06、トイレの花子さんの正体

「はあい」

 中から聞こえてきたのはか細い裏声だった。ゾッとして息を呑む私のとなりで、

「どこぞのテーマパークで人気のネズミみたいな声してんな」

 ナツキは冷静に分析をしている。私は頼もしい彼女の腕に抱きついた。

「こ、怖いよぉ」

「怖いか、これ?」

 ナツキはもう一方の手でほっぺの辺りをかきながら、

「別の意味で怖いヤツが出てきて、今度こそマジもんの通報案件にならなけりゃいいけどな」

 と、よく分からないことを言った。ナツキが平然としているのに私ばかり怖気おじけづいてちゃかっこ悪い。私は勇気をふりしぼって個室の中に話しかけた。

「私たち、七不思議めぐりをしてスタンプを集めているんです」

 鍵が外れる音すらしなかったのに、静かに扉がひらいた。

「スタンプラリーの子が来るなんて久しぶりだわねぇ」

 おさげ髪をした花子さんは、妙にガタイのよい女の子だった。白いブラウスに赤いつりスカートをはいているから、花子さんで間違いないのだろうけれど……

「ルールは金さんから聞いたかしらぁ?」

 かすれた裏声でクネクネと体をひねりながら訊いてくる。この子は普通に話せないのかと疑問に思いながら、

「七不思議の謎を解くんでしょ?」

 私は金次郎さんに教えられたとおりに答えた。

「あら、よく知ってるじゃなぁい」 

 古い和式便器の前で仁王立ちして、花子さんは両腕を組んだ。私は彼女を頭からつま先までながめて考える。トイレの花子さんの謎ってなんだろう?

「何も手に持ってないから、二宮金次郎みたいに物を隠す場所もないし」

 ひとりごとのようにつぶやくと、

「隠す場所―― スカートの中?」

 ナツキが変なことを言い出した。

「何言ってんの、なっちゃんったら!」

 私が赤くなると同時に、花子さんも反射的にスカートを押さえた。下を向いた瞬間、おさげ――ではなく頭そのものが跳ねたように見えた。

「ん?」

 私が目をこらしたときには、

「ちょっと失礼」

 ナツキが一歩前に出て手を伸ばしていた。

「ちょっとなっちゃん何を――」

 私の目の前で、ナツキは花子さんのおさげを引っ張った。

 ずるりと頭が傾いて――

「キャー!」

 私は悲鳴を上げると同時に顔を覆った。ぎゅっと閉じたまぶたの裏に、頭と顔の皮膚がずるりと取れて、血みどろのまま立ち尽くす恐ろしい怪異の姿が浮かんだ。

 だが現実に聞こえてきたのは――

「ちっ、バレちまったか」

 ちょっとかすれた男の子の声!?

「だれ?」

 恐る恐る指の間からのぞくと、目の前に立っていたのは坊主頭の花子さんと、おさげのかつらを片手にぶら下げたナツキの姿だった。

「トイレの花子さんって男の子!?」

「ちっがーう!」

 けたたましい声はスカート姿の坊主少年ではなく、一番入り口に近い個室から聞こえた。

「そいつは偽物よ!」

 足を踏み鳴らして出てきたのは、同じ服装におさげ髪だが、小柄でかわいい少女だった。

「本物の花子さんは私!」

 みずからを指さして主張する。

「それじゃあこっちの花子さんは――」

 振り返った私を守るようにナツキが抱き寄せる。

「やっぱり変質者!? うちらよりガキのくせに人生終わってるな!」

「失礼なやつだな。俺は男子トイレの太郎さんだよ」

 この子もオバケだったんだ! 私は目を丸くして、太郎さんをまじまじと見つめた。彼は口をとがらせて不満そう。

「七不思議めぐりするヤツが女子ばっかりでつまんねえんだよ。男なんて十年くらい来てないんだぞ」

 十年前に七不思議めぐりをした男子がうちの塾の谷ちゃん先生だろうか。

「だからって私の出番取らないでよ! 早く男子トイレに帰って!」

 本物の花子さんが勢いよく廊下の方を指さす。

「ちぇーっ、追い出すなよ」

 太郎さんはナツキの手からおさげ髪のかつらを奪い返すと、ニヤリと口のはしを吊り上げて花子さんを振り返った。

「ちゃんと変装を見抜いたこの子たちには俺がスタンプあげちゃうもんねーっだ」

 私たちが持つカードを指さした太郎さんの指から煙のようなものが浮かび上がる。

「ひっどーい! 私の謎は解いてもらってないのにーっ」

 花子さんはその場で地団駄じだんだを踏んだ。

「ケケケ、お前が出るトイレを間違えたのがいけないんだぞ」

 不思議な言葉を言い残して太郎さんは廊下の暗闇にとけ消えた。

「私が出るトイレって奥から数えて四番目じゃなかった?」

 こてんと首をかしげる花子さんに、私は小声で訂正した。

「七不思議では入り口側から数えて四番目ってことになってます」

「うっそー!」

 花子さんは両手でほっぺをはさんで叫んだ。

「久しぶりすぎて間違えちゃった! だからあなたたち、私が隠れている個室を素通りして行ったのね……」

 落ち込む花子さんをなぐさめることもなく、スタンプラリーの台紙を確認したナツキが、

「なんだこれ!?」

 大声を出したので、私も慌てて自分の台紙を確認した。

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