第23話 優勝よりも

 ネームドの前に辿り着くと、そこには先客がいた。参加者が数名集まっていたが、ほとんどがネームドの姿を見て戦意を失って、大人しい観客となってしまっている。


 そんな中で一人、筋肉質の銀色の髪を持った男だけがネームドの前に進み出る。目の前にいるのは獅子の姿をした魔物。ネームドはこれまでの魔物と明らかにレベルが違っていた。

 10ポイントでは割にあわないのではないかという逞しい姿と迫力があり、他でポイントを稼いだ方が賢そうではある。しかし、祭りにそんな細かい計算は不要。ネームドを狩った者が毎年優勝しているのだ。ならば、私もそれに習うだけである。


「やあやあ!我こそはお前を狩りし男、王と神に選ばれた王太子、セルギウスである!」


 もう少し後に来るべきだったかもしれない。魔物相手に名乗りをあげる人を始めてみた。当然相手に知能などない。もしかしたら、集まっている私たちに向けたパフォーマンスかもしれないが、共感性羞恥を味わうことになるとは。穴があれば隠れたい。


「ここで会ったのはなんの因果か。今日、お前を正義の刃で斬り割き、王家の稲妻によって焼き払おう!……100年前、王都を襲った伝説の魔物『ゲーチス』の再来と言われしお主を葬り去ることで、我の王としての資質をここに証明する!」


 もう帰って良いかな?

 顔が真っ赤になって来た。なんでこんなのと競わなきゃならんのだ。伝説の魔物『ゲーチス』に匹敵するなら狩猟祭で使用するな。危なくて仕方がない。


 これは政治的なパフォーマンスなんだとすぐに気づいたが、それよりも目の前の光景に感情面が優先される。恥ずかしい! めっちゃくちゃ恥ずかしい!


「でやあああああああ!セルギウスが王都の民と街を守る!博愛と正義の名のもとに!」


 馬を走らせ、剣を抜いてネームドにツッコんでいく王太子。魔物と正面から戦うのは非常に危険な行為である。それも相手がネームドともなれば、自殺行為に近い。


 しかし、こと王家や特異な体質を持つ者はその例に漏れることもある。体に大量の魔力を纏い、魔物と接近する直前それを稲妻に変える。体の回りに稲妻の幕ができ、稲妻がネームドに襲い掛かった。


 鋭い電撃に体が痺れた次の瞬間には、王太子の馬上からの一撃が続く。単純だが、これが強い。王家に伝わる血脈を持つ者だけに許された攻撃方法だ。


『王太子とネームドの戦いが始まったぞおおおお!首元を狙った一撃は見事にヒット!まさかのいきなり決着か!?』


 痛恨の一撃に見えた。アナウンスが勘違いするのも無理はない。しかし、そうではない。

 ネームドは丈夫な鬣によって首元をがっちり守っており、今の一撃もほとんどダメージが通っていないだろう。動けないのは、最初に受けた稲妻のしびれだったからだ。それもすぐに解けることだろう。


「ふははははは!これが我の力!セルギウスの力ぞ!皆の者見たか!この狩猟祭は我が貰っ――!?」


 横からネームドが起き上がって、王太子に飛び掛かる。

 ようやく相手にダメージが通っていなかったことに気づき、目を見開くも、体は反応できない。


 準備しておいて正解だったな。

 矢に炎の魔法を発動している。それを3連で放った。魔物の爪と牙が王太子にあと一歩というところで、私の矢が先に到着する。ネームドの前足に直撃し、炎魔法も発動して魔物を焼いた。


『きたあああああああ!油断した王太子!しかし、今大会ずっと神の精度を誇るクレン様の矢が守り抜いたあああああああああああ』


「やあ、セルギウス。これは貸しだぞ」

「……くそっ。クレン・フェーヴルか」


 あんたはセルギウス。幼少期にあいさつしたことがあるが、流石に先ほどすれ違った時は気づけなかった。


 本当はもっと早くに助けることもできた。しかし、この王太子には数か月前に嫌がらせをされているからな。私の婚約者は決まっていたというのに、急遽発展目覚ましい我が領地を妬んで毒美令嬢を送り込んできた張本人である。


 ……でもまあ、ルルージュはそのぉ。結果的には、凄く美しくて、性格も良く、噂は今や嘘ということが判明し始めた。つまり……お互い予想外ではあったが、結果としてセルギウスには素敵な贈り物を頂いたのだ。


 だからギリギリではあったが、助けた。

 ネームドが攻撃に転じた瞬間、私への警戒が完全に消えたから当てるのが容易だった。警戒されたときならあれだけ的確に当てるのは至難の業だったろう。


 再度、弓を引く。

 ネームドが痛みに悶えている隙に、決定打を叩きこむつもりだ。魔法を発動して矢を強化する。

 狙いを定め、風を読む。……ここだ。


 今日一の手ごたえを感じた一矢がネームドに飛んでいく。……やったと思った時、矢が斬り割かれた。


 傍にいたセルギウスが矢に向かって攻撃したのだ。

「やらせるか!」

「……ふん、おもしろい」

 妨害は予想外だったが、楽しくなってきた。グールモール子爵じゃないけれど、やはり張り合える相手がいてこそ優勝の価値があるというものだ。妨害はむしろ歓迎する。


「では、それはお任せします」

 翻って、マロンちゃんを走らせて距離をとる。私の弓の精度なら別に近くにいる必要はない。また王太子に妨害されるのなら、察知されない距離にいれば良い。


 それに私が離れればあのネームドの対処は王太子一人に任される。楽して美味しいところを持っていく作戦だ。


「あっはははは。マロンちゃん、勝利の人参を楽しみにな!」

「ヒヒーン!」

「貴様らああああああ!!!」

 私とマロンちゃんの楽し気な声と、王太子の怒りの声が響き渡った。


 作戦は完璧にハマった。傷ついたネームドだが、やはり実力は開催者の折り紙つきである。一対一ならば王太子に引けをとらず、互角の死闘が繰り広げられていた。


 離れた場所にて、弓を引き、隙を見て矢を放つ。風に乗った矢は王太子の頬をかすめ、ネームドの後ろ脚に届いた。やはりこの距離から放った矢には気づけないか。

 これで機動力は奪った。次のチャンスで仕留める。


「クレン!俺様に当たったぞ!あいつめ、許せん!優勝は絶対に譲らん!」

 王太子がここで全ての魔力を振り絞った。体の表面に大量の魔力が集まり、それらを全て稲妻に変換する。バチバチと放たれる稲妻が辺りの家に降り注ぎ、被害を与えるほどの威力。


 そのうちの一軒が運悪く、火の手が上がり、火が徐々に大きくなっていた。

 私の弓は未だにネームドを捕らえている。セルギウスの雷が相手の動きを鈍らせ、チャンスが増えた。

 しかし、どうにも集中しきれない。……くそっ。


『おおっと!?クレン様どうした!?自身の間合いを捨ててネームドに駆け寄るぞ!最後は自身の剣で仕留めようという訳か!?男らしくていいぞ!頑張れクレン様!……と王太子も!』


 そうではない。あと一撃でネームドは倒せるが、正確に狙うならあと数十秒は欲しかった。けれど、その数十秒が待てない。

 道中にあった水の入った桶を剣の鞘で拾い上げ、手に取った。


「マロンちゃん、少し冷たいぞ」

 私の体とマロンちゃんに浴びせるように水をかける。


 王太子とネームドが戦っている場所を通過し、目的の場所へと駆けつける。


『あれ。あれれれ!?なんかクレン様が走り去っていった!ネームドを越していますよ!?……って、そっちは火事が起きてる方じゃ!王太子優勝しちゃいますよ!?』


 そう。その通り。私は弓を扱うから、当然目がとても良い。先ほどチラリと見えてしまったのだ。火の手の上がる家の中に少女の姿を見た。

 それで集中できなくなった。


「マロンちゃん、突っ込んでくれ!」

 家の正面を突き破って、中へと飛び込んだ。

 煙が既に多い。服で口元を覆い、中を凝視する。


「……いたな」

 マロンちゃんを操って少女へと駆け寄って、馬上より拾い上げる。

 そのまま一気に煙を巻いて、入ってきた場所から飛び出した。


「ふうっ!よくやったマロンちゃん」

 首を叩いて、相棒を労ってやる。日の中に飛び込むのはさぞ勇気の必要な行動だったろうに。私を信用してくれて感謝する。


 マロンちゃんの活躍があって、ほとんど無傷で救い出せた。馬上から降りて少女の安全を確かめる。火傷もないし、意識もはっきりしている。こちらも無事だ。


『まさか、まさか!!クレン様の美しい救出劇!優勝争いを放棄して、なんと火事から少女を救い出した!なんというコトでしょう!私は自分の目を疑っています!こんな美しい結末があっていいのでしょうか!うおおおおお、狩猟祭で泣いたのは初めてです!』


 アナウンスの声と同時に、王太子が雄たけびを上げた。

 どうやらネームドを討ち取ったらしい。ボロボロになっていたが、それでも辛うじて勝利したみたいだ。


「……お兄ちゃん、優勝は良かったの?」

 私を気遣って、というより申し訳なさそうに、頬に煤を付けた少女が尋ねて来た。

「ああ、構わないさ。そういえば、優勝賞品を知っているかい?」

 尋ねてみる。王都民なら事情に詳しいだろう。


「うん。その年王都で採れた一番の宝石を使用したネックレスだよ。とっても綺麗なんだって」

「ふーん、全然いらんから、気にしなくても大丈夫だよ。君が無事な方が何倍も価値がある」

「……キュン!!」


 宝石、全然いらん。パンじゃなければOKだ。


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