02、七不思議めぐりの果てに見えたものは
「見たよ」
先生は事も無げに答えた。
「世界中の子供たちがつながって学び合い、教え合うオンラインスクールの主催者になっている大人の自分が映ったんだ。だから俺は今、塾講師をしながらその準備をしている」
楽しそうに語る先生の瞳は、真夏の海みたいにキラキラと輝いていた。
やっぱり本当に、鏡は知らなかった自分を映し出してくれるんだ!
私はどんどん速くなる鼓動を抑えるように深呼吸してから、ゆっくりと尋ねた。
「じゃあ谷ちゃん先生は七不思議、全部知ってるんだよね?」
「知っていたが、今も覚えているかどうかは怪しいぞ」
私がひらいたノートをのぞきこみながら、先生は自信のなさそうな声を出す。
「どれどれ。お、先生の時代と変わってるのもあるな。体育館で跳ねるボールとか、引きずり込まれるプールとか、先生の頃はなかったよ」
「七不思議って変化するんだ」
驚く私に、
「俺らの時代はまだ旧校舎が残っていたからなあ」
なつかしそうに頭のうしろで手を組んでのけぞったので、オフィスチェアの背がきしんで音を立てた。
「旧校舎には開かずの教室があったり、真夜中になると存在しないはずの四階が現れたりしたんだよ」
現在すでに旧校舎は取り壊されている。木造だった旧校舎は老朽化して、児童数が減るにつれて使用されなくなったそうだ。
いま使われている新校舎は、私のおばあちゃんが子供の頃に児童数が増えたから建てられたんだと、お父さんが話していたっけ。
「五番目が分からないんです」
私がノートの空白になっている箇所を指さすと、先生は天井をにらんで記憶をたどっていたが、
「音楽室が抜けてるんじゃないか?」
ふと私のノートに視線を戻した。
「だれもいないのに鳴り出すピアノっていうのがあったはずだ」
「わあ、いかにもありそう!」
さっそく書き込んだ私は、七つの不思議がすべてうまったノートを両手でかかげた。
「ついに全部分かった! どんな私に出会えるんだろう!」
「今井は将来の夢とかあるのか?」
「お母さんが、『ユイちゃんならお利口さんだから弁護士になれるわよ』って言ってくれたの」
私の言葉に、先生は頬杖をついたまま苦笑した。
「そりゃあ
なんとなく、たしなめられたような気がする。私が返す言葉を探していると、先生は頬杖をついていた手から顔を上げて首を伸ばした。
「玄関にいるの、レギュラークラスの
先生の視線を追って振り返ると、二重になったガラスドアの間で、傘立てに座ってゲームをやっている幼なじみの姿が見えた。
「あいつ今井を待ってるんだろ?」
先生の言う通りだ。私の幼なじみ――島本
私は手早くテキストやノートをリュックにしまった。
「それじゃあ谷ちゃん先生、また明日!」
先生や受付のおばちゃんに手を振って玄関へ急ぐ。
「なっちゃん、お待たせ!」
自動ドアを駆け抜けて声をかけると、ナツキはショートヘアを揺らしながら携帯ゲーム機に夢中になっていた。
「いよっ、よよ!」
かけ声なのか、一人で声を上げる姿に私は小さくため息をつく。陸上クラブの練習で日焼けした肌に、よれよれのタンクトップと色あせた短パンを身に着けた姿は低学年の男子みたいだ。だがよく見れば、ぱっちりとした二重で鼻筋も通っている。そう、ナツキは美少女なのだ。爪をピンクに塗って色気づいている女子たちより本当はずっと綺麗だってこと、私だけは知ってるんだから。
「なっちゃん」
目の前でもう一度声をかけると、
「うおっ!?」
ナツキは驚いてゲーム機を取り落としそうになった。
「ユイナ、いつの間に!?」
本当に気付いていなかったんだ。なっちゃんのこういうところ、一年生のころから変わってない。集中するとまわりが見えなくなるんだよね。
私はホッとして笑いかけた。
「帰ろっか」
外側のガラスドアから屋外へ出ると、夕方の日差しとサウナみたいな熱気が私たちに襲いかかった。
「
クーラーが効いていた室内とは別世界だ。立っているだけで汗がにじみ出てくる。
塾の脇にある細い小道を抜けて駅の方へ向かう。私たちは二人とも駅の向こうに広がる住宅街に住んでいるのだ。
「ユイナ、リュック重いだろ? ウチが持ってやろうか」
居酒屋の前を歩いていると、ナツキが手を差し出した。
「なっちゃんだってリュック背負ってるじゃない」
「ん? ユイナはチビだから大変だろうと思ってさ」
「チビじゃないもん!」
確かにナツキは私より頭ひとつ分背が高いけれど、私だって順調に伸びているのに。
ナツキはハハッと楽しそうな笑い声を上げてから、
「谷ちゃん先生と何話してたんだ?」
ひたいの汗を手の甲でぬぐいながら尋ねた。
「あ、そうそう!」
私は重要な話を報告し忘れていたことに気付いて大きな声を出す。
「ついに七不思議が全部わかったんだよ!」
「おお、おめでとう」
だがナツキの返事はいまいちそっけない。私は少しほっぺたをふくらませた。
「もう、なっちゃんは知らない自分に会ってみたくないの?」
「そんなの時間が経てば自然に分かるだろ。今は知らなくていいことだから知らないんだよ」
「私は待てない!」
両手を腰に当てて断言する私を見下ろして、ナツキは不思議そうな顔をした。
「大体会えるってなんだ? 暗闇からぼやーっと出てくんのかよ」
「違うってば。前も説明しなかったっけ? 大階段の踊り場の大きな鏡、あるでしょ」
「どこの踊り場?」
質問こそしてくれるものの、ナツキの口調はいまいち興味なさそう。私は少し不機嫌な声で答えた。
「一階と二階の間にある踊り場だよ。あの鏡の前で告白すると結ばれるって、うちのクラスの女子が盛り上がってるじゃない」
「え、まじ!?」
ナツキの声が急に大きくなった。
「どしたの、なっちゃん。告白とか興味あるわけ?」
私はついトゲのある言い方をしてしまった。なっちゃんはゲームや漫画にしか興味がないから、私を置いて先に大人になったりしないと思ってたのに。
「え、いや?」
何かを隠そうとしているのか、慌てるナツキの反応に胸がちくりと痛む。私はスカートのポケットからハンカチを出すと、無言で汗をぬぐった。
すれ違う大人の女性は日傘を差し、父親に手を引かれた子供は嬉しそうに棒アイスをなめている。
マンションの下に植えられた木々からは、絶え間なく蝉の声が響いていた。
「なあユイナ」
踏切の前で立ち止まったとき、ナツキがふいに提案した。
「今夜、七不思議めぐり一緒に行かないか?」
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