04、二宮金次郎が隠し持っていたもの
驚きのあまり像の台座に近づくことすらできない私を追い越して、四角い花崗岩の前に立ったナツキは腕を組んだ。
「そうなんじゃないか? だって動くから七不思議なんだろ?」
「動くって、朝見たときとちょっと向きが変わってるとか、本を持ってる腕の角度が違うとか、そういうのだと思ってたよ」
私は鳥肌の立った両腕をなでながら身震いした。
「襲いかかって来られたらどうしよう……」
「ウチがやっつけてやるよ!」
ナツキがボクシングのようにパンチを繰り出した。
「でもブロンズ像だから、きっと重くて固いよ?」
私が泣き出しそうな声を出したとき、
「エッホ、エッホ」
リズミカルなかけ声が聞こえてきた。校庭を見回すと――
「あ、あそこに誰かいる!」
私は校庭のトラックを走る人影を見つけて声を上げた。
「こんな時間に小学校のグラウンドでジョギングしてるなんて不審者かも。通報しなきゃ」
慌ててスマホを出そうとした私をナツキが止めた。
「いや、ウチらも不審者だから」
そうだった! ここで警察を呼んだら七不思議めぐりができなくなっちゃう!
「なんかあの人、本読みながら走ってないか?」
ナツキの言葉に私はハッとして目をこらした。
「あれ、ブロンズ像だよ!」
「二宮金次郎!?」
高い声を出したナツキの目がなぜか輝き出した。
「おーい、こっちこっち!」
大きく手を振って、走り回るブロンズ像に呼びかける。
「なんで七不思議に話しかけるの!?」
青ざめる私を振り返ったナツキは、きょとんとしていた。
「だってオバケと話せるチャンスなんてめったにないじゃん」
えーっ!? それってチャンスなの!? 驚きのあまり声も出せない私と、はしゃいでいるナツキのもとへ、薪を背負った二宮金次郎が走ってきた。
「こんばんは!」
ナツキが元気にあいさつをしたと思ったら、
「なんで走ってたんですか?」
返事も待たずに疑問をぶつけた。
「いやぁ、子供たちの残す給食をこっそり盗み食いしてたらメタボになっちゃって最近、体が重いんだ」
二宮金次郎は片手のひらに本を乗せたまま、もう一方の手で頭をかいた。
ブロンズ像なんだからもともと重いのでは? と突っ込みたかったが、動くブロンズ像という存在自体が怖いので、私はだまっていた。
「きみたち、七不思議めぐりに挑戦している子かい?」
「そうだよ!」
ナツキが元気に答えると、
「それならスタンプラリーの台紙を渡そう」
金次郎は本の間からカードを二枚、引っ張り出そうとした。
「スタンプラリー?」
私がオウム返しに尋ねたとき、
「おっと」
彼が持つ本の下から、妙にカラフルな別の本らしきものの表紙がのぞいた。
「あーっ」
突然ナツキが大きな声を出して指さした。
「それ『精霊王の末裔』のコミカライズじゃん! 面白いよな! ウチも読んでるよ!」
金次郎はブロンズ像のくせに顔を赤くして、ちらっとのぞいたそれを、必死で本の間に隠している。
勉強嫌いのナツキが二宮金次郎と同じものを読んでいるなんて、おかしい。
私が
「てへへ」
金次郎の目が泳いだ。
ナツキは金次郎が隠した本を確認しようと飛び跳ねながら、早口でまくし立てる。
「なあ、それ六巻だよな!? 不死身だと思われてた蜘蛛のモンスターが主人公の聖剣で倒される巻!」
「うわー!」
金次郎が本を持ったままの手で耳をふさいだ。
「ネタバレしないで! 僕まだ読み終わってないんだから!」
え、まさか――
「二宮金次郎、漫画読んでたの!?」
私は目を丸くした。
「バレちゃった」
彼は観念したのか本の間にはさんでいたコミックを私たちに見せた。
「ひどいよ。僕、主人公が聖剣を手に入れるかどうかさえ知らなかったのに」
「ごめんごめん。ウチ、原作のラノベ先に読んでたからさ、ネタバレとか考えてなくて」
ナツキがぺろりと舌を出した。だが金次郎が、
「原作?」
と尋ねたもんだから、ナツキの早口が始まってしまった。
「原作読んでないのか!? 聖剣編は原作小説だと二巻にあたって――」
終わらないナツキの話を聞き流しながら、私はほっと胸をなで下ろしていた。
大丈夫、なっちゃんは変わってない。今も漫画やゲームに夢中になって、きっと恋なんかしていない。
オタクトークが終わった頃合いを見計らって私はもう一度、金次郎さんに尋ねた。
「さっき言ってたスタンプラリーってなんですか?」
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