七不思議の舞台なのか?」

「うん、人体模型と骨格標本が動くんだって」

「両方動くんだ。おもしろいな」

 なぜかナツキは笑い声を上げた。

「二人で遊んでるのかな?」

 そんな平和な話ならいいけどね。

「行ってみようぜ」

「ちょっと待って」

 タンクトップをつかんだ私を振り返って、ナツキは口をとがらせる。

「なんでだよ。七不思議のひとつなんだろ?」

「順番に回らなくちゃいけないの」

「ちぇーっ、いちいち優等生だな、ユイナは」

 私はムッとして、無言のまま一番はじっこの窓へ向かった。

「怒んなよ、ユイナ。優等生ってほめ言葉じゃん」

 うしろからナツキが追いかけてくる。

 私は優等生呼ばわりされるのが嫌いだ。つまらない人間だと言われたように感じるから。あのへんてこ勇者が言っていたように、教科書の内容を丸暗記するなんて自分の頭で考えることを忘れたお馬鹿さんだと、心の中では知っているからだろうか。

 イライラしながら無造作に引いたガラス戸があっさりと開いて、私はたたらを踏んだ。

 暗い教室の中からは木の香りと同時に、木工用ボンドや絵の具の独特なにおいが漂ってきて、ツンと鼻先を刺激した。

 うしろからパタパタと駆け寄ってきたナツキが、

「図工室、あいてたんだ!」

 うれしそうな声を出した。

「電気つけようぜ!」

 私ひとりで怒っているのがバカバカしくなるくらい、ナツキは何も気にしていないようだ。私の横をすり抜けて教室へ上がると、スイッチがある壁ぎわまで走って行った。

「なっちゃん、教室では靴ぬがなきゃだめだよ」

「ちぇー、めんどくさいなあ」

 文句を言いながらも、ナツキはその場でビリビリとサンダルのマジックテープをはがし始めた。

 私は片手に水色のサンダルを持ち、素足で教室へ上がった。つま先立ちになって教室を横切りながら、

「まずは下駄箱に行ってうわばきを取って来よう」

 廊下へ向かった。電気がついていれば怖いことはない――はずだった。

 だがサンダル片手に暗い廊下へ出た私の耳に、理科室の方から男たちの話し声が聞こえてきたのだ。

「金次郎さんから報告があって、久しぶりに七不思議めぐりの子供が来ているらしいぞ」

「ほう、どうやって迎えてやろうか。楽しみだね」

 私はゆっくりと声のした方を振り返った。

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