この世界は二千字のためにある

花屑かい

この世界は二千字のためにある

 今日も私は文字を追い、頭の中で言葉を咀嚼する。

 二千字以下の小説に限り投稿可能な小説サイト。一つの物語の手軽さと、私の飽き性がぴったりとハマり、一日に何度同じアイコンをタップしているのかは私とてわからない。

 ソファに背中を預けながら、アイスをかじる。夏らしいヨーグルト味の清涼感が口の中でじんわりと解け、もう一度と口に運ぶ。

 手の中の物語は、真っ只中の茹るような暑さの夏とは違い、凍てつくように冷たい冬が舞台らしかった。らしかった、と言ったのもこの小説、よくわからないのだ。

 確かに舞台は室内ではなく屋外であると思うのだが、主人公の独白が多くを占めており、合間に少しの情景描写が描かれるのみで全くもって状況が掴めない。

 そういう小説はほとんどの場合、主人公の独白にこそ物語があり、舞台は関係がないものが多いのだが、この話はそれは違うと思わせる引っ掛かりがあった。

 もうこの物語は四百字を迎えるころだろうと思う。つまらない日常を映して何がしたいのか。

「あっ」

 文字を追いかけて次のページに移ると、そこには灰色のいいねボタンと投稿者の名前があった。

 もう終わってしまった。

 釈然としない終わり方に疑問を持て余したまま、そのページを閉じる。いいねは押さなかった。

 ため息をつくのも本当はよくない。わかっているのだが、肺から押し出された空気の塊が口から勢いよく飛び出る。

 食べ終わったアイスの棒を手元に置いていた外袋の中に入れて、目の前のローテーブルに投げる。

 足を上げて寝転がるようにソファに身を沈ませると、また零れたのはため息だった。終わりが迫ってくるのはつらい。

 だからといって私の取る行動に変わりはないのだ。

 下に下にとスクロールをしつつ、私の目はせわしなく文字を追う。タイトル、書き出し、いいね数、アイコン。

 その中で好みの作風があれば、すかさずタップし読みふける。

 次に私が読んだのはタイトルと書き出しが意味のわからない小説だった。

 意味のわからないというのは、理解の範疇を超えたつながりの読めない言葉の羅列だ。それだけで私は惹かれてしまう。人知の及ばぬ文字はそれだけで想像力を掻き立てるし、人ならざる者に触れてしまったかのような、背筋に何か這い上がってくる妙な感覚が癖になる。

 釈然としないのは同じだが、この物語はそれで正解なのだと私は勝手に解釈をする。

 気が付けばもう千字を超えてしまっているではないか。二千字と言うのは案外あっという間に来てしまうのかもしれない。

 ページをめくって終わりにたどり着くと、タップして灰色をピンクに変える。二千字と言うのは読み手側にしてみればあっという間の時間だ。

 先ほどと同じく釈然としない終わり方にもかかわらず、まったく違う感想を抱えるというのは少し面白い。釈然としないと感じるのも私だけが抱える感想なのかもしれないし、各々の解釈でたくさんの顔を見せてくれるのが物語の良さだ。そこに作者の思う正解があるのもまた愉快。

 いい物語が読めた。そう思うものの、自然と心持ちは重く暗い方へ沈んでいく。

 二千字なんてあっという間。本当にその通りだ。

 始まりが来て、今になってやっと自覚が芽生え始めた。これで終わるのだ。そう思うのも残りの時間を無駄にしていると承知の上だった。考えれば考えるほど、これで終わってよいのかと不安が募る。

 どうすればいいだろう。もういっそ寝てしまおうか。夢の中までは侵入できまい。でもそうすると翌朝の寝ぼけた頭で終わることになる。もしくは眠るまでの過程で終わってしまうか。それは少し、いやだいぶ嫌だ。

 仰向けのままうんうんと唸って、とりあえず立ち上がることにする。極力何もせずに、何も考えないように。だが少ししかない時間だからこそ、最後は好きなことをするというのが趣と言うものなのでは?

「……コーヒーでも飲むか」

 思い立って、すぐに膝を伸ばして立ち上がる。電源を切ったスマホをローテーブルに置いて、代わりにさっきの棒入り袋をつまんでキッチンに向かう。道すがらにあるゴミ箱に投げ入れると、がさりと小さな音を立ててあまりにも呆気なく姿が見えなくなった。

 つまらないものに時間を割くな、と先ほどの自分が言った気がしてそそくさと足を動かす。キッチンについてからは急いで手を動かして、コーヒーメーカーに戸棚から出した豆を入れ、コップを置いたら慣れた手順でボタンを押す。すぐに機械はガガガガと大きな音を立てて小さく震える。その様をぼうっと見つめながら、思い出したのは実家のことだ。

 私の記憶も、彼らの存在もきっと残らない。二千字ですべてが終わる。

 こつこつと爪でテーブルを叩く。コーヒーメーカーの音が大きすぎて、爪の音など一切しないが暇つぶしだ。それでもよかった。

 よくない。よくないのだ。もう私の物語は終わる。コーヒーも飲めずに。

 何も考えずに淡々と、そうしていればコーヒーだって飲めただろうに。

 ピーと機械が終わりを告

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