G県H市における複合怪異群に関する報告

福太郎

G県H市 複合怪異群に関する報告

1.はじめに


 通達のレポートとおぼしき文書を、国立G大学のイントラネット内に発見した。

 大学のシステム担当者にいくばくかの金銭を握らせたが、本調査の科学的意義にもとづく極めて科学的な賄賂わいろにつき、経費として快く承認されたい。

 また、通達にあった「夏」「調査対象にはどうも見逃せない不思議な」という語群は、私が探しただけでも複数の文書に含まれていた。私以外の観測員候補からも興味深い報告が多数寄せられることと思う。

 さて、私は1つの文書を通達のレポートと推定した。

 推定の基準は以下の2点である。

1)それがレポートの体裁をとった書きかけの文書であること

2)怪異の中でも特に「不思議」と呼ぶに値する特徴が含まれていること

 本稿ではこの追加調査を報告する。


2.調査の目的


 元レポートは14件の怪異(詳細は別紙)を取り上げ、その共通点に着目する点で特徴的である。


・怪異の舞台はいずれも海または湖を臨む田舎町である

・怪異はいずれも7月から8月の間、つまり「夏」に発生している

・怪異を含むエピソードの中心的な登場人物は中学から高校生の男女である

・前項の男女は海(or湖)を臨む下り坂で二人乗りしがち


 着眼点自体は大したものではない。

 私は挙げられた怪異のうち、下記を抜粋して調査を試みた。

※併記の怪異区分は元レポートの作成者による。私の見解は後に述べる。


a.気象を操る少女(生命体)

b.意識の“入れ替わり”(現象)

c.時間遡行(現象)

d.並行世界への移動(現象)


 私が上記4件に対象を絞った理由は各現場が極めて近傍だったからだが、「1回の出張で件数を稼げてお得」というような、さもしい了見でこれらを選んだのでないことだけは強く主張しておきたい。

 私が関心を持ったのは、怪異発生の時期と当事者の行動範囲がともに重なっていることだ。


 個別の怪異についての詳細な報告は多数あるが、複数の怪異が相互にどのような影響を及ぼすかということについては、事例も少なく調査の記録がほとんどない。

 したがって本稿では複数の怪異が重なり合った場所、人、物に何が起きるかを観察、これまで見えてこなかった「怪異」の本質に迫ることを目的とする。


3.調査内容


1)関連記事の収集

 G県H市の地方新聞を収集したところ、驚くべき発見があった。昨年夏、たった2ヶ月の間にG県H市は4度にわたって大規模な災害に見舞われていたのである。

 大地震、火山の噴火、隕石の衝突、大洪水──。黙示録の羊が突進してきたのか?

 またそれらの記事は相互にまったく関連を持っていなかった。地震の記事に火山の噴火は一言も触れられず、隕石の記事に洪水の被災地を案ずる言葉は一語もない。

 何より、私はそれらの出来事を一つも知らなかった。


2)現地聴き込み

 G県H市は山と湖に囲まれた美しい町だ。

 いくぶん主観的な表現だが、少年少女が一夏の思い出を共有するにはもってこいの景観であり、実際3組のカップルが二人乗りで坂道を駆け降りていった。怪異によって滅んでいないことが悔やまれる。

 しかも、どうやら私は周辺住民に怪しまれたようで、義侠心ぎきょうしんにかられたらしい野蛮な男たちと殴り合いになった。

 勝敗については差し控えるが、私の拳は極めて科学的な目的に奉仕する科学的パンチであるため不問とされたい。

 さて、その夜泊まった宿の女将が「a.気象を操る少女」を知っているというので仲介を頼み、翌朝その住居をたずねた。

 日焼けした活発な印象の少女で、「アイツのこと良いと思ってんのはクラスで俺だけだな」とクラスでほとんどの男子に思われていそうな趣きがある。

 簡潔に、天気を操るところを見せてほしいと頼んだが、「その力は失った」と彼女は答えた。

 私はまるで心底ガッカリしていないかのように、彼女と、途中でやってきたその恋人から、二人の恋と冒険の物語を聞かされる羽目になった。

 以下に要約する。


 この地では山の神と空の神が雨を通じて交わるとされる。少女aの抱えていた怪異は、厳密には「気分が気象に影響する」というもので、少年a’と出会い、晴々しい気分で日々を過ごしていたところ降雨量が減少。交わりを絶たれた山の神は噴火という形で空に手を伸ばした。被害は甚大じんだい。二人は怪異の力を神々に返上する儀式を突き止め、さらなる被害は防がれた。


 土着の信仰に紐づく怪異というのは珍しくない。

 むしろ興味深いのは、この二人が同地で起きたとされる他の怪異や災害についてまったく知らなかったことである。


 私は聴き込みを続け、調査対象としていた怪異4件の中心人物すべてと会うことができた。

 いずれも反吐が出るほど仲睦まじいカップルで、話の内容も先のケースと酷似していた。

「若い男女が降りかかる怪異に対処する過程で破滅の危機に遭遇し、呪術的な手段でこれを回避した」

 抽象化すれば全て同じ話である。

 また、それぞれの怪異は、それぞれ一つずつのカタストロフィと対応していた。


a.気象を操る少女:火山の噴火

b.入れ替わり  :隕石の衝突

c.時間遡行   :大地震

d.並行世界   :大洪水


 彼らは自身が経験した組み合わせ以外、同時期・同地域で起きた怪異と災害の存在を知らなかった。

 これは周辺住民も同様だった。

 元レポートにあった怪異はいずれも当事者が秘密にしたため他に知る者はほとんどいないが、大災害についてはこの土地に住む全ての人が経験している。

 しかし彼らが経験した災害は、一人につき1つだけだ。

 その被害は凄まじいもので、町は半分以上崩壊したと彼らは口を揃えて言う。 

 私が習った算数の知識が正しければ、2度半壊すればちょうど全壊するはずなのだが、そうした様子はない。

 まるで別々の作家が同じ町を舞台に書いた、別々の小説を読んでいるようだった。

 小説の世界でどれだけ町が傷めつけられても、現実の世界が傷つくことはない。

 G県H市は山と湖に囲まれた美しい町だ。


4.考察


 以上のことから考えると、怪異はH市という土地や空間に起きたのでもなければ、個別の少年・少女に起きたのでもない。


 怪異が起きたのは、この町に暮らす住民の「認知」だ。

 したがって怪異区分は〈現象〉と推定する。


 この町の住民は、a〜dいずれかの怪異に対応するカタストロフィを経験したと記憶している。

 そして私の辿った範囲では、噴火を経験した住民(a群)と大地震を経験した住民(c群)の間に交流はなかった。

 検証には大規模なプロジェクトチームの投入が必要だが、おそらく各群の住民は全市規模で完全に分断されながら、お互いそのことに気付かず生活しているものと思われる。

 同じマンションの隣に住む人のように、互いの存在は認識していても互いの経験を共有していない。


 この事例は、「怪異」というものの本質について、いくつかの示唆を含んでいる。


 私は隣人が“ネクロマンサー”でないことを確かめたことはないし、街をすれ違う人が“歌って踊れる珍味売り”でないことを確かめたこともない。


 G県H市の人たちと同じように、私自身が、まったく珍妙なパラダイムで生活する人々と分断されながら隣り合っている可能性を排除する確かな証拠はない。


 怪異の当事者たちは「その怪異を認識した」という認知自体が怪異であることに気付いていない。


 我々も同じでない保証はあるだろうか。


 我々は、怪異を「宇宙の“バグ”のようなもの」と考えてきた。

 バグを抱えているのは我々の認知ではないのか?


 最後に、本稿が怪異の本質的解明に資することを祈る。


                                以上

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