オバケの謎解きスタンプラリー

綾森れん@精霊王の末裔👑第7章連載中

01、みかづき小学校の七不思議

 ――七不思議を順番にめぐると、最後の不思議「大階段踊り場の鏡」に知らない自分の姿が映るんだって。


 私、今井いまい結菜ゆいなが通う三日月みかづき小学校の七不思議はひとあじ違う。

 塾の子たちと話すと、ほかの小学校の七不思議はすべて知ったら呪われるとか、踊り場の鏡に自分が死ぬときの顔が映るとか、怖いものばかりだ。

 でもうちの小学校の七不思議は、怖いっていうより興味をそそられるんだよね。だって知らない自分の姿だよ? 見てみたくない? どんな私に出会えるんだろう。想像するだけで胸が高鳴るんだ。

 私が四年生だったころ、クラブの六年生が話してくれた。

「何年か前、ゲーム好きの先輩が七不思議めぐりをしたって聞いたよ。踊り場の鏡にゲーム実況をしている自分の姿が映って、ためしにやってみたら人気チャンネルになったんだって」

 現在、大学生になったその先輩は配信者として成功しているそうだ。

 六年生から聞いた話に胸を躍らせてから、私は七不思議の情報を集め始めた。所属している英語クラブや図書委員の上級生に尋ねたり、時にはほかのクラスまで訊きに行ったりした。

 結果、二年間で七不思議のうち六つの情報を得られた。

 今は六年生の夏休みだ。小学校を卒業するまであと七か月。残るひとつを知って、七不思議めぐりをしたい!

 決意を新たにした私の意識は、

「それじゃあ今日の授業はこれで終わりだ。宿題忘れるなよー」

 という先生の声で現実に引き戻された。

 いけない、塾で夏期講習を受けている最中だった! うっかりボーっとして宿題を聞きのがしちゃったよ。

 だれかに訊こうと振り返ると、先生が出て行った教室ではすでにおしゃべりが始まっていた。

「うそー! あいつが好きなの!?」

 女子のひとりが口元を押さえて甲高い声を出している。きっと恋バナだ。

「えぇー、ひどいんだけど。その反応」

「ごめんごめん。あいつも誘おうよ」

「でも男子たち、市民プール来るかな?」

 なるほど、夏休みに男子のグループを誘って市民プールに行く話題か。なんで男子なんかとプールに行きたいのか、私にはさっぱり分からない。

 分からないことにモヤモヤする。

 小四のとき道徳の時間に、「だれでも思春期になると異性が気になります」と教わったのに、いまだ私だけ男子にかれないのは何かおかしいのだろうか?

 お母さんにそれとなく尋ねたら、「ユイちゃんはちょっと成長がゆっくりなだけよ」と言われたけれど、周りの子たちより遅れていると思うと焦りがつのる。

「宿題なんて谷ちゃん先生に訊けばいいや。授業でちょっと分からないところもあったし」 

 盛り上がっている女子たちに気付かれないよう、そっと教室を出た私は階段を降りて一階に向かった。

 受付の向こうに並んだ事務机で、先生たちは授業に使った教科書やプリントを整理している。

 声をかけようと受付台から身を乗り出したところで、

「お、どうした今井。質問か?」

 谷ちゃん先生のほうから気付いてくれた。算数を担当する谷口先生はスポーツ刈りで背も高く、結構若いから人気が出そうなのに、女子からは暑苦しいと言われている。ちなみに国語の先生がイケメンだと騒がれているが、私から見るとどちらも変わらない。

「ちょっと分からないところがあって。あともう一度宿題のページ、教えてください」

 私はちょっと緊張しながらお願いした。授業の最後にボーっとしていたことがバレていないといいんだけど。

「いいぞいいぞ。今井はちょっとでも疑問点があったらすぐ訊きに来るから、模試の成績も上位なんだろうな」

 注意されるどころか褒められてしまった。谷ちゃん先生はコピー機から裏紙を何枚か手に取り、テキストを小脇に抱えてやって来た。

「疑問があるのは七十八ページの応用問題か?」

 先生に見事言い当てられた私はうなずきながら、

「なんでこの式が作れるんだろうって」

 受付台をはさんで先生の向かいに腰を下ろし、算数のノートをひらいて指さした。

「今井が分からなかったんじゃ、あいつらも理解してないな。明日もう一度やらなきゃだめだな」

 先生はガシガシと頭を書いてから、

「まず道のりを――」

 コピー用紙に図を描きながら優しく教えてくれた。

「そっかー! よく分かりました!」

 個人指導の甲斐あって、私はすっきりと納得できた。聞きそびれた宿題もちゃんとメモしたし、ばっちりだ!

「谷ちゃん先生、ありがとう!」

 勢いよく立ち上がり、受付台に置いていたリュックを持ち上げたらファスナーが開いたままだった。ほかの科目のテキストや問題集と一緒にA5サイズの小さなノートがすべり出てくる。青空と雲がプリントされたかわいい表紙に手書きされたタイトルは――

「秘密の七不思議ノート?」

 先生が読み上げたので、私の心臓は跳ね上がった。

「今井って三日月みかづき小だっけ?」

 座ったままの先生に見上げられて、私は何も言えずに首を縦に振った。

「俺の後輩か」

 先生が嬉しそうに笑った。先生も三日月小に通ってたってこと!?

「俺たちの時代は七不思議を全部回ると、知らない自分に会えるとか言われてたけど――」

「それ、やっぱり本当なの!?」

 私は先生の言葉をさえぎって、身を乗り出していた。

「今も変わってないんだな」

 先生はニヤリと笑って親指を自分の胸に向けた。

「実は俺もな、小六の夏に七不思議をめぐったんだ」

 なんということだ。こんな身近なところで情報提供者に出会えるとは!

 私はもう一度オフィスチェアに腰を下ろすと声をひそめた。

「それじゃあ谷ちゃん先生は大階段の踊り場で、鏡に映った『知らなかった自分』を見たの?」

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