第7話 野生児を押し付けられた!



「あ。マークさん、もう少々お待ちいただけますか? エヘヘ…」


「あ、ああ」



 ダンジョンクラブの脚の残りを持ち帰って、シーフの塒の皆で楽しい酒盛り(※密造酒)をしたその翌朝。


 昨日に引き続き下水道での袋鼠退治の成果をギルドへと報告しにやってきたんだが…何だかギルドの連中の様子がオカシイ…。


 特に目の前のアスタ嬢。


 初めて見るような顔をしていらっしゃるんだが?

 イメチェンか?


 まあ、俺も袋鼠の尾と一緒に提出したこの異世界で俺の身分を唯一証明してくれるギルド証と報酬を貰うまでこの場を離れることもできない。


 それに、汗を流しながら健気にスマイルを継続するアスタ嬢を見れる機会もそうあるまい。


 じっくりと観賞しようじゃ――



 ダダダダダダダダダダダダッ



 …ん?



「わああああああああ!!」


「アーッ!?」



 突然死角から奇襲を受けた俺は悲鳴を上げた。


 床に押し倒され、俺に馬乗りになったケダモノに顔を舐め回されるという辱しめを公衆の面前で受けるハメになった。

 確実に俺の守備力がゼロになっちまったじゃねーか!



 これは最早、レ●プ案件なのでは?



「マークさん!?」


「やめろぉー! この獣人畜しょ……ってアレ? お前、?」


「え? ピピンだよぉ!」



 俺は必死に顔から引き剥がして立ち上がったが、俺に襲い掛かったのは俺の愛しのワーム肉を奪ったあの銀毛メスガキケモではなかった。



 銀髪で同じ犬か狼の耳とブンブン振り回す尾は酷似していたが……そこにいたのはニッコリと笑うケモ耳ロリ美少女だった。



 …え? ピピン?


 

「はあ? おまっ…え!? どういうことなの?」


「ピピンだよ?」


「いやいや全く参った。どうやら君の匂いに反応してしまったらしい。急に走り出してしまってね」


「ギルドマスター!」



 そこへ杖を突いてのほほんと登場するエルフのエセ老人ならぬ高齢美青年のギルマス、ガノン様の登場である。

 慌ててカウンターから出て来たアスタ嬢をやんわりと下げさせる。


 いや、エルフに老化とかないでしょ?

 あくまでも精神的なアレだろ?

 見栄とか沽券とかさあ…。



「ギルドマスター。本当にコイツが…あの?」


「ピピンだよ!」



 うるせぇ! お前はどっかの半魚人か!?



「本当だよ。僕達も驚いたよ…一種の変身能力トランスフォームなんだろうね。まあ、彼女はちょっと特殊・・だから…」


「特殊?」



 微妙に困った表情をしながらガノン様は懐から取り出したものを俺に手渡す。


 ん? ギルド証じゃないか。


 でも俺のじゃないぞ?



 ▶ピピン◀

 レッサーフェンリル/女/11歳/バーバリアン:レベル1

 格闘:A 投擲:D 毛皮:S 魔法:D 耐性:S 鑑定:D

 スキル:魔術反射、超耐性


 

 なんじゃコリャ!?

 …ツッコミどころ満載だが、ここは冷静になってひとつずつ解決していこう。


 先ず種族名は置いておく、俺はこの世界の種族につては未だに疎い。


 性別は判ってたが…11歳かよ、小学生じゃねえか。

 う~ん、毛皮で覆われてる状態じゃイマイチ判断できんかったが、現在の見てくれだともっと幼く見えなくもないぞ?


 クラス持ち…バーバリアンか。

 脳筋以外になんか特殊な能力とかあったっけか?

 一応、各クラスにはそれぞれ特徴というか能力補整みたいのがあるんだ。

 因みにそのクラスの中で最も不遇とされる俺のローグには“無い”。

 犯罪者みたいな名前のクラスの癖に鍵開けとか盗みとかが得意になるとかもない。

 だからとても健全なクラスなんだぞ?


 レベルが1なのは当然だ。

 恐らくギルドに初加入(身分証を発行した)なんだろう。

 このレベルってのは魔物を倒して貯まった経験値でレベルアップ!

 …のアレじゃない、単なるギルドの貢献度に基づいている評価値なんだ。

 だから、幾らレベルを上げたからってやたらと強くなれるわけじゃない。

 ギルドやダンジョンの中じゃ威張れるかもしれんけど。

 後、単に探索者としての実力の指標にもなりわするかな?

 レベル10以上がベテラン勢、レベル20以上なら怪物級とか、な。


 あーっと、魔物にも同じ指標としてレベルがあるんだが…コッチはしっかりとレベルに応じて魔物も強いから要注意。


 次に能力値かあ…先ず、“格闘”だな。

 大抵は“近接”という近接武器の扱いに関する能力というまんまのもんなんだが、武器を使うよりも素手の方が強い奴はこの能力名に変わるらしい。

 格闘がAランクか…かなり強いんじゃないか?

 俺が取っ組み合いになっても1ミリも勝てないことは既にさっき証明されちまった。


 投擲はDランク、いわゆるノーコンだな。


 “毛皮”は獣人種族などの最たる特徴で、本来は鎧とかの扱いに関する“防具”なんだが、下手な防具を身に着けるよりも自身の毛皮とか生身の防御力が優れてる奴がこれに変わる。

 Aランクとかだと鋼鉄並みとか聞くが…コイツはSランクだ。

 実はS=Aより上、という意味じゃないんだ。

 Sはスキル持ちの意味。

 多分、スキル欄にある“魔術反射”か?

 なにこのチート臭いスキル…。


 チートといえば、もうひとつの“超耐性”もわけわからん。

 獣人は総じて毒に強い。

 知ってる獣人探索者もBランクかAランクだ。

 コイツはスキルを持ってるから耐性がSランクなんだろうけど、超が付くっていっても…どの状態異常に対してどの程度まで耐性があるのか全くの未知数なんだが?



 チラリとガノン様の顔を見れば肩を竦めるやれやれって感じのリアクションのみ。


 まあ、俺の時と同じで鑑定アイテムが出した結果なんだろうなコレ。


 残りの魔法と鑑定に関してDランクなので期待できないってことだ。

 …持ってるクラスに恐ろしいほど応じた典型的な肉弾戦ファイターって感じだな。

 しかも、とんでもねえスキルで魔術やら毒やらガスやら色んなものにも強そう。


 つまるとこ、このメスガキケモはやべぇーヤツだってことだな。



「……何なんです? コイツ」


「ピピンだよ? ピピンっ!」


「……君はフェンリルという種族を知っているかい?」



 ――フェンリル。


 その姿は虹を帯びた銀の毛皮を纏う美しき大狼。


 それは、創造の神々が最初に創った古代エルフと同じ時代に創られらた古代獣人族の生き残りにしてその末裔の一族。


 エルフよりも獣人の勢力が強い北方では頂点にある下手なエルフの王族よりも権力と威厳がある強大な存在。


 その上、個人で要塞を…否、一国を相手取ることができるほどの力を持ち、幾つもの伝説を残すという。



 ――と、ガノン様が異世界語学力不足の俺に優しく教えてくれました。



「…で、コイツがその…フェンリルだと?」


「ふぇんりるじゃないよ、ピピンだよ?」


「…………」


「いや、君はちゃんとフェンリルなんだよ? ……正確には、フェンリルの血を引く者ということになるね」



 なるほど、それでレッサーフェンリル…。


 レッサーというのはファーレスとの混血を指す言葉ということは俺も知っている。


 勘違いしそうだが、ハーフエルフとかハーフオークとか亜人種との混血に関してはエルフ・オークなどどちらかと他種族の混血で誕生する全く異なる種族であるとこの異世界では非常に大雑把ではあるがそう認識されている。

 

 だが、獣人種の混血は両親の特徴が色濃く見た目に反映してしまう。

 この中央では然程そうでもないが、レッサー種族を差別する者も地域もそれなりにある。

 その北方じゃどうなってのか知らんけど。


 ん?


 奥から誰か歩いてきたのだが、知らない顔・・・・・の人だ。



「急に走りだしたかと思えば……やはり、君か」


「…?」


「え? ラモン課長!?」


「…そうだが」



 なんと顔をボッコボコに腫らして生傷だらけになった人物の正体はあのキザエルフのラモン事務課長殿だった。



「あーっ。らもんっ!」


「昨夜は甥がその子の面倒を見てくれたんだがね…それなりに苦労したみたいなんだ」


「ピピンとあそんでくれたぁ~」


「…………」



 ほう、ラモンの奴って結構面倒見が良いのか?


 それとも単にロリコンなのか…前者であることを祈ろう。



「課長…大丈夫ですか?」


「別に、彼女がかのフェンリルの血縁である可能性があると思えばと行動したまでさ」


「うーん…困ったことになったよねえ。鑑定で証明されてしまった以上、彼女の存在は政治的になかなか危ない立場にあるからね。下手をすれば、フェンリルの怒りを買ってこの城塞都市が滅んでしまう可能性すらあるよ」



 いや、そんなアッサリ言わないでくれませんかね。 


 つーか、なんでそんな偉いんだか怖い奴の娘がダンジョンに?


 …いや、コイツに聞くか。



「何であんなとこに居た?」


「……わかんない」


「いつからあそこに?」


「ん~…わかんない? あ。ピピンはおやま? で、ひとりでくらしてたんだけどぉ。きゅーにヒラヒラしたのとフワフワしたひとがやってきてあそんでくれたっ!」


「意味が解らん…で?」


「あそんでたらいつのまにか、くらぁいとこにいてぇ~…アチコチたんけんしてたんだあ。ひとがいっぱいいるとこも、なんかいもいったよ!」



 ヒラヒラ? フワフワ…?


 ん~…歳の割にはちょっと脳が残念な感じだなあ。

 地上と複数のダンジョンを何度も行き来してたのか?


 そもそも、山? 山でひとりで暮らしてたってのはどういう…?



「…お前。親に捨てられたのか?」


「ちょっと聞き捨てならないわねっ!」



 おう!? ビックリしたぁ~。


 突然カウンターを馬飛びしてくるんだもんよお。


 って…昨日の夜に居た獣人職員のふたりじゃないか。



「アタイ達獣人はねぇー血が薄いだなんだのって理由で子供を捨てるような真似なんざしないわよ! レッサーフェルプールだろうがレッサーラウルフだろうが例えレッサードラゴン・・・・でもねっ!」


「そうですよ。僕達は昔からファーレスの子供でも拾って育てるんです」



 怒り心頭と言った感じの女子職員の方はネコ獣人のフェルプールで、男の方がイヌかオオカミか判らんがイヌ獣人のラウルフ、だったか。


 …周囲のファーレスの探索者からも批判の色を感じる。

 もしかすると、ラウルフの方が言った境遇なのかもしれないな。



「じゃあ、意図的に連れてこられた?」


「政治的な問題ってのは、実はそこなんだ」



 俺達の間に入るガノン様が飛び出て来たふたりを諫める。



「昨晩も僕達で聞き取りをしたんだけど似たような感じでね。彼女の話に出てくる…恐らく何者かによって意図的に転移させられたんだと思ってる。ただ、彼女のスキルを見たろう? 実行した連中は少なくともマトモじゃない・・・・・・・。そもそも、どんな理由があったのかは知らないけど、あのフェンリルを利用しようとしたか、もしくは喧嘩を売るような真似をしたんだからね…」


「「…………」」



 何か思ったよりも大事になってるっぽいな。


 …しかし、何でそんな大それた事柄を単なる貯金と魔物食が趣味の底辺迷宮探索者ダンジョンクローラーでしかない俺に聞かせるんだ?



 そして、その件のケモメスガキは俺に未だひっついてんだ?


 

「実は…君に暫くの間、彼女の面倒を見て貰いたいんだよね」


「ほあ!?」



 何言ってんだあこのエルフは!?


 俺は孤高のソロ活探索者ロンリー・ウルフなんだぞっ!

 こんなケダモノ変化の面倒なんて見てられっかよ!



「まって欲しい! 俺にそんな暇は――」



 スッ…


 

 無言で微笑むギルドマスターが何やら差し出してくる。

 ……俺のギルド証?


 あ。レベル8になってる!?



「あ…マークさん。すいません、先に今回の報酬を確認して頂けませんか?」


「……。多いんだが?」


「えーと、今回の依頼達成でマークさんはめでたくレベル8に昇格されましたよ! おめでとうございます! ぱちぱちぱちぱちぃ~!」


「ぱちぱちっ! ピピンもぉぱちぱちっ!」


「…………」


「…つきましては、レベルに応じて今回から基本報酬額が増額・・されています。いつものように端額以外は当ギルドの預りでよろしい…ですか…?(※震え声)」



 ………きっ、汚ぇっ!


 これがギルドのやり方かあ!?



「君は仮にも彼女の名付け親ってことになる。まあ、他にも理由が幾つかあってね?」


「そうそう。そこのチビは魔物の肉しか喰わねぇんだわ」



 出たな! 血塗れ裸エプロンオークめ…っ。



「何度も普通の飯を出して説得したんだがなあ……勇敢なる事務課長様が」



 それであの顔かよ……顔だけが取り柄だけみたいな奴に、容赦ねえなあコイツ…。



 ――少し、好感が持てた。



「その点、大将なら平気だろ? 普段から毎日、魔物喰ってから」


「「毎日…」」



 …おいおい、なんだよ皆して。

 人を何か自分達とは違う生き物を見るかのような眼で見やがりやがって。


 イジメカッコ悪いっ!



「面倒を見るったって…俺は普段迷宮ですよ?」


「あれ? 彼女のギルド証見たよね。流石はフェンリルの血を引くだけあって下手な上級エクスプローラーよりも戦闘面では勝っているはずさ」


「いや、そうですけど。まだ、11のガキじゃあ…」


「あ~ら、知らないの? 獣人の成人って11なのよ」



 知らねえよ、んなこと。



「というわけで彼女は問題無く迷宮に入れる。あくまで最低限の迷宮でのルールや探索者としての作法を教えてくれるだけでもいいんだよ」



 もうこの感じ、断れないヤツだな…。


 仕方ないな。


 だが、最後にコレだけは聞いておきたいんだが?



「わかりました。…ですが、この恰好・・はどうにかなりませんか?」


「恰好…ふむ。確かにそこは僕も懸念するところではある。でも、マムル?」


「はい、ギルドマスター。その子ってば全然マトモに服着てくれないんですよ! それ以外着せようとしたら……事務課長みたいになっちゃいそうだし。プフッ」



 …………。


 それでコレ? どういうセンスしてんだよ…。


 幾ら毛皮で肌を覆われている獣人であろうが服は着る。

 特にギルドとかフォーマルな場所なら尚更…つーか、職員は制服か。


 男は裸でも毛量が多いなら視覚的に無敵だが、女獣人は男獣人ほど毛皮は厚くないし、何故か胸から下腹部にかけては殆ど毛がない。

 故に最低限の衣服なりを見に着けているもんだ。


 で。

 俺に引っ付いてニッパリとやるコイツが現在身に着けてるのは…いわゆるマイクロビキニってやつだった。

 少なくとも俺にはそう見える。


 さては狙ってるな?


 いやいやいや、いくら脳味噌がアニマルでもこんな格好したのを連れて歩けるかよ!?


 こんなんもう痴女だ! いや、幼痴女だ!?

 漏れなく俺まで露出させたロリ獣人を連れ歩く変態フード男になってしまう!



「コレは一体…?」


「ああそれ? アタイが旦那を堕とす時に着た勝負服よ! もう十分堕とし終わってるからあげるわ!」


「ありがとっ!」


「いいってこと」


「…旦那」



 ふと、自慢気に胸を張るフェルプールの隣にいたはずのラウルフがカウンターの裏で膝を抱えているのが目に映る。



「おうおうおう…見せつけてくれちゃうねぇ~? エディー君」


「お前ら昼前でアガリだろ? その後…ん? どうなんだ? え?」


「お前も普段堅物ぶっといて、いい趣味してんじゃん? エディーくぅ~ん」


「ううっ。マムルのヤツ…皆には内緒にしろってあれほど頼んだのに…」



 へぇ~あのフェルプールとラウルフのふたり夫婦だったのかあ~。

 割とどうでもいいなあ~。


 それと、獣人にも着エロとかの概念があったのかあ~。

 もっとどうでもいいなあ~。


 せいぜい末永く幸せに爆発しなっマムル&エディー!



「だが、今日は待って欲しい。この後、依頼で迷宮に…」


「にくのひとっ!」


「にっ…肉のひとぉ!?」


「そうだよっ! ピピンにあのおいしぃ~おにくのぼーをくれたからぁ!」



 ……おいおい、お嬢さん。

 女の子がそんな言葉を公衆の場で言っちゃあいけないよ?



「ピピンおなかすいたっ! また、あのおにくのぼーちょーだい?」


「ちょ…ちょっと待っ」


「にくのぼーっ! にくのひとのっにくぼーちょうだい! にくぼーっ! もっとピピンににくぼぉー!」


「……マークさん?」


「ひぃっ」



 俺は徐々に濁って光を失っていくハーフエルフ受付嬢からの視線と周囲からのヒソヒソ声に耐えられなくなってケモ……ピピンを肩に担ぐと脱兎の如くギルドを飛び出した。


 トホホ…神よ、俺がなにをしたってんだ?


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