セブンス・クロック・ラヴァー

第一部 異能を持った私

 アタシの名前は天王 やちよ。七秒先の未来が見える。

 

 ちょうど一年前、世界で初めて「異能力」についての論文がマイナー科学雑誌の「アナザー」に掲載された。見向きされることもなく埋もれていった。

 だが、各国政府は秘密裏に「異能者」を集め始めた。貴重な人材を把握することは安全保障の面から見ても重要であると判断されたからだ。


 ある科学者の与太話は、世界のあり方を変えた。


 私は、この力を自分で「七つの秒針」こと、セブンス・クロックと名付けた。

 異能に目覚めたのはガキの頃、近所のガキ大将の女と取り巻きにリンチにあっていた時だった。

 母子家庭で、身長が高くて目立つからいじめの対象になっていたんだ。また、昨日のように体育館に呼び出されて殴られた。

 このままやられっぱなしじゃ嫌だと思った瞬間に、相手が何をどうしてくるのかというビジョンが見えた。パンチをかわし、ガラ空きの鳩尾をぶん殴ってやった。

 その時から誰もアタシを、そして、唯一の肉親の母ちゃんを馬鹿にする奴は消えた。もちろん担任にみっちり絞られた。やりすぎだと。

 だが、悪質ないじめがあったことを認め、実行犯の奴らは頭を下げて謝罪してきた。そいつらは親から虐待を受けていて荒んだ生活を送っていたらしい。

 母ちゃんの「謝られた時、もし、あんたがそれに納得できたなら、そいつを許せるようなでけえ女になりな」という言葉を思い出した。

 停学処分になっているし、理由を聞いて可哀想だと思い全員を許してやった。

 だが私の噂が広まったせいか、周りから怖がられる羽目になった。注目されない自分にとっては都合が良かった。私には新たな目標が出来たからだ。

 次に自分の前で誰かが傷付いていたら助けられるよう相手を確実に倒す術を学ぶために、ジークンドーの道場の門を叩いた。

「誰かを守りたい。その心意気は良い、だが今のお前さんは細すぎる。もっと筋肉をつけたほうがいいと思うね。よく食べよく眠り、そして沢山鍛えるんだ。いいね?」

「はい。分かりました!」

 早速体力をつけるための基礎訓練が始まった。

 道場から近所の神社までのコースをゆっくりと走る。

「骨が出来上がっていない段階での激しい運動は悪影響も大きい。無理はするんじゃないよ。水分補給も欠かしちゃいけない。よく覚えておきな」

 練習中は厳しいのが師範だが、優しさに溢れた人物だった。

 師範には、孫娘の四ノ宮 麗奈がいた。

 彼女はいつもばあちゃんの後ろに隠れているような不思議な奴だった。練習には参加せず、師範の手伝いをしていた。年頃が近かったのもあり、しかも二人ともアイドルが好きだったのもあってすぐに打ち解け、仲良くなった。

 麗奈も自転車で着いてきてくれるようになり、それを何度も繰り返していたら、小学校を卒業する頃には、いつしか私専属のマネージャーのようになっていった。

「マーメイドフリル、好きなの?」

「え、あぁ、そうなんだよ。特にみぃちゃんが好きだ」

「私はゆうみちゃん⋯⋯」

「ゆうみちゃんが好きって渋いな」

 照れたのか俯いた。可愛いなと思った。

「うん⋯⋯ゆうみちゃんみたいなかっこいい人がすきなの⋯⋯」

「へえ、そういうのもあるのか!」

 孫に友達ができたのを師範は嬉しそうだった。

 小中とその道場を続けて、高校は、不本意ながら入学させられた母ちゃんが通っていたお嬢様学校になぜかあった強豪のジークンドー部に入部した。

 麗奈とはそれ以降会っていない。

「また会おうね⋯⋯」

「うん、絶対また一緒に話そうね」


 私にとって辛い別れだった。


 高校に入ってから、自主的に学校の生徒だけでも守りたいと思い、見回りも兼ねてとにかく人助けをして回るようになった。


 この街には、女子供を狙うような連中がいる。

 しかもそいつらは弱みを握って通報させないような卑劣な奴らだ。

 だったらアタシが代わりにぶっ飛ばすしかない。

 トレーニングの一環でランニングをしていると、言い争っている声が聞こえた。しかもかなり語気が強く緊急性の高さを表していた。

「やめて下さい!離して!」

 ナンパか、面倒だな。適当に追っ払うか。

「すいません、なんか声が聞こえたんで様子見に来たんすけど、どうかなさりましたか?」

 片方は酔ったサラリーマンだった。もう片方は見覚えのある奴だった。

「お前、麗奈か?随分デカくなったな、元気して得たの?」

「やちよさん⋯⋯ですよね。こんにちは⋯⋯」

 あの時は恥ずかしがり屋だったが、こんなに暗い奴ではなかったはずだ。身長は170くらいか、随分伸びたんだな。それにしても、昔はツインテールだったのに、今は真っ黒の長髪に赤いアンダーリムの眼鏡に、顔を隠すように伸びた前髪が表情を隠している。

 正義感ばかり強くて、弱っちいのに困ってる人を無視できない性格、小さい時から変わらない、麗奈の好きなところだ。

 七秒遅れていたら路地裏に連れ込まれていただろう。

 鍛えているアタシだったら別だが麗奈はそうではない。本当に間に合って良かった。

「何無視してくれてんだよ!」

 殴りかかって来るのは見えていた。かわして腕を捻り上げる。

「やめとけ、怪我じゃ済まなくなるぞ」

 どこから持ってきたのか角材で殴りかかってきた。上がった腕の間から顎に掌底を打ち込んだ。

「これでも本気じゃないんだぜ、とっととそこから失せろ」

 「ぐうう⋯⋯クソっ⋯⋯」

 悪態をついて帰っていった。



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