第8話 ワーム・リベンジ



「本当に迷宮に入るのか?」


「依頼だ。…それと新人の研修・・・・・だ」


「新人、ねえ?」



 俺達はギルドを脱出した後、城塞都市からすらも脱出して歩いて1時間ほどのダンジョンに来ていた。


 “シルバーゴーレム鉱山”と呼ばれる廃鉱山のダンジョン。


 プルトで生きている・・・・・ダンジョンの内のひとつで迷宮初心者の登竜門みたいな扱いを受けている場所で、ここをクリアーできないようであればあの下水道から通じているプルトのダンジョンへ入る事をギルドは認可しないのだ。



 …随分と俺の隣で尻尾をブンブン振ってる野生児ことピピンをそのダンジョンの門番(プルトの衛士)達が訝し気に見やるなあ。

 なんだロリコンばっかなのか?


 いや、単純に心配してんのか。

 あからさまに獣人の門番は俺を睨んでいる。



「深層まで連れていく気はない。あくまで依頼対象の第3層までで、コイツは見学だ」


「フン。まあいいだろう。何かあれば直ぐに引き返すんだぞ?」


「…どうも」


「はいっていいの? わぁ~い!」


「あっコラ! 走るなっ!?」


「……大丈夫なんだろうな」



  @



「ここはあっはじめてはいったあ!」


「…………」



 にしてもギルドの連中は何でこの野生児を俺に押し付けたんだか。


 一応、そのフェンリルとかいうこの異世界食物連鎖の頂点にいるようなヤツの娘なんだろ?

 混血とはいえさあ。

 あの獣人達のオコ振りから、コイツが粗末に扱われていたという線も薄いだろう。

 なら、ピピンは厳重保護対象の要人なんじゃないの?


 俺が名付け親とかガノン様は言ってたが…普通、その保護対象に向って事故・・とはいえ矢を放った奴に預けるかあ?


 まあ、この世界には治癒魔術やら蘇生があるからなのか…だいぶ対人関係の法やその扱いがフワッとしている。


 簡単に言うと喧嘩両成敗みたいなスカ●リムのアレだ。

 街中で生き死にの決闘とかしても割と許されちゃうみたいな…。

 盗みとか野盗山賊の犯罪には煩いが、多少の傷害事件なんて日常茶飯事でスルーされちゃうとか、中世か世紀末かよ。


 ホントに何考えてんだろあのエルフは?

 ガノン様は確かに英傑とはいえ、エルフ社会じゃ異端中の異端みたいなとんだクレイジー・エルフなのは確かだろうしなあ…。


 最悪、ことの責任を俺に押し付けてフェンリルに娘を傷物(※性的な意味ではない)にしたと差し出すつもりなのやも。


 ……まあいい、俺の基本的な行動指針は変わらない。

 この野生児には最低限のルールを教えたらダンジョンで放し飼いにしよう。


 先ずは、俺の邪魔をしないだろ。

 それと、人はなるべく襲わな――



「バクバクムシャムシャっ」


「……なに、喰ってんだ?」



 少し目を離した隙に俺に背を向けてしゃがみ込んだピピンが何やら地面から掘り返したものをがっついている。



「…んっ」


「げえ!? なにしてんだお前っ!」



 ピピンがモリモリ喰ってやがった黒い塊は…ダンジョントリュフと呼称される迷宮産のキノコの一種だ。

 

 別名“悪魔の糞”とも呼ばれる獣人でもコロっと死ぬほどの猛毒だぞ!?


 野生の勘か、匂いだけで掘り当てやがったのか…。



「ん~…へんなあじぃ? おいしくないけどぉおなかへったからぁ」


「いやいやいやいや。お前、大丈夫なの?」


「へ? だいじょーぶだよぉ! まえもたべたぁ」


「…………」

  


 マジかコイツ…どんな腹してんだ?


 あ。もしかしてアレか!? コイツのスキルの“超耐性”っての。



「にくのひともたべる?」


「…いらない」



 ちょっと興味あるけどな。


 ほら、普通は死んじゃうから。

 蘇生も百パー成功するわけじゃないみたいだから。



「それとその呼び方は止めろ。色々と誤解を招きそうだ」


「…ピピンよくわかんない。じゃ、なんてよべばいいのお?」


「そうだな…――偉大なる主人にして支配者、アットマーク様と呼べ!」


「んんぅ~? わかったよお! アット! アットぉ!」


「アット……まあいいや、それで」



 カサカサカサ…



 んお? 騒がしくしてたから早速魔物がやってきやがったな。


 ふうむ…“ミドリカブトムシ”ですかあ。

 平たく言えばサッカーボールサイズのカナブン。

 カブトムシだが角は無い、見た目がヘルメットみたいだからだろう。

 言わずもがな肉食。

 ちょいと硬いが群れで襲ってこない限りは雑魚の範疇の蟲系魔物だな。


 何故か知らんがこのダンジョンは蟲が多い。

 そして大抵はポジ持ちだから、比較的食べられそうな魔物を狩ってもギルドのミンサーに解体して貰う必要があるんだよなあ。



「うおおぉ~!! バキッバキャ!」


「キィー!?」


「…………」



 哀れ、もしかしたら俺達に単に挨拶しに訪れただけの好意的だったかもしれないミドリカブトムシさんは、ピピンに噛み砕かれ、貪り喰われてしまいましたとさ。



「さっきのよりもおいしぃ!」


「…そうか」



 もう野生児ってよりはガチの獣じゃん。

 本当に人族社会に適応できっかなあ~…?



 …カチャカチャ――カタンッ



 おうおう続けざまに来やがったなあ。

 今度は王道スケルトンのお出ましかい。


 …武装は剣のみか。

 足が速いな、レベル2か3辺りのスケルトンかな?

 並の新人探索者なら苦戦する相手だろう。



「だぁー!」


「おいっ!? 何でも直ぐに突っ込むなっ!」



 ガツンッ!



「いたぁい!?」


「言わんこっちゃない…」



 ピピンはスケルトンから強かに頭を剣で殴られた。


 あ。普通は重傷か死んでるからね?

 コイツがとんでもない石頭だからコレで済んでるだけだぞ。


 仕方ない、俺がやって……どうした?



「ぐるるるルルルゥゥウゥウウウ~ッ!」



 頭を押さえて地団駄を踏んでいたピピンが唸り声を上げたかと思えば、見る見るうちに全身が銀色の毛皮に覆われ、俺の腰上くらいまでの身長しかなかった身体も一回り大きくなったように見えた。


 本当に獣人姿にへっ、変身しやがった!?



「グガアアアア!!」



 バゴォン!!



 ……まあ、スケルトンはパワーアップしたピピンパンチ1発で剣ごと粉々にされるよね。

 

 微妙に拳にオーラ纏ってたり、エフェクトも発生してたしな。


 そして、当然の様に捕食してるし…。



「ガウガウっ……うっ! ほねっ!? ぺっぺっ! おいしくないっ!」



 いや、ビジュアル的には骨にむしゃぶりついてる姿は実にさまになってたけど?


 いや、待てよ…!



「なあ、ピピン。お前…魔物の区別・・とかちゃんとついてるか?」


「まもの? わかんない! なんかもやもやあ~ってしてるんだもん…あっ! でもたべたらピピンもわかるよお!」


「…………」



 …やべぇ。

 何がヤバイのかというと鑑定がDランクのピピンはそもそもダンジョンの中ではアイテムや魔物の正体がまるで判っていない。


 だのにコイツは正体不明の敵には先ずカミカゼ・スタイルで突っ込んでいくわ、モザイク修正で何かも判らない物体Xを迷うことなく口にするのだ。


 こんなん野生の幼女どころかフィジカルが半端ない赤ちゃんじゃねえか。

 恐らくチート級の耐性も手伝い余計に性質が悪ぃ。



 俺はとんでもないヤツを押し付けられたのかもしれん…。



「取り敢えず……は喰うなよ?」


「んぅ?」



  @



 まあ、というわけで新人探索者ピピンのフィジカル面では問題は特になく。

 俺達は道中出くわした蟲系魔物をピピンのオヤツとして与えつつ、順調に第3層に降りて来ていた。



「アット。ここでなにするのぉ~?」


「依頼だ」



 そもそもこの廃鉱山ダンジョンにはピピンの戦力テストで来たわけじゃない。

 元から受けていた依頼の為だ。



「この第3層で出現した魔物に新人共が苦戦しているらしい。その様子見と、必要なら手助けもする」


「ふぅ~ん」


「フーンって。お前、意味判ってるか?」


「わかんない!」



 …ドント・マインドだよ、俺?

 人間、諦めも肝心さ!


 が、そんな助力依頼なぞは所詮は建前よっ!


 本当の目的はシンスナウ! 此処だっ!!



「ここってえ~?」


「……お前に喰われたワームのいるところだよお(殺意の波動)」



 そう、この第3層にあるとある砂と粘土質が良い塩梅になっているエリアが先日俺が仕留めた“ロックシューター”を狩るにはベスポジなのだ!


 ここ以外の場所だと最下層の第5層まで降りなきゃならんし、ロックシューター自体のレベルも上がってデカくなるのでとても俺個人で容易に狩れる相手じゃなくなってしまう。

 というか、サイズが全長十数メートルまでになると喰えるかどうかは微妙なラインだ。


 味の違いが気になるが…喰えるように倒す手立てがなあ~。

 毒矢も通らないから、爆弾を喰わせて内部から木っ端微塵にするくらいしか俺にはできん。



「おにくのぼー!? たべたいっ! たべたあいっ!!」


「…ひとつ! お前に何よりも優先することを教えておく。――“人の食べ物を取ってはいけない”っ!! わかったかっ!」


「……そ~なの?」


「そーなのっ!!」



 ピピンのヤツが少し考えた後にシュンとなる。

 …やっと自分が犯した罪の重さに気付けたのだろうか?


 ふぅ~……――死で償え。


 と、言いたいところだが…今回は御仏の如き心で水に流してやろう。


 だって、これでコイツもやっと人になれたのだから…っ!



「じゃあ~たべものいがいはぁ~?」


「ん? う~ん…――場合による・・・・・



 ピピンへの最も重要な教育を終えた俺はロックシューターのエリアの地面の様子を注意深く伺う。



「……おかしいな」


「え? なにがあ?」


「コイツを見ろ」



 俺はこのエリアの地面に立ててある木製のピンを指差す。



「コレは俺が仕掛けたものだ。この地面の下に括り罠を埋めてあって、通ったロックシューターを遠くに逃げられなくするんだ」


「へぇ~! すごいねっ」


「普通なら1匹や2匹掛かってるんだが…ピンにはどれも変化はないし。かと言って、探索者が入ってきた痕跡もない…どうしたってんだ?」


「――たっ、助けてくれぇ~」



 そこへ情けない声を上げながら大男が駆け込んで倒れ込む。


 ああっ…ピンに触るなよ!

 地面に脚が吸い込まれっから。


 首からタグ…ギルド証を下げてるから探索者だろう。

 そうじゃないなら、不法侵入者(賊)ってことで俺は攻撃できる。



「あ、あんた…助力依頼を受けてくれた探索者なんだろ?」


「そうだが……ふうむ。毒、か?」



 身体をガクガクと震わせるソイツは毒に侵されている者特有の症状だった。

 まだ初期段階だが、情けない声を聞く限り自力で地上まで行けないか?


 なるほど? この先に依頼を出すほどの難敵はどうやら毒使いのようだ。


 つーか、準備の足りない奴だな? 解毒剤くらい持っとけよ。

 

 俺? 俺はちゃんと持ってるぞ。


 …え? このヘタレに使ってあげないのかって?



 いやだよ、だってコレ俺が使う分だから(鬼畜)



「この先に仲間がいんだよ…頼む! 助けてくれぇ」


「チッ。まだいるのか…ピピン! 悪いがコイツを地上の門番に投げつけてきてくれ」


「えぇ~? ピピンっ、アットといっしょぉ~!」


「……頼みを聞いてくれたら、この後また俺の料理を食わしてやるぞ?」


「にくぼぉー!?」


「へ? …に、にくぼ? うおわっ!?」



 涎を滝のように流したピピンの奴が自身の3倍は悠にある男を地面から引き抜いたカブのように頭上に持ち上げてダッシュで地上へ帰還していった。



「さて…余計なのもいなくなったことだし、行くか」



  @



「ぐぅうう…クソッ!」


「撤退しよう! このままじゃ全滅だよっ」


「身動きできない仲間を置いていけるか! …それにっ…もとはと言えば、お前の忠告を聞かずに仕掛けた俺の責任だ」



 …やはり、僕達には敵わない相手だったんだ!


 僕達は2パーティの6人でクランを組んで活動する新人迷宮探索者だ。

 今回の第3層の依頼を無事終えられれば、晴れてレベル3になれるはずだった。


 けど、そうはならなかったんだ……アイツのせいでっ!



「ボォー・ボボボボ・ボボボボボボボォー…」



 まるで次のエリアへの進行を防ぐように地面から生えた奇妙な黒いうねる不気味な1本の触手のような姿。

 その先端は四つに恐ろしく裂けてその中心に放射状の大小の歯が並んでいる。

 さらに根本からその小さなヤツが不揃いに2本生えている。

 

 虫なのか植物なのか?

 こんな魔物…見た事ないよ…。



 ズゥウウウウウウウウウ~っ



 まただ。

 この独特な吸い込み音は…!?



「またガスがくるぞおっ!!」



 ブシュウウウウウウウ~!



「「うわああああ…」」



 不気味に伸縮を繰り返す体全体から大量のガスが噴射される。


 皆これにやられたんだ!



「ぐふぅ…」


「ルーカス!?」


「逃げろ…まだ動ける…お前だけでも……」



 ズシャ…



 身体が毒と麻痺で動かなくなったリーダーのルーカスが崩れ落ちる。


 この中で僕の耐性のランクだけはB。

 …だから、まだ僕は動けるけど…もう、限界は近い気がする。


 けど、ここで皆を見捨てるなんて――



 パァン! ――ボォオオッ



「ビボォオオオオォォー!!」


「えっ」



 何かが後ろから飛んできてアイツに当たったような気がした途端、急に火が噴き出した!?



「火のルーンの効きもイマイチか…厄介だなあ」



 僕の後ろに浅葱色のフードを被った若い探索者がいつの間にか立っていたから驚いた。



「あの! もしかして!? 助力依頼で――」


「おい、お前ら。レベル幾つ?」


「へ? ……レベル2、ですけど?」


「フンっ!」


 

 ゴチンッ



 …何故か拳骨を落とされました?



「馬鹿か!? アイツはレベル5の魔物の上に相手すんのが超面倒なヤツだろ! ちゃんと事前に調べとけ! しかも、一定の位置からはそうそう移動しないタイプの魔物だから、回避余裕なのに…余計な真似しやがって」



 怒られました……ごめなさい。

 本当にすいませんでした。



「そこらに転がってる奴も1発ずつ殴りたいとこだが…後回しだ。取り敢えず下がってろ…アイツは何とかしてやる。あっ! ただし…」



 その人は指を1本立てながら僕に凄んできます。


 スイマセン! ほんとスイマセンしたっ!?



「アレ…――俺の獲物・・・・ね?」



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