第6話 ダンジョンクラブの聖水蒸し



 狙いをつけてる獲物の候補は幾つかあるんだが…できれば、アレ・・を見つけられればいいんだがなあ~。


 その為に、今回はあの癖の強い混沌寺院に立ち寄ってこの聖水を仕入れてきたんだからな。



 俺はかつてのエルフの下水処理施設であった第3層を散策する。


 残念ながら、その辺で間接照明代わりに光るキノコや他の植物群などは水路を流れる魔素水と同じ理由で食べることはできない。

 だが、地上の錬金術士などには需要があるみたいだ。


 まあ、俺はそこまで高度な錬金術など使えるはずもないので不用だ。


 ギルドから採取依頼があれば別だが。


 

 30分程歩いた頃だろうか、この第3層は複雑に入り組む第1層と第2層と違い基本一本道だ。

 エルフの魔術学による考えなのかほぼ円環状の構造になっている。


 

 「うぅぅぅぅ~…」


 

 ヨロヨロと通路の奥から錆色と真っ青の肌を持つ人間が現れる。


 …出たな、ゾンビだ。


 どんなダンジョンでも大抵湧くスケルトンに並んで非常にポピュラーな最下級アンデッド。


 というか、湧かなくても探索者の死体を魔素の淀んだ環境に長時間放置してるとゾンビになっちまうんだけどな。

 ホント、エグイわぁーこの異世界。



「単体か。話にならん」



 俺は隠れも逃げもせず、冷静にライトクロスボウに小型矢を番えて放つ。



 パシュ――ドッ!



「う゛っ」



 ドサッ



 眉間に俺の放った矢がクリーンヒットしたゾンビが地面に倒れ伏す。


 まあ、弱いんだよなあ。

 というかノロノロのゾンビ1体に苦戦なんかしてたらソロで迷宮探索なんて無理ゲーだからね?


 でもアンデッドは基本ポジ持ちだから、近接戦じゃ油断はできない。

 そして、俺の近接の能力ランクは全く以てダメダメ君のDだ。

 だから、俺は遠距離攻撃でしか戦わない。

 そもそも百パー勝てないと確信しない限り、隠れるか罠とか使う派だから。


 

 倒したゾンビはほんの数秒で微かに異臭を放つ土くれへと変わる。


 ふむ。やはり天然物・・・のダンジョン産のゾンビだったか。


 実体のあるアンデッドには大きく分けて2種類いる。

 いわゆる屍骸が魔物化したものと、 ダンジョンから生成された純魔物であるタイプ。

 で、コイツは後者だな。

 簡単に言うと一種のゴーレムみたいなもんかもしれん。


 ただ、どっちも共通してるのは単に倒してもすぐに復活してしまう点だ。


 完全に消滅させるには、この世界で僧侶っぽいことができる神聖魔術師が必須になるだろうな。


 もしくは、こういう下級アンデッドの類なら俺の懐のポーション入れにある聖水を使う手もある……が、そんな勿体ないことはしない。


 コレはそういう目的で手に入れたわけじゃないんだ、悪いね?


 俺はさっさとその土くれがゾンビに戻る前に半分ほどを近くの水路に捨てて流してしまうという、バレたら地上のエルフがキレそうな裏技を迷わず実行する。


 こうすればこのゾンビは最早完全に土と魔素に還る他ないだろう。



「ん?」



 おっと…残りの土くれの小山の中に何やら埋もれていた。


 ほほう、テンプレ的な言い方をすればドロップアイテムというヤツだ。

 ダンジョンで魔物を倒すと稀にある。



「…………」



 そう、このゾンビもさっき出くわした初心者殺しよろしくのハンギング・ツリーも歴としたダンジョンの魔物だ。

 ここは人口の遺物であって構造もダンジョンみたいなもんだが、それでも地上から侵入した生物が魔素の影響で魔物化しても、ダンジョンの魔物が出現することは普通ないとされる。


 ――だが、この第3層にはあのガノン様が半生を掛けても攻略できなかった最大難度の迷宮…“プルトのダンジョン”への入り口がある。

 

 今なお、多くの要塞内外の探索者達が挑み続けている。

 俺はそんな英雄願望などないから挑みなんてしないが、コイツらはそこから這い上がってきた魔物の一部なんだろう。


 そもそも、この第3層は単なる浄化施設でなくそのダンジョンへの結界的な役割を果たしているとも聞いたな…エルフも色々と考えてやってるんだな。


 …いや、そもそもなんでそんな厄介なものが地下にある場所に要塞なんて築こうとしたんだ?


 …………。


 ま、別にいっか。

 俺は考古学者になりたいわけじゃない。


 俺は元ゾンビの小山をほじくり返す。



「お!? ワインだ!」



 それは中身が入ったワインボトルだった。

 

 ……しかも珍しくトラップアイテムじゃなくて本物だ!

 ダンジョンで転がってるパンやら酒とか、非常にわかりやすーい食い物には大抵毒が仕込まれている。


 俺だってダンジョンで拾い食いなんてしないが…ストレスフルな環境では人は冷静さを簡単に失うからな。


 それに、ダンジョンで手に入るアイテムには一種の呪い・・が掛かっていて、何と言えばいいのか…認識阻害を迷宮探索者は受けることになる。


 鑑定の能力が低いとそれがどんな見た目であるのかすら判らないらしい。

 俺は一応、鑑定のランクがBなので流石に見た目のフォルムくらいは判別できるんだがな…Dの連中が疑心暗鬼でダンジョンのアイテムと睨めっこしている様は何と言うか滑稽で噴き出しそうになるんだよな。


 完全にアイテムの正体を判別にするには地上に帰還してギルドで鑑定して貰うのがベターだろう。

 Aの奴は自力で鑑定できるとも聞くがそんな有能な輩は滅多にいないし、そもそもギルドの鑑定課に高給でスカウトされてしまうんだろう。


 さて、だが俺は対象が飲食可か否かならば、ほぼ確実に鑑定できる。


 ボトルは多少汚れているが、中身は白ワインだった。

 ……味も悪くないな。


 この辺で専ら常飲されてるのは主に白ワインの方だ。

 赤ワインはエルフ専用っていうか、儀式とかに使う神聖な酒扱いされるみたいだ。

 何でも、穢れなきハーフエルフの乙女の素足でブドウを潰すんだそうですよ?

 

 …エルフって意外とスケベだよな。


 どうしよう? いや、実質一択か。


 現在地上はワイン不足で何かと煩いからなあ。

 下手に持ち歩いてると盗品やら密造酒だとか難癖つけれる可能性がある。


 地下に潜ってる間に消費してしまおう、そうしよう。


 誰にもバレなければ、誰を傷付けることなく世の中の平和は保たれるのだから。



  @



 思わぬ収穫に気分を良くして俺は散策を再開する。


 だが、次第に腹が減ってきて疲労感を感じ始めた…。



「ふう、ちょっと休憩するか」



 俺は視界の隅に入った、やや小高く繁茂したシダ類と苔の中に…腰を下ろすのに丁度良さげなスペースがある一枚岩を見つけた。



「よっこいしょういち…」



 その一枚岩に重みを掛けたその瞬間。

 その周囲からキチン質で覆われたが飛び出して岩の上のものに襲い掛かった。



「ギシッ!?」


「残念! ハズレでしたっ!」



 まんまと引っ掛かりやがって。

 それは魔素水入りボトルが入った俺の背嚢だっつーの!


 完全に姿を露出させてビワのような縦長のふたつの眼をにょきりと俺に向けたソイツが俺を捕らえようと長い手足を伸ばすが――さえせねえよ?



「ギ? ギシ…ギシギシギシ!?」



 所詮はカニ・・か…オツムが足りんようだな。


 すでにそっと魔物捕獲用の網を被せておいたのさ!

 御自慢の長い鋏と脚が絡まって盛大にスッ転んで仰向けになる。

 だが、勝負の分け目は一瞬だ…想像以上にコイツは素早いからな!


 俺は放り出された背嚢をキャッチすると、すかさずヤツの眼玉を踏んづけて無防備な腹の急所に矢を放つ。



「ギシュシュシュ…」



 暫くもがいていたが、やがて完全に動かなくなった。



「わーい! カニだっ!」 



 ダンジョンクラブ。

 ダンジョン倶楽部ではない、迷宮産の蟹の総称だ。

 ダンジョンクラブは亜種が多く、各ダンジョンでそれぞれ種類が異なる。


 これはその中でも食べ易い部類のヤツで、見た目はやたら脚が太いマッチョな青いタカアシガニって感じかな?


 他のはカニの癖してやたらデカイ上に素早く、鋼鉄並の硬度の殻を持ち、毒やら酸やら粘着糸まで吐いてくるヤツまでいる。


 基本は脚しか食べられないが、コイツは棘も少ないから調理し易いのも良い。

 前に食べたヤツは味は良かったんだが……全身剣山みたいでエライ目に遭ったからなあ。


 俺は早速、脚の間接にミスリルのナイフを突き立て解体していく。

 ある程度バラさないと持っていた鍋に入りきらない。


 そこから水路に向かい、タワシで殻の汚れをある程度落とす。

 苔やら何やらが表面にビッシリだからな。


 ガシガシやり終わったら、鍋に水路の水を汲む。


 しかし、このままではこの水に大量に含まれている魔素で俺が魔力酔いになってしまうので調理には使えない。


 …そこで、コレの出番だ。


 俺はポーチから取り出した丸い小石・・・・を数個鍋に放り込む。

 すると数分で鍋の中から魔素の輝きが消え去る。


 鍋に放り込んだ石コロはルーンと呼ばれる魔術に使われるアイテム。

 ただし、俺が放り込んだ火のルーンは魔術で消耗した一切魔力が充填されていない中古品。

 歴とした魔法アイテムなので本来はそれなりの値がするが、これならばテリーの爺さんの店から格安で買うことができる。

 鍋の中の水の魔素はこのルーンに吸収されたわけだ。


 因みに、この古代の生活排水を利用したリサイクル・・・・・行為も地上のエルフと魔術師に知られると多分唾を吐かれるだろう。

 だから、ここだけの秘密だぞ?


 次はその充填したルーンを取り出す。

 鍋の横の床に円陣を描き、その四方の線上にまた小さな円を描く。

 円を描くのに使ってるチョークにはルーンに加工される前の原石であるルーン石が含まれている。


 円陣の中央に鍋を移動させ、解体したダンジョンクラブの脚と塩をひと掴み振り入れる。


 …う~む。やはり、このダンジョンクラブには毒はないが若干の呪いがあるようだ。

 かといって、生命の危機に達するほどではないだろうが俺は安全第一の男。

 それは、飯に関しても同じこと。


 

 ――キュポッ


 トットットットットッ…



 ここで満を持しての聖水の出番となる!


 え? アンデッドに使うんじゃないのかって?

 そんな訳がないじゃないか、そもそも俺は喰えもしない魔物に興味なんてない。 



「おお…!」



 鍋の中に聖水を投入するとどうだ!

 みるみる内にダンジョンクラブの殻から禍々しい模様が消え失せ、微かに覗く身が俄かに輝き出したではないか!


 完全に呪いは消え去っていた。


 どうやら、俺の使い方は間違っていなかったようだな!(ドヤ顔)

 

 序に手に入れた白ワインも投入しておこう。

 肉料理には赤ワインとか聞いたが、魚介類には何となく白ワインの方が良さそうな気がしたので。


 鍋に蓋をし、今度は円陣の四方に火のルーンを配置する。

 すると熱を発する円陣によって鍋の中身がグラグラと音を立て始めた。

 コレは俺以外の迷宮探索者にも必須のテクだ。

 薪も火付け道具もろくにない中、ダンジョンに何日も潜るのなんてざらだからな。


 俺自体は直接ルーンを使って魔術を行使できるわけじゃないが、多少自身から魔力を出力できるので魔法の品やこういったルーンを使った小技が使える。


 実は俺の革水袋にも氷結のルーンが仕込んであって、中に入れた飲み物を冷やすことができる。

 まあ、肝心なのはその加減か?

 ルーンに魔力を充填し過ぎると中に入れたエールがカチンコチンに凍って飲めなくなってしまうからな。



 暫し待つ…。



 さて、もう俺の腹も限界だ。

 チビチビ飲んでいた白ワインで悪酔いしそうだったので、目の前にある鍋の蓋を良い加減取り外すことにしてた。



 ほわわん



「素晴らしい…(ウットリ)」



 鍋から噴き出す湯気の中から現れたのは、見事に赤く染まった殻が美しい見事な茹で蟹だった。


 はぁ~この水蒸気にすらカニの旨味を感じそうだ。

 不運な甲殻類アレルギー持ちは悶絶必至だろう。



 本日の晩餐、“ダンジョンクラブの聖水蒸し”の完成だ!



 茹でただけのシンプルなものだが、存外に業の深い料理になった気がする。


 そんな些末な事なぞもうどーでもいっか!

 いいよねっ!?

 俺は早速取り出した茹でカニに手を付けた。


 事前に殻から身を取り出すいように殻には自慢のミスリルナイフで切れ目を入れてある…抜かりはないっ!


 両手でバキリッとやれば、ぷりっぷりの身がブリュンと飛び出してきやがる!

 もう喰らうしかないよっ!



「はちちちっ…はふはふっ! あぁ~! うめぇ~…」



 やはりカニは絶品だな!

 口に残ったカニの耐え難い濃厚な旨味をラッパ飲みする白ワインで胃の奥に流し込んでまた楽しむ。



 しかし、これまた地上の連中はこんな美味いものをなぜ食べない?


 これは単純に喰わず嫌いというより、この内陸の中央では魚介類に触れる機会自体が限られているのもあるんだろう。


 だが、それも手伝って俺はこうして美味いものを独占して味わえるってわけだ。


 昨日の飯を邪魔された分、より美味く感じるのかもしれないなあ…。



 俺はたっぷりとカニを堪能して大満足すると今度こそ地上への帰路についた。



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