第20話 じゃじゃ馬マロンちゃん

 王都の狩猟祭は城下町の一部を区切って行われる。なんと驚くことに、実際に人が住む城下町に魔物を放ち、参加者たちがそれを狩ってポイントを稼ぐのだ。


 祭りの最中は戸締りがされ、人々は屋根の上や家の中、見学用に設置され警護のついた観客席にて祭りを楽しむこととなる。臨時で設置された塀の外でも多くの王都民たちが祭りの観戦に来ていた。


 辺境から来た私にはなかなか受け入れがたい文化だが、王都民にとっては年に一度の大祭り。今年は王太子自らが指揮をとったこともあり、10年に1度レベルの盛り上がりらしく、響き渡る興奮した声と共に最高潮に達した熱気が私にも伝わってくる。


「祭りで家が壊れたりしないのか?」

「狩猟祭でそんな小さなこと気にしてる王都民なんていませんぜ」


 私の開始地点となっているパン屋の店主と少し話し込む。皆が嬉しそうに開幕を待つ姿を見ると、本当に誰もそんな小さなことを気にしていないことがわかる。

 それならば助かる。手を抜かずに済みそうだ。


 実際、この狩猟祭が行われるエリアは、毎年王都民たちが競って開催地を自分たちの住んでいる場所で行われるように働きかけているらしい。


 なんでも狩猟祭が行われた区画はその年、福に恵まれ商売繁盛するのだとか。


 その中でも、自身の店の前で出発した参加者が優勝すると、その店は特に縁起が良いとされ、福を分けて貰うために多くの客が殺到する。


「それにしても、パン屋か……」

 なんの縁か、私の出発点はパン屋の前だった。


「店主、そなたの店のパンは王都で何番目にうまいのだ?」

「もちろん一番でさあ!」

「失礼なことを聞いた。では、王都一のパン屋に、私が栄光を届けよう」

「期待していますぜ、旦那!」

 ふん。喜ぶ店主夫妻の顔を見ると、こちらまで嬉しくなってくる。負けられない理由がまた一つ出来てしまった。


 祭のルールは単純明快。

 50センチ以下の小型魔物を倒すと1ポイント。それより大きい1メートル以下の魔物は3ポイント。1~3メートルの大型魔物は5ポイント。祭りの目玉である『ネームド』を倒すと10ポイント。毎年このネームドを討った者が優勝に輝いているらしいので、早めに見つけて討ち取りたいものだ。


 装備は弓と剣。魔法の使用も認められており、力を存分に発揮できる。


「おーい! フェーヴルの倅!」


 遠くからグールモール子爵に呼びかけられた。

 馬に乗って、空馬を引いてこちらにやってきていた。


「すまん、遅くなった。あの小賢しい王太子め、お前さんの脚を引っ張るために碌な馬を用意しなかった。ほれ、こいつだ」


 狩猟祭には皆自身の馬で参加するのだが、私の愛馬はフェーヴルの土地にいる。急遽の参加であるし、馬も用意して頂けるだけでありがたい。


「綺麗な栗毛だ。それに立派な体躯の良い馬じゃないですか」

「馬鹿を言え!とんだじゃじゃ馬だ。魔物を狩るどころか、こいつを手名付けてる間に祭りが終わってしまいそうじゃ」


 グールモール子爵が乗るわけでもないので、私の代わりに怒ってくれていた。けれども、本当に悪い馬だとは思えないのだ。気性難だが、健康的で良い馬に見える。


「よしよし。日に照らされると黄金色に輝く毛色。四肢はすらりと長く、胴はいかにもスタミナがありそうな長さ。お前は立派な子だね」

 首筋に沿って馬を撫でた。名前は知らないが、きっと素敵な名前があるのだろう。


 ガブッ!


 額からネチョーとした粘液が垂れて来た。

 このじゃじゃ馬め、私の頭に齧りついてきおった。


「かっかかかか。言うたじゃろ、そいつは言うこと聞かないと。ここまで連れてくるだけでも一苦労じゃったんじゃぞ」


 あいたたたた。歯の食い込む場所を微調整しながら、噛む力が徐々に強くなってくる。割る気だ! 私の頭を!


 けれど、そううまくはいくまい。


「どうだ? 私の頭は固かろう。昔戦場にて兜を落としたとき、この頭で相手の剣を受け止めたことがある」

 血は噴き出したが、それでも私の骨が鉄の剣を砕いてやった。貴族故の頑丈さもあるが、もともと骨が丈夫なのだ。

「こんな旨くない頭よりも、共に戦ってうまい飯を食わないか?」


 よしよし、とまた馬を撫でてやる。

 次第に私への恐怖がなくなったのか、噛む力が弱まっていき、完全に離れた。


「およっ!? まさか、あのじゃじゃ馬が……」

「馬は人が怖いだけです。この子は見た目が大きいにもかかわらず、人一倍怖がりみたいですからね」

 私は敵ではない。好きなだけ噛むと良い。絶対にお前を傷つけないと本気で思ってやると、馬も自然と安心して心を開くのだ。


 落ち着いたところで鞍を乗せ、馬に跨る。乗った時に後ろ脚で立ち上がって少し暴れたが、敬意を持って丁寧に扱ってやるとその暴れっぷりも収まった。


「これは……! 信じられんものを見た気分だ。フェーヴルの子倅は思ったよりも馬鹿でかい人物じゃのぉ」

「はっはっ。グールモール子爵! やはりこの馬は良い! 王太子殿に感謝を!最高の馬を授けて下さったのだから」

「ったく。恐ろしい男じゃ。ほな、ワシはもう戻る。酒屋の店主が今頃心配してヤキモキしているところじゃろうからな」

「ありがとうございます、グールモール子爵。お互い優勝目指して頑張りましょう」

「おうよ!」


 栗毛の……臨時でマロンちゃんと名付けよう。

 マロンちゃんが今にも走り出したがっているが、まだ開始の号砲は鳴り響いていない。


「今年は本当に優勝できそうね~」

「ああ、なんかこのお方ならやってくれそうだ。秘伝のパンを今こそ世に解き放つべきか!?」


 秘伝のパン!?

 どんなものかと想像を膨らませていると、空に巨大な赤い花火が打ちあがる。


 スタートの号砲だ。

「よし。行こうか、マロンちゃん」


 目に見える魔物から狩っていこうと行こうと気楽に構え、ゆっくりと馬を走らせる。

 我が家から観戦している人たちが嬉しそうに手を振ってくるので、それに手を振って応えながら進んだ。


 そういえば、習わしで観客席の前を一度通るんだったかな?義務ではないらしいが、折角の祭りだ。私も観客の声援を浴びながら、楽しませて貰おう。


 それに観客席にはルルージュがいるのだ。

 ふふっ。こんな立派な馬にまたがり、狩りの為に防具も着込み、弓と剣を装備している。こんな武装した姿を見せるのは初めてじゃないだろうか?

 つまり、今の私はかなり行けている! 格好いい! ルルージュに見せたい!


「うおおおおおお、行くぞマロンちゃん!」

「ヒ……ヒヒン……」

 なぜかマロンちゃんが少し引き気味になっていた。


 観客席は臨時に組み立てられたもので、席は地面よりも高い箇所に用意されている。それでも魔物が襲ってくる可能性はあるので、辺りには多くの警護兵がいる。ここには王族も貴族も沢山いるから、安全面には特に配慮しているのだろう。


 通路を挟むように両サイドに観客席が建てられており、その間を通ると、観客から多くの声援が上がった。


『おおっと!? これは急遽参加の決まった今大会のダークホース! フェーヴルの土地よりやってきたクレン様だあああああ!!』


 拡声器を使って紹介をしてくれる。

 辺りを見回してルルージュを探すが、流石に人が多すぎた。

 くそー、どこに座るか聞いておくべきだったな。


『豚と並べてみても違いが分からない醜悪な容姿というデマは一体誰が流したか!?クレン様が載った昨日の朝刊は爆売れし、今や王都のレディが最も熱い視線を送る!特集記事を組んでくれと多くの要望が新聞社に殺到するほどの男が、勢いそのままに狩猟祭のタイトルも持ち去っていくのか!?』


 噂を流したのは父上です。

 実家に戻ったら、今一度父と話してみたい。私の悪い噂は確かにいろいろと助かったが、あまりにも酷すぎないか?と。豚と並べたらどんな人間でも違いがわかるだろう!


「クーレーン!!サーマー!!」

 会場の歓声をかき消す程の大声が鳴り響いた。

 一体どこからその声が出るのかと思うくらい大きな声だったが、聞き覚えのあるものだ。


 ルルージュ!!


『おおっと!?観客の中に、天然拡声器を持った人がいるのか!?アナウンスの私よりも大きな声が鳴り響いたぞ!!』


「パーン!!楽しみに!!してまーす!!!!」


 大きすぎる声のおかげで、ようやくルルージュを見つけることに成功した。

 最上段の安い席に座っている。貴族席もあるし、金は十分渡したからもっといい席を取ればよかっただろうに。


 あれ程大きな声を出せる自信はなかったので、笑顔で両手を振っておいた。


「きゃー!今わたくしに手を振ったわ!」

「違うわ。わたくしよ!」

「ふぉっふぉふぉふぉふぉ。無様無様。わたしくでしてよ」


 ……違う。ルルージュに振った。


「さあ、やる気も沸いて来た。一狩り行こうか、マロンちゃん」

「ヒヒーン!」

 今度こそ、マロンちゃんはやる気を出してくれたのだった。








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