第二部 異能と私とあの子
こうして助けてやったら、すっかり懐かれてしまった。しかも同じ学園の中等部に通っているのだと本人から聞かされた。帰ろうとすると、麗奈が下駄箱で待っていた。
「うふふふ⋯⋯やちよさん、迎えにきましたよ⋯⋯」
「おう、ありがとう麗奈。じゃ、行こうぜ」
部活が終わるまでいつも待っていてくれる。
「まさか、天王お姉さまをまっていらっしゃるのでは?」
「きいい!なんなんですのあの女ァ!」
「あんなに嬉しそうにして!惚れてるのバレバレですわよ!」
なに話してんだあいつら⋯⋯
「はーい!今から行きます!⋯⋯では皆さん、ごきげんよう」
「「「きいいいいいい!」」」
何故か学園中の生徒から見られるようになった。まぁ、休み時間のたびに麗奈がやってくるようになったし、部活までついてくるようになったからかも知れないが。
大丈夫だと言ったんだが、弁当まで作ってくるようになった。せっかくの心使いを無碍にすることはできないので有り難くいただくことにする。
「⋯⋯まずは胃袋から掴まないと」
「ん?なんか言ったか?」
「いえいえ、なんでもないですよ」
中学三年だが麗奈はそのまま高等部に上がるようなので時間があるらしい。部活の練習もついてくるようにもなった。すぐに飽きるだろうと思っていたが、一ヶ月経っても忘れずに会いにきてくれるのを見ていると、嬉しいと思うようになっていた。
顧問に中に入れてやって欲しいと言ったらすんなり許可が降りた。
「四ノ宮さんのお婆様は私の師匠でしてね⋯⋯ははは⋯⋯」
「あぁ、そうだったんですね⋯⋯」
アタシの練習しているところを眺めているだけで満足できないのか、休憩中にも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるようにもなっていった。
だんだんと麗奈が隣にいることに安心感と喜びを感じるようになっていた。
「はい、今日のお弁当です。メインはお豆腐入り野菜も取れる健康ハンバーグですよ」
「悪いな毎日。休みになったらまたどっか食いに行こう。奢るよ」
「デート、ですね」
「あ、あぁ、楽しみにしといてくれ」
日々を重ねていくうちに麗奈に惹かれていった。
最初はただの妹分のように感じているだけだった。しかし彼女の真心に触れているうちに、いつしかそれは恋愛感情へと変わっていた。
「麗奈って、好きな奴いるか」
「え⋯⋯」
「いる?」
「やちよさんに決まってるじゃないですかぁ」
だよな、なんて笑いあって誤魔化した。
「私は、本当にやちよさんが好きですよ」
「⋯⋯貴女が思っている以上にね」
笑っているのか泣いているのか分からない表情だった。
その日の夜は眠るのに時間がかかった。
デート当日の移動にはバイクを使った。海沿いを走りながらいろいろな場所を巡るツーリングをしてみたいという麗奈からのリクエストを受けてのことだった。
海を横目に、走っては色々な店で買い食いをした。
個人経営の無添加ドライフルーツのチップは果物の甘味が程よくて手が止まらなかった。次は海沿いにあった店でフレンチフライを食べた。ディップのトマトソースは絶品だった。
道の駅に行ってみると、特産だという、ボール状のシラスの入った白身魚のすり身のさつま揚げを食べてみたが、あまりに美味かったので実家にも送った。
昼食は海沿いにあるイタリアンの店にした。二人でピザを分け合う。こんなふうに何気ない幸せを同じように分け合えたら幸せなのになと思った。
麗奈の隣にアタシ以外が立っているところを想像してしまった。
悪い空想を振り切るようにアクセルを踏む。
最後に寄った店で、何故か飲み物に二股ストローが入っていた。
「ははは、参ったなこりゃ」
「カップルに見えたってことですよね。私、嬉しいな⋯⋯」
アタシはその言葉を信じ切る勇気を持つことが難しかった。もしただの自惚れだった場合、取り返しのつかないことになる。関係も変わるだろう。
だがその真意を確かめずに居続ける忍耐があるわけでもない。
言葉が口から溢れ出てしまう。
「あのさ、麗奈、それって⋯⋯」
ひとまわり小さい手で、アタシの手を取って包んでくれた。
優しく微笑んで見つめてくる。
「えぇ、そうですよ。私は、貴女のことが好きです」
「アタシもだよ、麗奈。ありがとう」
嬉しくて、ほっとして、胸がいっぱいになった。
二人で生クリームデカ盛りパンケーキを食べながらたわいない話をする。初めて会った時のように最近ハマったアイドルの話を。喜びは倍以上だった。
最後に二股ストローを使ってレモネードを飲み干した。
今日の私の心のように爽やかな味がした。
調子に乗って予算を使いすぎて、晩飯はコンビニ飯になった。
「アタシはカップラーメンにするけど、麗奈は何にすんだ?」
「同じのでお願いします。なんかこういうの良いですね、恋人みたいで⋯⋯」
「あぁ、なんか今すっげえ幸せだなって思ってるよ」
「私もです。これ、夢じゃないですよね⋯⋯」
不安そうな麗奈を力一杯抱きしめた。
「あ⋯⋯?」
急にビジョンが飛び込んできた。麗奈からキスをされているところだ。なぜかこっちを見てあいつが笑っていた。本当かこのビジョン⋯⋯でもまぁ、麗奈は可愛いから別にいいけどな。
「やちよさん、私、今日親が家にいないんです。だから⋯⋯」
「お前、変なこと考えてねぇか?お前にはまだ早えんだよそういうことは」
麗奈を乗せてバイクで帰る。
走っていると、背中に触れている柔らかい部分がさらに密着してきた。灯った赤信号はアタシに冷静さを取り戻させようとする。
「なあ、あ、当たってんだけど⋯⋯」
「当ててるんです。分かってますよね?」
もう、子供じゃないんだな。
あのビジョンはやはりこの先の、未来の七秒間なんだ。
「私、やちよさんのフェチに合う女になったんですよ⋯⋯背が高くて黒髪でお胸が大きい女。ずっと好きだったけど離れちゃって、でも私は忘れられなくて、思い続けたらまた会えました。あの月夜に⋯⋯」
そうか、ずっと片想いだと思ってた。
「だから、もう離しません。私のことしか考えられないようにいっぱい誘惑しちゃいます」
勘違いじゃなかったんだ。
「えいっ⋯⋯ほら、やちよさん、柔らかいでしょう?私、もう子供じゃありませんから、大人のスキンシップ、しましょうよ⋯⋯」
アタシは眩しい女に好かれちまったらしい。悔しいがこいつは正直に言って好みの体つきをしているし、いいよな。合意取れてるし⋯⋯ちゃんとアタシも、麗奈が好きだしな⋯⋯
「⋯⋯本当にいいのかよ、その、アタシ、女好きだけど」
「えぇ、何の問題もありませんよ。まぁ、こんな貧相な体で良ければ、ですけど⋯⋯♡」
またビジョンが飛び込んでくる。べットの上で麗奈の黒髪が海のように広がっているのを見下ろしてる所だ。綺麗だ⋯⋯
その景色を見るためにバイクの速度を上げて、夕暮れの中を疾走した。
「セブンスクロックに、パーフェクトテンプテーションとは、面白い組み合わせだな。良いカップリングだ。これで覚醒したのは何人目だろうか⋯⋯」
多くの少女が画面に映し出されている。彼女らは能力覚醒の可能性がある。国を挙げての異能者調査の一環である。ゆくゆくは公安に異能部隊を創設する手筈となっている。
「博士」の企みは続く⋯⋯
「えぇ、二人発見しましたよ。はい、まさか自分の娘とは思わず。母親の私も、流石に見抜けませんでした。えぇ、あのサラリーマンは始末を⋯⋯少女の絆を破壊されてしまえばこのプロジェクトは終わりですから⋯⋯」
「まぁ、これは私の拘りですので、お付き合いください。花というものは散りやすいモノです」
「はい。えぇ、きっちり見守っていますとも。えぇ、問題ありません。予算はきっちりと財務省にゆすりをかけておきます。ではまた」
「津雲博士⋯⋯」
fin
──────
・七つの秒針(セブンス・クロック)⋯⋯ある地点から七秒後の景色のビジョンが脳裏に現れる能力である。地点は任意に変えられるが未来予知ではない。
・完全なる誘惑(パーフェクト・テンプテーション)⋯⋯あらゆる人間を強制的に誘惑する能力。能力者本人は女性同性愛者である為、好ましく思っていない。
やちよの母⋯⋯政府高官。能力者を監視する組織「全国異能力協会」の構成員。
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