第5話 混沌寺院と下水道にて
はあ、昨日は酷い目に遭った。
なんか、最近俺ってば溜め息が異様に増えた気がすんなあ?
だが、俺は無事にギルドから解放されて今はこうしてストレッチで盛大に身体の筋を伸ばすことができる。
何か理由は知らんが、あのケダモノ娘はギルドの預りになった。
ギルドマスターのガノン様には何やら気になる点があるようで、色々と調べるんだそうな。
因みに、ギルド側からの処罰は無いらしい…遺憾だ。
一応、あのケダモノからの被害にはそれなりに対応するとのことだが、シーフの塒に居付いてるヤツは無許可で住んでるわけで、そもそもギルドに胸を張ってどうこう言えるような立場の者はいない。
よって、泣き寝入りになるのだろう。
ギルドの闇を見た気分だ。
同じく俺の被害…ドネルケバブについてはミンサーから証言があるということで、次のワームの同部位の買い取り額を倍にするという。
馬鹿な!?
俺はワーム肉をギルドに買って欲しいんじゃない!
返せっ! 返して欲しいんだよっ!?
よって、俺も泣き寝入りになるのだろう。
ギルドの闇を見たな。
…さて、そういつまでも悲しんでいても元の世界でもこの異世界でもどうにもならないのは一緒だろう。
ここはポジティヴ・シンキングでいこうじゃないか。
「ようこそ我らが、混沌神の寺院へ。入信ですか? もしくは、毒と病の治療ですか? それとも、蘇生ですか?」
「違う」
いつもこれだよ。
槐色に染めたローブを羽織ったまだ幼さが残る修道女が、俺の顔を見て開口一番にいつもそう言うんだよ。
よくいるRPGのモブキャラかよとツッコミたくなるよな。
「聖水が欲しい」
「左様でしたか。では、奥にいらっしゃる司祭様のもとへどうぞ」
「わかっ…た…」
だが、その修道女が俺の前から退く気配がない。
まあ、いつものことだな。
「どうか、この寺院と貧しく哀れな身共の為にご寄付をお願いします(キラキラ)」
修道女が宝石のように目を輝かせながら、俺の腹に無駄に頑丈な箱をグイグイと押し付けて来る。
こうして、この実に圧の強い寄進に応えなければ梃子でも退きやしねえ。
しゃあない。
――カラン
「…………」
俺は財布から取り出した箱の中に
「…チッ」
…それでも聖職者見習いのつもりかよ。
ここの連中はこんなんばっかだ。
ここは城塞都市の旧市街にある廃れた寺院だ。
因みに俺は無神論者だが、ここにはとある所用があって来た。
じゃなきゃこんなとこに来たりなんかするもんかい…。
しかも、ここの寺院は数ある神の中でもちょいと特殊な
その名もズバリ混沌神。
エルフとその他の高位種族からは良い扱いはされてないが、決して悪い神ではない、と俺は思う…。
司るのは“破壊と自由”。
破壊というパワーワードはいただけないが、自由というのは良いだろう。
まあ、この異世界で最も崇拝されている“法と秩序”を司る光の女神とは真逆の位置付けにあるし、その女神がエルフの主神というのも大きい。
この城塞都市の寺院と言えば、王城最寄りにある光の女神を祀る聖堂寺院だから。
だが、別の意味であそこには行きたくない。
あそこはドルイド教のエルフ共のメッカみたいなもんで空気が非常によろしくないからなあ。
極端に言えば、エルフとハーフエルフ以外くんなよってくらいの雰囲気すらある。
それに引き換え、この寺院は祀る神と同様で正に自由そのもの。
さっきの修道女の子はエルフでもハーフエルフでもファーレスでもない。
恐らく、ファーレスと獣人のハーフ種族だろう。
顔は人間そのものだけど、ローブの裾から尻尾ブンブン振り回してたし。
来るもの拒まず、それが混沌神教徒のモットーらしい。
故にその祝福対象も他信教と異なり、全種族対象。
なんなら、
それと異種族婚全組み合わせオッケーな唯一のサンクチュアリでもある。
ただ自由を尊ぶばかりに、必ずしも徳が高いとは言えないのが玉に瑕だ。
俺は難無く祭壇前に居るこの寺院の女司祭のもとへと辿り着いた。
狭い寺院だからな。
「ようこそ我らが、混沌神の寺院へ。入信ですか? もしくは、麻痺と石化の治療ですか? それとも、転生ですか?」
「違う」
アレ? さっきもあったろこのやり取り。
この寺院の常套句なのか?
それと蘇生じゃなくて転生ってなんだよ。
ジャンルが変わっちゃうだろ、怖えーよこの女司祭…。
てか、毎度このやり取りだな、いい加減にしろ!
俺が無神論者の昨今の迷宮探索者では珍しいほどの健康主義者で、死体も背負ってないのを知ってて言ってるだろ。
「聖水が欲しい」
「ほう。
……なんか、別の意味に聞こえてしまう俺は心の汚れた人間なのだろうか。
「では、此度の相手はアンデッドの類でしょうか? 罪深き子よ。嗚呼、ですが殺生を糧とする者であれ何も案じることなぞありません。この世に罪なきものなどいませんから、あらゆる人も獣も鳥も魚も魔物も弱肉強食のもと平等なのです」
エルフ共が聞いたら全力パンチしてきそうだな。
だがそんな冒涜的なセリフを吐いて気にも留めない様子の女司祭が胸の謎過ぎるスリットから(何でそんなとこにしまってんだと思わずツッコミたくなるが)小瓶を取り出して俺に手渡す。
……なっ…生暖けぇ…っ!
「聖水です。寺院とギルドの間に設けられた掟により提供は一度にひと瓶までとさせて頂きます」
渡された小瓶の中で薄い琥珀色の液体が揺れる。
特にアンデッドに特効なアレだな。
まあ、そんなアイテムを瓶1本とはいえ、タダで提供してくれるのは有難い。
ただまあ、なるべく空になった瓶は寺院に返却しないとその内、
兎に角、目的のブツは手に入った。
俺はさっさと寺院を後に……。
「どうか、この寺院と貧しく哀れな身共の為にご寄付をお願いします」
…来たよ。
――カランカラン
「…………」
俺は同じ轍は踏まない男だ。
今度は箱の中に
「…チッ」
徳が低いぞ、この寺院…。
@
さて、本日やってきたのはこの城塞都市プルトの地下に張り巡らされた広大な下水道だ。
…うん、臭いな。
それでも、スライムを利用した濾過装置を通した下水を流してるはずだから元の世界の下水道よりも多少マシなはずなんだがなあ…。
「うん。掛かってる、掛かってる」
俺は設置した罠から屍骸を取り除き、その尾をナイフで切断する。
前日から複数ヶ所に仕掛けていたものだ。
袋鼠だ。
いわゆるオポッサム。
だが、俺が知る子供を乗せて移動するあの愛らしい姿とはまるで違う、禿げ頭の化けネズミだ。
地下の淀んだ魔素で半ば魔物化してしまったらしく中型犬くらいのサイズも有りやがるんだコレが。
コイツの数が増えると街まで這い上がって悪さをするので定期的に間引く必要がある。
本来は駆け出しの探索者の仕事だが、大変な割に稼ぎにならないと滞る塩漬け依頼ベスト10にはいる難物なので…まあ、回り回って俺にギルドから指名依頼が来るって寸法だ。
…随分増えたな。
ここ3日で回収した袋鼠は百を超えている。
俺は討伐証明の部位である尾を腰の袋に納めると袋鼠の死骸をジッと見やる。
「…コイツもダメか」
やはり、汚染と病原菌持ちだった。
コレでは煮ても焼いても食べることができない。
折角の動物性タンパク質だが、廃棄せざる得ないだろう。
依頼は今日で終わりだ。
普通ならもう地上へと引き返すんだろうが…俺は更に
この下水道はその時代で増設を重ねた経緯から非常に入り組んでいて複雑だ。
俺だって行き来したのは全体の2割に満たないだろう。
何でも戦時中は非常通路や果ては王族の隠し通路としても利用されていたとか。
現在はネズミや犯罪対策で殆どの入り口が潰されてしまっているようだが。
そもそも第1層は下水にしては浅過ぎる。
地上ではそのせいで盛土でもしない限り、地下の拡張がマトモに行えないとも聞いたな。
何せここ百年、ファーレスがこのプルトを統治してから設備された比較的新しい代物だ。
それゆえ一定の区間で蓄光魔石の灯りがあるので、第1層での活動にストレスはほぼ感じない。
そういや、まだ言葉も解らない雑用時代によくここの魔石交換作業をやったっけなあ~。
だが、第2層はそんな
一挙に暗闇の世界となる。
よって、この層に出入りするギルド職員は自然と暗闇を見通す眼を持つ獣人に偏るが…さる理由から非常に嫌がられる。
――臭いから。
相変わらず鼻が曲がりそうになる。
第2層は城塞都市をまだエルフと交戦中のオーク達が牛耳っていた時代にエルフの浄化施設を真似て造ったものらしい。
だが、その設備機能は不完全。
現在は完全に死んだ状態で無駄に幅のある水路は汚泥スライムの川と化していた。
よってその結果、第1層とは比べられないほどの酷い悪臭がもたらされている。
悪いが、俺もここは素通りだ。
単純に用事もなければ、長居も御免被る。
壁に這わせたロープを頼りに下層へと向かう。
第3層。
かつて、最初にプルトを形作ったエルフが作り上げた魔法の浄化施設だが…魔素を貯めることで淡く光るキノコや苔類によって実に幻想的な光景が広がっている。
臭いは、ほぼ森の中という感じでなかなかのエルフセンスだ。
涼やかに水路を流れる透き通った水までもが微かに発光している。
だが、見てくれに騙されて飲んではいけない。
…いや、水質に問題は無い? いや、あるのか?
その水には大量の魔素が含まれてしまっているからだ。
俺の様に潜在魔力が種族的に乏しいファーレスや獣人が飲むと間違いなく魔力酔いを起こすから非常に危険だ。
だが、ポーション作りには良い触媒になる。
汲んどこう。
俺は背嚢から取り出した空のワインボトル数本に水路の発光水を汲み上げた。
それを終えたタイミングで通路奥から気配を感じ、俺は咄嗟に壁と根の間に身体を埋めて隠れる。
ガサガサガサガサガサガサガサガサッ
「…………」
不気味な音を立てて通路の奥からやってきたのは数本の
植物系の魔物トレントの近似種“ハンギング・ツリー”の群れだった。
根は数本の不揃いの脚、伸びる枝木が腕となり壁や床を突っ張るようにして移動している。
オマケに首吊りの木などという名の由来通り、探索者の死体の首を絞めて持ち歩くという悪趣味で非常に迷惑な木だ。
……どうやら、今回は
息を完全に殺して、奴らが立ち去るのを待つ。
意外と迷宮初心者がやりがちなミスだが、隠れるだけじゃなく上手く息を止めるテクニックも必要なんだよね。
植物系の魔物には目がない分、音や呼気に敏感だからな。
植物なんだから二酸化炭素とかに反応してるんだろう(適当)
ガサガサガサガサガサガサガサガサッ
「ふぅ…」
どうやら無事に去って行ってくれたみたいだな。
アイツらは確か丸2日掛けてずっとこの第3層を巡回してるだけのはず。
もう、今日は戻ってくるまい。
俺は胸を撫で下ろして、本日の
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