05、使用禁止のトイレ
「そうだった。七不思議めぐりをする子には僕がスタンプラリーの台紙をわたして、説明することになってるんだ」
金次郎さんは改めて本のページの間から四角いカードを二枚抜き取り、私とナツキに手渡した。
街灯の明かりにかざして見ると、学校の簡単な地図が描かれているようだ。七不思議の起こる場所には白い丸が描かれ、スタンプを押せるようになっている。
丸い空白をひとつずつ指さして数えていたナツキが首をかしげた。
「七不思議なのに六つしかないぞ?」
「スタンプを六つ集めて大階段の鏡のところへ持って行くんだ。すると君の知らない君自身が映し出されるんだよ」
親切に説明してくれる金次郎さんに私は確認した。
「七不思議を目撃すればスタンプがもらえるのね?」
「いや、見るだけじゃだめだよ」
「えっ、何か宿題があるの?」
おさまっていた心臓の鼓動がまた早くなってくる。オバケを退治しろなんて言われたらどうしよう?
だが金次郎さんの答えは全く違っていた。
「君たちは七不思議の謎を解かなければならないんだ」
物騒な話じゃなくてよかった! 考えてみたら金次郎さんもオバケだから私たちに倒されることになっちゃうもんね!
「謎って――」
ナツキが気軽な調子で予想する。
「たとえばうちの学校のブロンズ像がいつも本を読んでるのは、実は漫画を隠してるからだったとか?」
「うっ」
弱みを握られた金次郎さんは一瞬言葉につまってから、
「僕の場合は単純な謎だったけど、ほかの者たちはそう簡単に秘密を知られたりしないだろう。心してかかるんだよ」
気を取り直して、私たちのスタンプカードを指さした。彼の指先からゆらりと紫色の煙が浮かび上がり、私たちの持つカードに吸い込まれていく。
「うおっ! オバケのスタンプだ!」
ナツキが食い入るように台紙を見つめている。
「私のカードにもスタンプが浮かび上がったよ!」
正門近くにあいていた白い丸の中に、かわいいオバケのスタンプが押されていた。
「ありがとう、金次郎さん!」
私が見上げると、彼は人のよさそうな笑顔を浮かべていたが、ふと心配そうに眉根を寄せた。
「七不思議をになうオバケや妖怪たちは、みんなが僕みたいに優しいわけじゃないからね」
自分で優しいって言った、と思っているうちに彼は次の言葉をつむいだ。
「中には話の通じない恐ろしいヤツや、この世に未練がある者もいるんだ。十分に気をつけて進むように」
「はーい!」
私たちは手を挙げて返事をすると、二番目の七不思議へ向かうことにした。
「二つ目はどこだ? これ体育館の前あたりみたいだけど」
ナツキは地図になっているスタンプラリーの台紙をくるくると回している。
「体育館前の渡り廊下にある女子トイレに花子さんが出るんだって」
私が説明すると、
「げっ、あのトイレ使うヤツ少なくて昼間でも気味が悪いんだよなあ」
ナツキにしては珍しく、少しおびえているようだ。
湿気を含んだ風がじっとりと肌にからみつくのを振り払って、私たちは薄暗い校庭から体育館へ向かって移動した。
「花子さんが隠してる謎ってなんだろうね」
静けさが怖くてナツキに話しかけたら、
「実は足が三本あるとか? すごい速さで追いかけてくるんだろうな」
余計に鳥肌が立つような回答が返ってきた。
「やめてよ」
「ハハハ、大丈夫だよ。二宮金次郎、全然怖くなかったじゃん」
「あの人は恨みを持って死んだわけじゃないし、立派な人だから像になってるんでしょ」
話をしているうちに、私たちはトイレの前までやって来た。薄暗い中ぼんやりと
思わずあとずさる私とは反対に、ナツキはずいっと前に出た。
「あけるよ」
ナツキが扉を押すと油をさしていないのか、ちょうつがいがギギと音を立てた。私も続いて扉にふれると、湿気が多いせいか手のひらにべたりと吸い付いて気持ちが悪い。
トイレの小さな窓からは外の明かりが入って来ないので、せまい空間はほとんど闇に閉ざされていた。
「まっくらだな」
ナツキの言葉に答えるように私は、ライトをつけるためにポシェットからスマホを出した。
「電気つけるぞ」
「え」
私がスマホのライトを
「電気つけていいのかな? 反則じゃないかな!?」
心配する私を振り返ったナツキは、
「こんなに暗くちゃオバケの顔も見えないだろ」
当然だと言わんばかり。
「いや、見たくないけど」
小さくつぶやいた私に、
「だって七不思議の謎をあばくんだろ? 見えなきゃ分からないぞ」
妙な理屈で答えた。
だが天井の青白い電灯はジジジと音を立て、ついたり消えたりを繰り返している。こんなところ早く出て行きたい。私は一番奥の個室を指さして、
「手前から四番目のトイレを四回叩いて、声をかけると花子さんが出てくるんだって」
ノートに書きとめていた内容をナツキに伝えた。
だが四番目の個室前まで歩みを進めたナツキが私を振り返った。
「使用禁止の紙が貼ってあるぞ」
「本当だ……」
オバケが出るから使用禁止になったのだろうか? 怖い。怖すぎる。思わずナツキの背中にしがみつくと、彼女が振り返った。
「やめておくか?」
どうしよう。塾の谷ちゃん先生はこんな怖いことを乗り越えたのだろうか? 迷う私の頭を、ナツキのあたたかい手が優しくなでた。
「よし、じゃあ大階段の鏡だけ行って帰るか」
「七不思議を全部まわらなくちゃ大階段の鏡の前に行っても何も映らないよ」
なっちゃんってばルールを忘れちゃったの?
「ユイナは知らない自分なんて本当に教えてもらいたいのか? 自分で見つけていくのが面白いんじゃないか?」
「じゃあ、帰る?」
私はスタンプラリーの台紙に視線を落とした。ひとつだけ押されたオバケのスタンプが寂しく私を見つめ返した。
ナツキは私の腕をそっとつかんで、
「せっかく夜の学校に忍び込んだんだ。大階段の踊り場だけ記念に行こうぜ」
出口の方へ引っ張った。
「やだ!」
だが私は彼女の手を振り払った。やっぱりなっちゃんには好きな男子がいて、告白の下見をしたくて大階段に行きたいってこと!?
「私はこんなところであきらめない! 二年間ずっと七不思議を調べ続けてきたんだもん!」
なんだか腹が立ってきた! 私は黄ばんだ立入禁止の紙が張られた個室へつかつかと近づき、扉を四回ノックした。
「花子さん、花子さん、出てきてください!」
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