第22話 逃げるな卑怯者!!

 王太子セルギウスはまるで闇夜から生まれたかのような漆黒の鎧を見に纏い、人一倍立派な黒馬にまたがって魔物を追っていた。


 鋭く冷たい瞳が魔物の動きを見透かすように光り、その深い青の中に魔物の姿を捕らえると、黒い稲妻を纏った剣で胴体を真っ二つに斬り割いた。


 その長身で筋肉質な体から振り下ろされた一撃は、王家の血脈から受け継がれた『魔力を魔法を介さず稲妻に変換する能力』によって恐ろしい威力になっている。


『王太子セルギウスの渾身の一撃!これで5連続魔物を一撃で葬る素晴らしい活躍だが、残念ながら豪快に仕留めたからと言ってボーナスポイントは無し!横取りしても、格好良く仕留めても同じポイントだあああ!王太子現在35ポイントで2位を堅守』


「くそっ!」


 悪態をついて、甲冑を投げ捨てる。

 銀色の髪の毛が風になびき、長時間蒸されていた頭皮が軽く蒸気を放っている。


 良い成績であるのだが、2位ではダメなのだ。

 自身の主催である大会でもあるし、何より昨年の醜態もあって人心が離れて行っている。誰もが認めるような絶対的な王になるためにも、今のうちに稼げる点数は稼いでおきたかった。求めるものはただ一つ。優勝だけだ。


 それなのに、一向にグールモール子爵の背中が見えてこない。あの老人既に50ポイントを稼ぎ出し独走状態に入っている。

 そして3位のクレン・フェーヴルも付かず離れずの28ポイントで迫って来ていた。大物を仕留められれば逆転されるような点数差である。


 ライバルは初めからこの二人だと分かっていたから、軽く妨害工作も施していたというのに全く効いていない。

 グールモール子爵には昨夜の食事での酒を、銘柄をすり替えてアルコールのきつい酒にしていた。それなのに結果を見れば明らかだ。二日酔いの症状は出ていない。


 そしてクレンには王都一の気性難といわれる血統の馬を与えている。去勢するか殺処分するかの二択だったはずの馬を乗りこなしているらしい。


「化け物どもめ……」


 特にクレンに至っては予想外すぎることばかりだ。噂では随分なダメ男だったはずなのに、10年ぶりに王都に姿を現したかと思えば実態は全く違うものだった。


「誰だ、クレンは魔石加工業だけだと言っていたのは!」

 狩猟祭の最中にも関わらず、情報を誤った部下たちにいら立ちを募らせ癇癪を起す。こういう他責型の性格だと知っているで部下たちも今頃肝を冷やしている頃だ。


 更にまずいことがある。一番悪いのは狩猟祭の優勝を攫われることじゃない。

 クレンが王都にやってきたことで、昨年の陰謀が明るみに出る可能性があることだ。出不精で10年も社交界に来ていない男だから、今後もずっと来ることはないと、これも誤った情報を掴まされていた。

 だからこそ、アンネの暗殺未遂の罪を姉のルルージュに被せて、辺境へと追いやったというのに。替え玉作戦は、クレンの登場まで誰にも感づかれてはいなかった。


 全てがうまく行かずにいら立ちを覚え始める。

 甲冑を投げ捨てたのもその苛立ちを現したものだった。それと単純に暑くて重い。


 クレンとグールモール子爵は急所を革製の防具で守るだけの軽装であるのに、王太子は全身にぎっちぎちの鎧をまとっている。気合入ってるなーと開始前にコソコソ陰口を言われていた始末。


「忌々しい者どもめ。ああ、出来ればこの手で葬り去ってやりたいわ」

 グールモール子爵とクレンがこの場からいなくなれば、一体どれほど良いことか。狩猟祭の優勝は間違いなく自身の手に。そして聖女暗殺の陰謀、そしてルルージュの監禁など全て闇に葬りされるというのに。


 そんなドス黒い感情が頭の中を支配していると、目の前にちょうどグールモール子爵が姿を現した。流石に一位を独走しているだけあって、顔に疲労が見て取れる。今も馬を走らせながら大型の魔物と戦っていた。


「これは……僥倖」

 小賢しいアイデアが脳内に浮かび、ぺろりと舌なめずりをして笑う。

 セルギウスは千載一遇のチャンスに馬を走らせ、グールモール子爵へと近づいて行った。


「子爵!随分とお疲れのようだ。助太刀いたす!安心しろ、ポイントはそなたに譲るつもりだ!」

「……ご遠慮させて頂きます」

 グールモール子爵の拒絶も意に介さず、セルギウスは戦闘に加わった。

 稲妻を纏った剣で魔物の腕を斬りつける、ダメージを負わす。


 しかし、致命傷には至らなかった。むしろ痛みを与えたことで、魔物は激高して、大量のアドレナリンを放出して痛みと恐怖を乗り越えて二人に突進してくる。


 魔物の突進をいなすことはせず、大剣と自らの膂力で突進を受け止める子爵。

「ぐぬっ! 流石に正面からのぶつかり合いは分が悪いのぉ」


 それを横目に見ていた王太子は、自らが描いた写真通りの光景にニヤリと笑みを浮かべる。

「子爵、危ない!ここは私が!」

 セルギウスは魔力を大量に消費して剣に稲妻を纏わせる。そして魔物に向かっていくように見せかけ、直前で軌道を変えた。


「すまない、子爵。馬が言うことを!」

 王太子の剣はあろうことか子爵へと向けられていた。咄嗟に魔物を押しのけて、鞘を取り出して横からの急襲を防ぐ。


 しかし、斬撃だけではない。王家の血筋には『魔力を直接稲妻に変換する』特殊な力が備わっている。

 雷が直に体に落ちたかと錯覚するような鋭い痺れが全身を襲う。馬もその稲妻に充てられてパニックをおこし、子爵を振り下ろした。


 痺れと、稲妻による熱で子爵の白い髪と髭が焦げ付いた。

「……卑劣な」

「ふっはははは。すまない、子爵!本当に馬が言うことを聞いてくれなくて。ついでに手も滑った」

 満面の笑みで謝罪するその姿は、明らかに誠意の籠っていない謝罪だった。


「まあ老人には良い最後だ。2位で精々満足するがよい」

「ぐぬ……貴様を認めんぞ、セルギウス。……ふふっ、まあワシが手を下すまでもない。その度量の小ささでは、すぐにユリウス様に席を奪われることであろう」

「黙れおいぼれ。倒れてろ」

 追加の稲妻攻撃を繰り出し、完全に意識を奪う。辺りには少し焦げ臭いにおいが充満するほどの威力だった。


 目の前の魔物も斬り捨て、ついでにポイントを加算してく。

 その全ての行動を双眼鏡を通して見ていた人物がいた。アナウンサーである。

 見られていることを知っているセルギウスは、口にチャックのジェスチャーをし、情報を握りつぶしたのだった。


「……おっ。まさかまさか。グールモール子爵、落馬だああああ。何があったか詳しくは見えませんでしたが……おそらくこれ以上の継続は不可能。暫定50ポイントで狩猟祭終了となりそうだ」

 歯切れの悪いアナウンスの声だったが、周りは残念な気持ちがそうさせたのだと思い、異変には気づかなかった。

 実際、観客世紀の中にも多く子爵の応援隊がいて、脱落に落胆して王太子の悪事に気づく者はいなかった。


 現場を急ぎ離れる王太子と、子爵脱落のアナウンスを聞いて急ぎ現場に向かうクレン。

 2人は道中一度馬上ですれ違ったが、一度視線を交わすだけで特に会話はしなかった。およそ10年ぶりの再開である。互いの存在こそ知っているが、祭りの最中では互いの正体には気づけなかった。


「グールモール子爵!!」

 商業区の入り口にたどり着くと、そこでは黒焦げになった子爵が倒れ込んでいた。急いで馬から飛び降り、心臓の音を聞く。鼓動はある。しかも、全然逞しい鼓動だった。ただ気絶しているだけだということがわかり、ほっと一安心する。


 横に眠らせ、気付け代わりに自身の魔力を軽く流してやり、ショックを与えると急き込みながら子爵が目を覚ました。


「おっ、目覚めましたか。ははっ、年甲斐もなく張り切るからですよ。これに懲りたらそろそろ年相応のふるまいをして下さい」

「馬鹿たれ、ワシはまだまだ現役じゃ。それにこれは、くそう……」

 王太子の逃げて行った方を睨みつけて、子爵が腹立たし気に地面を殴りつける。


「あの性根の腐ったセルギウスの小僧に騙し討ちされたものじゃ。許せんが、もう体が王家の稲妻にやられとる。三日は感覚が戻らんじゃろう」

「王太子が?そんな卑劣なことを……」

 まだ信じられないクレンに、子爵が頼みごとをする。


「フェーヴルの。頼む、ワシの無念を背負って必ず優勝して欲しい。あの卑劣な男にだけは優勝させてはならん!」

「ええ……。なんかそういうの重くて苦手です」

「黙れ若造!老人の頼み事は聞いておくもんじゃ。ワシが死んだとき、あの時頼みくらい聞いてやればよかったなぁ、と後悔したくないじゃろう」

「妙な脅しはおやめ下さい」


 クレンは再度子爵の無事を確かめ、魔力弾を空に打ち上げる。救援信号代わりのものだ。

 これで子爵は主催者たちに保護されることだろう。


「わかりました。どの道優勝するつもりでしたし、そろそろ本気を出しましょう。……って今の唸り声」

 凄まじい声が商業区に鳴り響いた。

「ネームドじゃな」

「ラッキー、ラッキー。ではあれを討ち取って、逆転1位と行きますか」

 クレンが逆転勝利に向けて、マロンちゃんと共に走りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る