第9話 イカメシ風ラバービースト



 ――“ラバービースト”。 


 直訳するとゴムの獣…って、まんまだな(笑)

 そもそも発見数自体が少ないからその生態もよく判っていない魔物だ。


 一応、蟲系でも攻性植物でもなくスライムとかの魔法生物っていうグループに分類されている。

 ぶっちゃけもはや何だか訳が判らん生き物ってことだと思ってくれ。


 …みたいなことがギルドの書庫にある魔物図鑑に書いてあった。

 いや、実はルーキーに説教しといてアレなんだが俺も実際に対峙するのは初だ。


 難度レベル5とされている魔物で、このシルバーゴーレム鉱山には最下層の第5層にしか本来出現しないはず…。

 

 なんでこんな半端な第3層に生えてんだ?


 そりゃ、低レベルの探索者じゃ歯が立たないはずだ。

 そもそもコイツは単なるニョロニョロ触手野郎ってだけじゃない、全身を分厚いゴムタイヤで覆われているみたいに弾性の高い皮膜は俺の小型矢で貫くは無理だろう。

 いや、打撃じゃなく刺突にも強いとか書いてあったから下手な武器じゃマトモなダメージを与えられない可能性すらある。

 防御に優れてるだけじゃなく、近距離で腐食性のガス、範囲攻撃で毒性と麻痺効果のある神経ガスを周囲に放射する……のは、その辺でアヘ顔晒してる奴らで実証済みだな。



 さて、どうしたもんか…さっきみたいに口を開いたタイミングでまたスリング紐で火のルーンをぶつけてやるしかないか?


 ルーンはいわゆる魔術師が各種魔術を使う時に使う…まあ、いわゆる魔力の電池だな。

 勿体ないが、こうやって投げて使うこともできる。

 ルーンは強い衝撃を受けたりして破壊されると魔力がスパークして魔術で攻撃するほどじゃないが、ある程度の魔力・属性ダメージを与えられるってわけだ。



 ヒュンヒュンヒュン――ビュンッ!


 ビシィッ! ――ボォゴオオオッ



「ボォオオオォォー! ボボ・ボボボボボボボ・ボボボ!」


「…まだまだ元気だな? ルーンが勿体ないから長期戦は避けたいんだがなあ~」



 そもそも避ける・逃げる専門でガチの戦闘は門外漢だ。


 俺は渋々次のルーンを紐で吊るした――その瞬間…



「「シャアアアアアアー!」」


「危ないっ!?」



 ラバービーストの根元から生えるお飾りか新芽・・かと思っていた2本の細いラバービーストが突如として俺に歯を剥いて伸びてきやがった!?



「がおぉーっ!!」



 バチィッ!



 その場に乱入してきた銀髪のケモ耳幼女によって伸びてきた触手が弾かれる。



「ピピン!? もう戻ってきたのかっ!」


「おなかへったぁ~」



 緊張感に欠けるピピンが耳をへにょりとさせて腹をさする様を見て思わず脱力しちまったよ…。


 ハハハ。魔物の前だってのに…。



 シュワアァァー!



「わっ!」



 しばかれてオコになったのか、細ラバービーストが口をすぼめたかと思うと何かを射出しやがったのでピピンが驚いて機敏にジャンプで回避。


 毒液!?

 そんなことするなんざ図鑑に書いてなかったぞ!?



「ビュビュウゥゥー!」


「アット!」


「ぬおっ!?」



 チクショー! 最初から俺狙いかっ!


 だがそこは常にクールガイである俺のこと。

 咄嗟に背中に背負しょっていた調理鍋でそれを防ぐ。



「へへっ…驚かせやがって! だが、この俺の自慢のドワーフ製の鍋は耐久性に優れる! しかも、焦げ付き・毒・呪いもへっちゃ――」



 シュウウウゥ~…



「…………」



 3年以上苦楽を共にしてきた俺の相棒の鍋底からキョトンとした顔のピピンがコッチを覗きこんでいた。



「アーッ!? 俺の鍋がああああああああアあ!?」



 俺は相棒を失った悲しみに咽び泣いた…。


 絶対に……ぜえぇ~ったいに許さんぞっ! このゴムポジ野郎ぉ~!?

 殺して喰ってやるぅ!

 必ずだっ!!



「ア…アット? ……よくも、よくもアットいじめたなあっ! ~っグラガァルルルルウゥゥウウウウ!!」


「うわあああっ! 女の子が獣人に変身した!?」



 新人がピピンの豹変ぶりに腰を抜かす。


 だがそんなんもうどうでもいいっ!

 ゴー! ピピン!!

 そのゴム野郎を八つ裂きにしてやれい!!



 あ。一応、後で食べる時に支障がでない程度にな?



 ほぼ野生に還ったピピンが鋭い爪を振るい、ミニ・・・ラバービーストの1本を瞬殺。

 切断された触手が穴が開いた風船のように飛んでいってしまった。



「ビィヤアアアアアアアアー!?」



 お。海綿動物の親戚みたいな見た目してんのに痛覚とかあんのかね?



 ブシュシュシュシュゥウウウー!!



 残されたもう一本の先端から飛ばしてきやがるのはさっき俺の愛鍋を溶かしやがった溶解液!?


 いや…それを気化して噴霧した腐食性ガスか!

 流石に鬼のような耐性持ちのピピンのヤツでもやべぇーのでは?



「ウーッ! クチャイ!?」



 ……臭いって。

 しこたま大抵の金属鎧でも溶かしちまうような生物兵器ガスを浴びといて、反応それだけかよ?

 毒沼スイミング余裕じゃないか…たまげるなあ。



「グガアアアア! アグアグガウッ!!」



 ブチブチィイイイイ~!



 そのままスルーして掴み取った触手を目一杯引っ張ったピピンは腕力だけで引きちぎれないと察した途端、迷わず噛み付いてその触手を本体から分断しやがった。


 紛れもなく実物大・・・怪獣特撮映画を観てる気分になるな。



「ボボボボボボボボボ!!」



 流石に2本のブラザー触手とバイバイさせられた本体はオコのようだな?

 いい気味だ。



「ガオオオオオオォ!」


「ボベベベベベベボベッ!?」



 トドメとばかりピピンが畳み掛ける。

 ラバービーストに向って百裂拳ならぬ連続ケモパンチ(オーラ+エフェクト付き)をお見舞いする。

 

 流石にこれにはラバービーストも激しく殴られる度にボディフォルムを歪めながら口から砕けた歯やら謎の体液を噴き出した――…だが!



「ボビィイイイイイイイイ!!」


「ガウゥウ!?」



 アレだけボッコボコにされといてしぶとい奴だな!?


 身体を伸ばすと口の中のアノマロカリスのみたいな歯を回転させながらピピンに襲い掛かりやがった。

 ピピンもそれに応じて奴の噛み付きを躱して腋の下に抱え込むようにしてホールドして膠着状態になる。


 本体は太いぶんだけ防御力も筋力も高いせいか…ピピンでもそう簡単に倒せないか。

 いや、バッキバキに物理特化してるようなピピンじゃ単に相性が悪過ぎたか?


 俺が手伝ってやるしかないな。



「ピピン! そいつを力一杯ひっぱれ! 地面から引っこ抜けなくてもいいっ!」


「ウ…? ウゥウウウウウ~!!」


「な、なにを…?」


「まあ、見てろ!」



 俺はクロスボウに強化矢を番えて駆け出すと取っ組み合いしてる最中のピピンとラバービーストの側面に回り込んで構える。


 お~お~流石はゴム野郎だな、よぉ~く伸びやがるぜ。

 

 地面から出してた元の長さの10倍は伸ばされて…――ぴーん・・・となってんなあ~。

 

 ……良し、見えるぞ!



 だるだるんのゴム皮に隠れてた脈打ってるブツがなあ~。



 パシュ――ドッ!



「グボッ!? オオオォォォォ……」


「ガウ?」



 俺の放った矢が命中したラバービーストはビクンと一度大きく痙攣した後、ズルズルと力を失っていき…――



 ズポンッ



「ガウア!?」


「うひゃあ!?」



 力尽きたラバービーストの根っ子が勢い良く抜けてゴムが伸縮する作用でラバービーストごとピピンとぼけーっとしていた新人が弾かれて飛んでいく…つくづく運の無い新人だなあ。



「痛タタ…一体、何が起こったんですか」


「…? チッチャクナッタ?」


「ああ、俺の矢で心臓を射貫かれて一回り以上しぼんじまったみたいだなあ」


「し、心臓? こんな奴にそんなもんあるんですか…」


「はあ? あるに決まってんだろ。生き物なんだから」



 …まあ、心臓どころか、なんで動いてるのか良く解って無い魔物もいるけどね(ドヤ顔)


 ラバービーストの心臓は普段地面の下に隠れてる部位にある。

 普通なら俺のクロスボウ程度じゃどうにもならんが、今回はピピンが力づくで急所を引っ張り出してくれたからな。



 うーん…ピピンが先に引き千切ったラバービーストの新芽は既に干乾びたミミズ状態になっちまってる。

 毒性もかなり強い。

 あれだけ溶解液やらガス噴いてりゃそうか…残念だが、ピピンのオヤツだな。



「アットぉ~。ピピンおなかへったぁ~」


「わ! 戻ってる…どうなってるんだ?」


「わかったわかった。約束だからな。少し待ってろ」



 クックック…早速この場で解体して喰ってやる!

 俺の料理鍋の仇を…鍋……――



「ほわぁ!? しまった! 鍋が穴開けられて使えんかったんだった!!」


「ええ~? にくぼぉーたべられないのぉ~?」


「いや…バラしてみないことにはなあ~。串焼きくらい程度は作れそうだが…」


「あの~もしかして、鍋が必要ですか?」



 どうやら迷宮探索する為に持ち込んだ物資にポッド型の鉄鍋を携帯していたらしく、俺は有難く現地追加報酬として新人から没収する。


 …………。


 だが、鍋を寄越した新人が俺達の側から離れる気配が無い。


 おん?

 新人、まだおったんか。

 早く地上へ仲間連れて帰んなよ?



「いやいや! まだルーカス達は動けませんし…って拙い!? 仲間は毒に侵されてるんです! 毒をどうにかしなくちゃ……すいません。図々しい申し出なんですが…解毒薬をお持ちではないでしょうか?」


「使い切っちまったのか? ……てか、お前。治癒魔術師ヒーラーじゃないのか? このくらいの軽い毒どうにかしろよ」


「いや、僕のクラスはソードマンで前衛担当でして…」



 え? スカルキャップに革鎧にメイスなんぞ装備して典型的な僧侶コーデしてやがるからてっきりそうかと思ってたわ。

 ったく、紛らわしい恰好しやがって…。


 仕方ない。


 飯食ってる最中に放置してたコイツらに死なれたら流石に料理が不味くなりそうだ。

 少なくとも同席する僧侶コーデの新人は。



「おい。仲間を横一列に並べろ。え~と…」


「は、はい! あ。申し遅れました、僕はムーアです」


「え? ワーム?」


「ムーアですっ!!」



 良い名前だと褒めてやったつもりなのに…。



 ブウウウウウウウウゥゥゥゥーッ!!



 俺は懐から取り出した上級解毒薬を一息に口に含むと寝かされた連中に向って毒霧ならぬ解毒霧のブレスを放った。



「ええっ!? 普通は飲ませるんじゃ…」


「さっきのゴムゴムのまねっこお~?」


「フゥ……コレで良いんだよ。普通に使えばひとりに瓶1本だが…この程度の毒ならこうやって範囲拡散・・・・させても効果があるんだ」


「か、拡散…?」



 ほら、ちゃんと毒が消え去ってコイツらも恍惚とした顔をしてやがるじゃないか?

 ビッショビショになっちまったけど毒塗れよりはマシだろう。


 あ。君達、使ってやった解毒薬の代金は後でちゃんと貰うからね?



  @



「うわあ~こんな風になってるんですね」


「俺も実際に解体するのは初だがな」



 早速、自慢のミスリルナイフでラバービーストを解体していく。


 剥ぎ取ったラバービーストの表面を覆っていたゴム皮には小さなプツプツがいっぱいあるな…こっから麻痺のガスを噴出させんのか?


 あのピピンラッシュを耐えた超弾性素材…。

 使い道は多そうだしちゃんと丸めて紐で縛って地上に持ち帰ろう。



「うわあ~! おもしろぉ~い!」


「口と繋がっている背骨?を覆うようにして半透明のチューブが20本前後は水平に並んでんなあ」



 チューブは口元から脚(根っ子みたいだがイボイボの先に爪みたいのがある)まであるみたいだ。

 切り離して中を覗くと蛍光色の筋状の内臓らしきものが通っていた。

 チューブは筋肉や肺の働きをしてんだなきっと。

 見た限り、可食部はこの部位くらいだろう。


 奥の消化器官や別の毒腺などが収まっているらしい中心にある骨の管はバキバキに折れ砕けている。

 内容物が漏れ出てなくて助かった。

 ははあ…ピピンパンチはちゃんと効いてたのか。

 ゴムの表皮もだが、このチューブ状の筋肉もかなりの弾力だな…歯応えが凄そうだ(笑)


 俺はチューブ肉から慎重に内臓を引き抜いていく。



「うげっ…なんですかそれぇ」


「ガス嚢だろう。強い毒性がある」


「はあ…? で、どうするんですか…そっ、それを…」



 え? ここまで見て解らないの?



「喰うに決まってんだろ」


「…………」



  @


 

 何はともあれ下拵えだ。

 俺は新人共が樽で持ち込んでいた飲用水でラバービーストで喰えるチューブ肉を水洗いしていく。


 喰えそうといえば他にもあるにはあったんだが…。



「うわー! アット! アット!? これなあにぃ~?」



 ピピンが目敏く俺が隠していたブツを見つけやがる。

 奴が指先に摘まみ上げているのは数珠つなぎになったエメララルドグリーンのビー玉サイズの粒々である。



「恐らくラバービーストのだろう」


「タマゴ!? たべていいっ!?」


「……瓶詰めにしてないヤツなら喰っていいぞ」


「やったあ! ん! ぷちぷちぃ!? おもしろぉい!」


「…………」



 チッ…塩漬けにした卵は後で毒抜きしてからだな。


 新鮮なままで何でも喰える獣人が羨ましいといったら……それにしても新人のワーム・・・君のヤツ、大人しいな?


 ま。今回は俺の魔物料理をよおく見て勉強すんだな!


 取り敢えず本格的に料理する前に味見だな。

 薄く輪切りしたチューブ肉を湯引きすると、美しい白い身になった。

 まるでイカみたいだな?


 俺だけ食うのもアレだから、ピピンと新人にも試食させてやる。

 「僕もですか!?」と、新人は悲鳴を上げるほどテンションがアガっていた。



「くにゅくにゅうぅ~」


「……初めて口にする食感ですね?」



 食感までイカっぽいじゃないか!


 加熱することで弾性もほどよく落ちて食べ易くなるようだが…流石に刺身となると獣人以外は丸飲みするしかないだろうなあ。


 なら、今回のメニューは決まりだ…!



 手の平大にカットしたラバービーストのチューブ肉を軽く湯引きする。

 そうしないと木串が刺さらないからな。


 湯切りしたチューブ肉の中に新人達がダンジョンで作ろとしたポリッジの嵩増しに持ち込んでいたエルフ麦をスプーン1杯分と別の鍋で下茹でした豆をちょっと入れる。


 この前、エルフ麦が微妙って言った理由は…この穀物、米ってよりはもち米っぽい代物だったからだ。

 だが、今回の料理には適役だろう。

 煮るともち米と一緒で膨らむから量はこの程度にしておく。


 具を詰めたチューブ肉の両端を木串を削った爪楊枝で具が流れ出ない様にとめる。


 鍋の中にそれらを水平に並べていき、魚醤と香辛料と水で浸して火にかける。


 イカと全く同じってわけにはいかんだろうから…煮えムラができないように木串で突きながら様子を見ながら煮ていく。


 一旦、火から離して10分程蒸らしてる間に煮汁を煮詰めてタレを作って……!



「こんな感じか……できたぞっ!」


「やったあー!!」


「うおおぉ…コレがさっきまで僕達が戦っていた…?」



 本日の晩餐、“イカメシ風ラバービースト”の完成だ!



 勿論、こんな良い匂いさせておあずけも可哀想だから全滅しかけた新人共の生き残り君(いや、麻痺ってるだけだが)にも振る舞ってやろう。



「うんっ! イカだわコレぇ!? うまあいっ!!」


「うまうまうまううまうまあ!!」


「すっ…すごい!? まさか魔物がこんな…!」



 そりゃあ俺が料理したからだぞ?

 自慢じゃないがそこら辺の煮る・焼く二択論者じゃ俺に敵いっこないね!


 だが、初戦相手に対して上手くやれたなあ。

 身自体に癖がなくてなんにでも合いそうな淡泊な味だったのも助かったし、噛むとちゃんとじわりと旨味が出るのも良い。



「それにしてもこの独特の風味は…」


「お。判るか? (ゴソゴソ)…コレを入れたんだ」


「それはインガルンガ!? …生薬の材料なのでは」


「おいしぃーよ?」



 …インガルンガ。

 まあ、平たく言えば生姜だな。

 見た目も大差ない。


 生姜なんて料理に必須アイテムなんだがなあ~。

 この辺で使ってる料理人なんてギルドの酒場のマスターくらいだろう。



「……美味いか?」


「へ? あ、あっそれは勿論です!? 迷宮の魔物自体食べるのは初めてだったんで驚きましたけど。それに、味もそうですがこの煮たラバービー……な、中に入ってる具も麦と豆で食感が違って面白いですよねっ!? アハ、アハハ…」



 ……なあんだ、ちゃんと判ってるヤツもいるじゃないか。



「…もっと喰え」


「アッハイ」


「ピピンもおお~っ!」

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とある迷宮探索者のローグライク飯 森山沼島 @sanosuke0018

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