私と貴女に架かる橋

とある二人の馴れ初めと結婚

 自分が同性愛者だと自覚したのは中学校一年の頃だった。

 周りには同じ人がおらず、ただただ寂しいという感情が残った。

 私が、ジアさんと出会ったのは、一番の理由は寂しさを埋める為だったが、自分の中学生の頃からの趣味である絵を描くための情報収集と、百合オタ活のために始めたSNS上でのことだった。

 彼女とは、一年ほど前からハマったとある、舞台の上で自分の理想を追い求める少女達の群像劇の作品群のがあるのだが、その推しCPが同じだったのがきっかけで、急速にネット上とても深く仲良くなることができたのである。 

 ちょうど同じタイミングで絵の投稿も始めた。

 ジアさんは、高校生の頃に日本に留学していた経験があり、日本語が流暢で、好きなものに対する愛情の深さは見ていて気持ちが良いほどの溺愛っぷりだった。

「あの二人はなんであんなに愛らしいの?」

「スゴい。なんとかして国宝にした方がいい」

「日本の女の子は、二次元も三次元も可愛すぎる。お餅みたい。煌めきで目が灼かれても構わないよ」

「推しCPは栄養。これがあれば五大栄養素を補えるはず。その内全てに効くようになる」

 ジアさんの語彙力は面白い。喋っていると楽しい。

「君だってそうだよ。文字からでも楽しんでるのが伝わってくるというか」

「それってとても素敵なことだと思うよ」

 私の自己肯定感がぐんぐん回復していく。

 いつもこうして励ましてくれる。本当にありがたい。

 ジアさんはどんな人か気になったのでアカウントの投稿を遡ってみる。

 たまに上げられる手元の映った写真たちを見ると、ばっちりと整えられたネイルにすらっと伸びた美しい指をしているのが分かる。

 そして、どうやら社会人らしいということは分かっていた。

「いつか会えたらいいな」

「わ、私とですか⋯⋯?」

「そうそう、無理強いはしないけどね」

 こんな素敵な人と友達になれて良かった。


 そんな彼女に会うことになったかもしれない。

 

 ジアさんと私の推しCP二人のアクキーが、コミケの公式出店で販売されることになった。推し作家の同人誌も確保したいが、一人で行くのは不安に感じていた。

 それをジアさんに伝えると「じゃあ私が一緒に行くのはどうだろう。私もちょうど仕事休みだから現地行きたいなって思ってて⋯⋯」と言ってくれた。

 でもな、ちょっとネット上の付き合いで嫌な噂も聞くし、大丈夫かな⋯⋯

「あ、でも会ったこともないし不安だよね。信用してもらうのに、とりあえず、できるだけ毎日通話するところから始めようか」

 ジアさん本当に色んなことに気がついて凄いな。

 私はそれに比べて、どんくさいし気も効かないし、臆病だし後先考えずに喋って、彼女に旅行代を出させることになってしまった。

「そんなの気にしないで!私は日本の子がとても好きだから会いに行きたい。行きたいから休みの時は飛行機に乗っちゃうの。ディズニーに行くようなものだね!」

 あぁ⋯⋯眩しい⋯⋯陰キャ百合ヲタの私には眩しすぎて見えない。

 オフ会で同じオタ友としか会ってないツケが回ってきた⋯⋯

「うっ⋯⋯煌めきで焼けそうです⋯⋯」

「本当に、金魚鉢ちゃん(私のハンドルネーム)は面白いね。かわいいな」

「金魚鉢ちゃんの絵って、真剣で、熱くて、ひたむきで、私は好きだよ」

「その服素敵だね。似合うだろうから、大事に着てあげてね」

 すぐに可愛い可愛いと言ってくれる。私は全然そんなんじゃない。地味だし根暗だから誰かと付き合ったこともないし、服のセンスもないようなオタク女子だ。

 大学のサークルにすら入っていない。

 本当の私を見たら幻滅するに決まってる。それが怖くなった。

 やってきた通話の時間。通話アプリのIDを聞いて検索をかける。

 アイコンはデフォルメされた自画像だった。艶々の黒髪に腰まで伸びたロングヘア、前髪は真ん中分けで大きなサングラスをしている。

 登録すると、チャットが来た。

「こんばんは!私はやっと仕事が終わって家に着いたところだよ。金魚鉢ちゃんは何してたの」

「私は今横になったところです。お仕事お疲れ様ですジアさん」

「ありがとう⋯⋯疲れた体に染みるよ。じゃあ早速だけど音声繋ごうか」

「はっ⋯⋯はい!準備します!」

 自分の声も好きじゃない。変だと思う。可愛くない。

 発音に癖がありすぎてキャラ作りしてると思われてるし、言動はキャピキャピしてないし、人の目を見て喋れない。ああああ、自己嫌悪。

 同じ沼のヲタクだし、多分女の人っぽいし、女性だったから会うことにしたんだし。でも、私の頭を掠めるのはほろ苦い先輩との恋の記憶。

 今度は私だけが急ぎすぎない。初恋の憧れの漫画部の先輩との思い出だって、一生の宝物のように大切な物であることは変わらないけれど、もう歩み出さないと。

 だが、ジアさんが私に優しいのは、彼女の方が少し大人だからだ。それ以上でもそれ以下でもない。余計な感情は持ってちゃいけない。

「あ、あ、聞こえるかな、声届いてる?」

「あっ⋯⋯あああの、聞こえてます。ばははっちりです!」

 ジアさんの声は、落ち着いていて耳に残る心地の良い中低音のアルトボイスだった。

 高くもないが低くもない声だ。私の推しになる声優さんも、Vtuberの子も大体そんな感じで、声が良すぎて既に心を掴まれてしまった。

 初日からこの調子でこのあと持つのだろうかと不安になる。その予感は的中し、私はジアさんとの通葉のたびにときめきすぎてヤバいことになっている。

 大学という戦場を駆け抜ける原動力にもなっていて一石二鳥である。お得すぎる。一日の終わりに声を聞くために頑張っているようなものだった。

 何度も断ろうとした。あったら幻滅される。でもジアさんが私に会いにきてくれる。その真心に応えたいと思った。おしゃれな服を滝のような汗をかきながら買い、震える声でコスメ店の店員さんにおすすめを聞いて、お化粧の仕方を教わった。

 全てはジアさんに綺麗になった自分を見てもらいたいからだ。

「ジアさん、実は私服とコスメを買ったんです。あの、会いにきてくれるのが嬉しくて、せっかくならお洒落してお化粧もしてみたいなって思ったんです」

「⋯⋯なんていい子なの」

「ジアさん、どうかしましたか⋯⋯?」

「そんなふうに思ってもらえるなんてすごく嬉しい!私もおすすめのコスメあったら持っていってもいいかな。もちろん、迷惑じゃなければだけど」

 嬉しいばかりか、憧れの人と同じものを体に纏えるなんて幸せすぎる。ジアさんに褒めてもらえるように肌ケアも頑張らなきゃ。

 何度も通話を重ねていくにつれて彼女との距離は縮まっていった。


 そしてやってきたコミケ当日。


 待ち合わせ場所に向かうと、遠くから見て、一際美しく輝いている人物がいた。

 間違いない。あの人だ。はやる心を抑えられず走ってその元へ向かった。

「あのっ⋯⋯ジアさんですよね!?」

「その声ってもしかして、金魚鉢ちゃん?」

 振り向いた時の匂いで私は理解した。これがときめき、そして愛なのだと。

 結果として、お互いが欲しいものを手に入れることができた。 

 公式アクキーを手に入れるための長い列を、日傘と、冷感グッズと飲み物をあらかじめ買っておき、それを持ち寄って乗り切ったり、私たちの推しカプの神であるとある先生に初めてお会いし無事新刊を買えたり、ジアさんのフォロワーさんであるお友達の女性にばったり遭遇したり、一日の中で目まぐるしくたくさんの事があった。


 私はもう、二人だけの、会うまでの一夏の思い出と、推しカプ観測ができただけで満足だった。この煌めきがあれば、私はこれからも生きていける。


「今日は本当にありがとうございました。会えて嬉しかったです。ジアさんみたいな美人さんで、いつも優しく見守ってくれるお姉さんみたいな人とお友達になれて良かったなって思います」

 別れの時、ジアさんが珍しく俯きながら何かを私にくれた。

「あの⋯⋯こ、これ、荷物増えちゃうから申し訳ないんだけど、金魚鉢ちゃんにどうしても渡したかった物なんだ。かさばるだろうから袋も用意したよ」

 赤いアネモネと青いアネモネの花束だった。

 絵を描くときにテーマになりやすいからと、花言葉を調べる癖があって、アネモネは、前向きな気持ちを伝える花だったと記憶している。

「嬉しいです⋯⋯大切にします⋯⋯」

 私からジアさんに抱擁をした。

 本当にゆっくりと、細心の注意を払って抱きしめ返してきた。

「力加減間違えてないかな、痛くない⋯⋯?」

「大丈夫です。私がそうしたいからしてるんですから」


 私の中の感情が、憧れではなく明確に「恋」に変わった瞬間だった。

 

「なら、お花のお礼に、私の名前を教えてあげます。私の名前は由香っていいます。今から二人だけで会う時は名前で呼び合いましょうね⋯⋯」

 彼女だけに聞こえる声で囁く。

 あぁ、ずっとドキドキしっぱなしなのがバレてしまった。ジアさんも緊張していてくれているのが嬉しかった。私だけじゃなかったんだ。

「ジアさん、あのお花ってもしかして⋯⋯!」

「しー⋯⋯それは次に会った時に答え合わせしようね⋯⋯」

 はぐらかされているような気がしてしまって、誰も見てない間に頬にキスをした。

 お返しとばかりに耳に唇が寄せられて、囁き返される。

「今度会った時までに、由香が私のことを好きだったら、大人のキスをしましょう。これは子供のキス⋯⋯なんちゃって⋯⋯」

 嗚呼、私は本当にジアさんの事が好きなんだと思った瞬間だった。


 ───ジアさんが、日本の企業に転職してきた。

 その知らせを聞き、日本にやってくる日時を聞いて、空港まで迎えに行った。

 ジアさんが泊まっているホテルにお邪魔させてもらうことになった。

 部屋に入ってすぐ、ふわりと、だが今度は力強く抱きしめてくれた。私は目を閉じた。

 息を呑んだ音が聞こえた。そして、唇がゆっくりと触れ合った。私の、ファーストキス。ドアに背中を預け、彼女の舌を受け入れる。長いキスだった。

 唇が離れ、銀の橋がかかる。

「これが、大人のキス。あの、順番がおかしくなったけど、その⋯⋯」

 唇に人差し指を当てる。

 彼女は目をまん丸くさせている。


「私から言わせてください。ジアさんの事が好きです。私と付き合ってください」

「⋯⋯不束者ですが、よろしくお願いします」


 実録漫画をSNSに投稿し、ジアさんのいるベットへ潜り込む。

 今日は休みなので二度寝したっていいのである。なんともないこの日常が、本当に幸せだ。

「ジーアさーん⋯⋯おはよー。ぎゅーーー!」

「おはよう、私のお姫様⋯⋯昼まで寝ちゃおっか」

「はぁい」

「由香、おいで」

 ジアさんの匂いに包まれながら、微睡の中へ落ちていった。


  ───こうして私とジアさんは同棲と交際を始めた。そして、日本の法律が変わって同性婚が認められ日本で結婚した。今も幸せに暮らしています。



 これは夢物語じゃない。いつか、現実にしよう。



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女性同性愛恋愛体系-女性同士という名の宇宙について- 鬱崎ヱメル @emeru442

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