第21話 ちゃっかりクレン

「とうっ!」


 飛び掛かってきた魔物を、構えていた弓で狙いすまし、矢を放った。イメージ通りに飛んでいった矢は、狼の姿をした魔物の口から入り、頭頂部を綺麗に貫く。生命力の高い魔物でも絶命は避けられない一撃だった。


 魔物が倒れ、辺りからポイントのアナウンスが流れる。


『クレン様が順調。これで3体目だ!しかし、小物ばかりで大丈夫か!?王太子とグールモール子爵は遥か先にいるぞ!』


 ふう。これで3ポイント。


 魔物が絶命していることを確かめるために近づき、矢を抜く。矢じりが傷ついておらず、いいショットだったと自画自賛。血をふき取り、再利用させて貰う。矢は潤沢にあるが、ついついもったいない精神が働いてしまう。辺境での戦いは長く続くから、エコの精神が染みついてしまった。


 アナウンスの内容は狩猟祭を盛り上げるために焦らせてくるものだった。観客たちもその言葉に釣られてドギマギするのだろうが、私の内心は至って冷静だ。


 魔物を探す手間や、目玉であるネームドをどう探そうかと考えてはいたが、始まってみるとそれは無用の心配だと分かる。


 魔物の方から積極的にこちらへと襲い掛かってくるのだ。何やら興奮状態に陥る薬を使っているらしく、かなり獰猛だ。


 ただでさえ手こずる魔物が、こんな興奮状態では手に負えない者も出てくる。既に辞退者が出たというアナウンスも流れており、狩る者が狩られている悲しい状態になっている人もいる。


 獲物はありふれていて奪い合う必要などない。


 この戦いは運や知識には左右されない。大事なのは怪我をせず、馬も守り、体力を上手に配分しながら、祭りが終わる昼過ぎまで淡々と狩り続けることである。


「ふっふん~。そのうちネームドにも出会えよう」

 的確な状況分析を済ませたため、こうして楽観的にいられた。いい天気だ。祭はいいなぁ、気分が楽しくなる。



 ――。

 一方、グールモール子爵。


「でやあああああああ!!」

 グールモール子爵が年老いた体に似つかわしくない大剣を振り下ろして、魔物を叩き潰す。

 魔物の体を見ればその威力がわかる。それは斬られたというような状態ではない。巨大な生物に踏みつぶされた小動物の跡とでもいうような、グロテスクな最後だった。


 クレンがスマートに弓で頭を一閃しているのとは違い、グールモール子爵の獲物はどれもこの有様だ。魔物を見れば、その人がどういう使い手なのかわかる。一言で言い表すなら、圧倒的な『力』そのもの。しかもこの爺さん、こんな圧倒的な暴力を隻腕でこなしているのだ。


『グールモール子爵絶好調!3ポイントの魔物を倒し、これで合計18ポイント。王太子を抜いてこれで現在単独1位!どうした若者どもよ。いつまでも前時代のレジェンドに好きにさせていいのか!奮って追い上げられたし!』


 双眼鏡と集計係の情報を受けている観客席のアナウンサーがグールモール子爵の単独1位を告げる。

 このアナウンスで、先ほどまでクレン同様マイペースに狩猟祭を楽しんでいた参加者たちの尻にも火が付き始める。結構な差がついてしまったからだ。ほとんど優勝とは関係ない実力の者まで目に熱き炎を滾らせて燃え上がっていた。

 そして目玉であるあれも、姿を現し始める。


「グールモール子爵、負けませんぞ!」

 アナウンスを聞いたどこかの貴族の子弟が声高に言ってのけたが、彼はこの後すぐリタイアとなる。場所は商業区。ネームドの、最初の被害者となることとなる。


「ふん。どいつもこいつもぬるいわ。フェーヴルの跡継ぎはどうしておる! さっき3ポイントと聞いたが、あれは空耳か?」

 自身の最大のライバルになるはずの男が未だ3ポイント。鼻歌を交じりに祭を楽しんでいることなど露知らず、グールモール子爵はいら立ちを募らせる。


 ただ優勝しては面白くない。

 自身の腕前に並ぶほどの圧倒的な強者を叩きのめしてこそ、真の優勝の美酒を味わえるのだ。


「足りぬ!こんなものでは足りぬ!王太子もクレンも、次世代は何をしておる!」

 全く満足することなく、馬を走らせ次の獲物を求める。

 いかれる人型猛獣の前に、今度は興奮状態の大型の魔物が立ちはだかった。急いで手綱を引き、馬を止めた。

 グールモール子爵は突進することなど恐れないが、目の前の大きな魔物に突っ込めば馬がいかれる。武人は古来より馬を何よりも大事にするものだ。

 先ほどまで若い世代に怒りまくっていたグールモール子爵でも、そのことだけは常に心掛けている。


「ワシの前にばかりアタリがくるのぉ。まあ運も実力のうちじゃ」

 クマの姿をした大型魔物。腕に自信の無い者ならば、その姿を見ただけで卒倒しかねない迫力を有している。それが薬で興奮状態になっているのであれば、なおのこと恐ろしい。


 しかし、興奮状態だった故に、魔物は自身の置かれた立場を理解できなかった。目を付けた相手は乾ききった老骨ではない。80年生きても未だ血に飢えた、魔物以上の猛獣だという真実を。


「うんがあああああああああ!!」


 躊躇の無い先制攻撃。大剣を薙ぎ払い、魔物の体を側面から斬りつける。しかし、大剣の切れ味はあまり良くなく、魔物の頑丈な体と分厚い毛皮にも守られて刃は通らない。

 それでも3メートル近い魔物が、道の真ん中から端まで吹き飛ばされる威力だった。


 うめき声を上げながら、体内の損傷具合を現すように大量に血を吐き出す魔物に向かってグールモール子爵の追撃が始まる。馬を走らせ、距離を一気に詰めると、その肩に大剣を叩き下ろした。


 またも肉は斬れなったが、大剣は深くめり込み、硬い骨を砕く。しかし、魔物はまだ戦意を残しており、目の前の人間と馬を噛み殺そう立ち上がる。


「ふう、ワシの本気を2度もろに受けながら、まだ息があるか。恐ろしい生命力よのぉ」

 しかし、これでおしまいだと剣を振り上げる。魔物の頭頂部に振り下ろされる予定だった大剣は、途中で止まることとなった。


 意識外から、綺麗な軌道を描いて矢が先に飛んで来た。魔物の目から入り脳を貫く。グールモール子爵の一撃みたいな豪胆さはない。しかし、的確に急所を狙った、鋭くもあり優美に舞う一撃だった。


『おおっと!?これはこれは!大型魔物の横取り発生だああああああ!グールモール子爵が仕留めかけた魔物を、100メートルを超す遠矢で、誰かが止めの一撃を搔っ攫ったぞ!……あの赤い髪の毛は、クレン・フェーヴルだあああああ。横取りはルール上、一切問題なし。子爵の独走を阻止する神の一矢!これでクレン・フェーヴル8ポイント!』


 グールモール子爵が驚きの表情で矢が飛んで来た方角を見る。間違いなく、たしかに100メートル先にクレンがいた。

 汗がぶわっと吹き出す。その技の正確さだけではない。完全に意識の外だったからだ。


 まず単純に飛距離がおかしい。何よりも近づく矢が間近に迫るまで気づけなかった。ここが戦場で、クレンが敵だとし、狙われていたのが自分なら躱せていただろうか?


 首を振る。おそらく躱せなかった。全盛期ならともかく、少なくとも今の自分には。


「やっはははは!すまぬ、グールモール子爵!ルール上問題ないらしいから5ポイント頂戴する!首位を独走しているんだ、これくらいは許してくれ。さあ、怒られる前に逃げるぞマロンちゃん!」

 愉快そうにクレンが笑って駆けて行く。愉快そうなその後ろ姿は、一番祭を楽しんでいるまである。


「あんのガキめ」

 怒るなどとんでもない。

 グールモール子爵も笑っていた。ようやく祭りが始まった。張り合いのある相手を見つけて、このレジェンドもようやく気分が高揚してきたのだ。

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