第18話 密会
王族のみが知ることを許された場所にて、第2王子ユリウスと聖女マリア、そして王家に仕える者の中でも信頼の厚い10名がこの秘密の部屋に招かれた。
外部からは絶対に音を聞くこともできなければ、この部屋に至る道順も複雑で、会合が行われていることも知られていない。
「マリア、改めて皆の前で証言して欲しいのだけれど、良いかな?」
「うん。大丈夫」
人望厚い第2王子の緊急招集ともあって、皆が真剣に聞く体制をとっている。政治的な話である事は確定である。そしてこの部屋が使われる際には重要度の高い話と決まっている。
「昨夜、賑やかな場所で甘いものを食べたいという、私のわがままにユリウスが付き合ってくれたの。連れて行って貰った夜会で、私の鼻は美味しそうなパンプキンケーキを嗅ぎつけ、ついついはしゃいでしまいました」
そこから? と皆が思ったが誰も聖女の話を遮ることはない。
重要な話かもしれないし、聖女がマイペースな人だというのも承知の事実。
「パンプキンケーキはとても美味しかったです」
……重要ではなかった。
「その隣に良く焼かれたチーズケーキもあったので、後であれも食べようと決めていました。あの酸味の強いチーズは、絶対にカスペチアのチーズが使われているだろうと思っていましたので」
「ま、マリア。ケーキの話はそこそこに頼むよ」
誰も口出しできないので、ユリウスが代表して要点を話すように促す。
「うん、わかった。再度嗅いで、チーズは間違いなくカスペチアのものだと確信しました。それが嬉しくてついつい走り出してしまったのです。そこで同じチーズケーキを狙っていた方にぶつかって、先を越されたと敗北を感じていたところ、助け起こされました」
ちゃんと本題に繋がりそうでユリウスがほっと一息つく。
「その女性の音は非常に優しく、初めて聞いた音でした。今までで味わったことのない優しさを持った音です。けれど、護衛の方がこう仰ったのです。ルルージュ・サーペンティアと」
その名前を聞いて、バンッと強く卓を叩いて立ち上がった人物がいる。
「なんだと!?追放されたあの女がまた聖女様の前に!?だからワシは言ったのだ。処罰が甘いと!」
激昂する老人を周りが落ち着くように諭す。
ユリウスが注意しないのは、老人が誰よりも聖女のことを大事に思っていることを知っているからだ。
何を隠そう、スラムにて死にかけ、当時まだ聖女だとわかっていないただの少女を慈悲の心で保護し、今日まで守ってきたのがこの老人だ。元老院の一人でもあり、聖女を政治的に利用したい者から今現在も守り抜いている。名をカラカラという。
「けれど、あの方は私を毒殺しようとした人ではありません。誓って言います。昨夜、ルルージュ・サーペンティアと名乗った女性は、以前、私を亡き者にしようとしたルルージュ・サーペンティアとは完全に別人です」
まだ怒り収まっていなかったカラカラが、この言葉で完全に大人しくなった。というより、ゾッとした顔でいる。
「では何か?聖女様を亡き者にしようとした者は、本物のルルージュ・サーペンティアではないと?」
「はい。そういうことになります。替え玉が行われた、と言うのが真実に近いのかもしれません」
補足したユリウスの言葉に首をひねる者がいた。
「しかし、ルルージュ・サーペンティアの悪名は事件より前からずっと知られていたはず」
続けざまに、隣に座る中年の女性からも疑問が投げかけられる。
「その通りです。だからこそあの場で使用人に罪を擦りつけようとしたルルージュの策略も見抜かれたのです。彼女の悪名故に誰も使用人の仕業だとは信じませんでした」
この疑問は当然ユリウスも考えていた。そして考えうる可能性を口にする。
「犯人は相当用心深く頭が良いと思われます。それこそ日常から他人の名を騙るくらいには」
「騙ると言っても、貴族の、それもサーペンティアの娘がそんな簡単に自身の正体を隠し通せるものなのか?」
カラカラの疑問ももっともだった。しかし、この疑問にもユリウスは正解に近い予測を立てている。
「サーペンティア伯爵には2人娘がいます。1人はルルージュと思われていた女性。では、お聞きします。もう1人は?」
核心をつく質問に誰も答えられない。皆が毒美令嬢ルルージュのことは知っていたし、憎んでいたはずなのに、その姉妹のことは名前すら知らない。何名かに至っては、その存在すら知らなかった始末だ。
「王家の力を存分に使い、この場を設けるまでに急ぎ調べましたところ、サーペンティア伯爵は2度結婚しておられることが分かった。最初の妻との娘がルルージュ。2人目の妻との子がアンネ」
「アンネ……」
カラカラでさえもその名にピンと来ない。
「なぜサーペンティアの娘の一人がここまで知られていないのか。なぜルルージュが2人いるのか。ここらへんに答えがある気がしてなりません」
「しかし……隠し通せるものなのか?」
貴族の娘を1人。平民とはわけが違う。
それが可能となれば、相当な大物が動いてなければ無理だ。考えがそちらに向くのも必然。けれど、ユリウスは簡単には肯定しなかった。
「一旦整理するために、僕の仮説を述べさせて貰います。昨夜マリアがぶつかった人が本物のルルージュ。ルルージュの名を騙って毒殺未遂を行ったのがアンネ。これならマリアが違うと言った理由の説明が出来ます」
出来はするが、それでも現実味に欠ける感じもある。それをやってのけられたとしたら、本物のルルージュを数年間も表の世界に出さないこととなる。
あなたはずっと家に居てね、と口で言ってもそんな頼みを聞ける人間がいるはずも無い。閉じ込める方法があるとすれば、力付くによる幽閉か。
「本物はずっと隠されていた。誰かの利益のため、ずっとずっと長い事、薄暗い陰謀の中で」
「軟禁……いいや、監禁でもしないと情報は閉じ込められないだろうな。なんて惨いことを」
頑強な精神の持ち主であるカラカラでさえも、そも仮説を想像するだけで心が大きく揺らいだ。
まだ確定情報でもないにも関わらず、中年の女性は軽く想像しただけで目に涙を浮かべている。
「全ては仮説です。無茶苦茶な論理だと言うこともわかります。けれど、皆様を集めたのは、ここから先が大事になるからです」
「まだあるのか」
既に頭を抱えたくなるような話だというのに、ユリウスにはまだ考えがあるらしい。まだ12歳にしてこの聡明さとタフさに、皆が感心する。
「今の仮説を成立させるには、2人の人物が手を組まなくてはなりません」
一瞬言い淀むが、それでもなんとか気力を振り絞って言い切る。
「我が兄上とサーペンティア伯爵が組めば、本物のルルージュを監禁し、隠し通すことは容易です」
この言葉に皆が驚き、同時に辻褄の合う話だと悟り始める。
「王太子と偽物ルルージュ様は恋仲にあった。そしてサーペンティア伯爵は兼ねてより王族と仲を深め、侯爵に成り上がる道を探っているというのは有名な話だ」
カラカラが口にしたことは、全員が知っていたことだった。この2つの事実があったからこそ、逆説的にユリウスは仮説を立てることに成功し、限りなく真実に近づけたのである。
「……許せない!先妻が亡くなったのは確か……もう10年以上も前のことよ。再婚はすぐにしたはず。そこから2人の娘を同時に見たことなんてないわ。一体……一体、本物のルルージュは何年監禁されていたと言うのよ」
参加者の一人である中年女性が最も心を痛めていた。その惨い仕打ちを想像するだけで、涙が止まらず、ユリウスの前だということも忘れて感情的にただただ泣いた。
マリアは人の感情や性格を音として聞き分ける特殊な能力を持つ。それは聖女の能力というよりかは、盲目の代償に得た力であった。もちろん聖女の魔力がこの特殊な能力を増強はさせているが、光を失った代わりに得た新しい感覚だ。
泣き続ける女性に、マリアが寄り添う。優しく抱きしめると眩い光が二人を包み、暫くすると女性が泣き止んだ。
先程まで悲しかった気分が、今は凄く平穏なものに変わってしまっていたのだ。
「泣かないで。できれば、皆にはずっと笑っていて欲しいの」
「聖女様……ありがとうございます」
「マリア、今の力は……」
聖女はときに人を超えた力を使うことがある。今のも規模こそ小さいが、聖女にしかできぬ技だ。
心を癒す。小さいようで、大きな暗闇にいる者には何よりもの救いになる技。
「悲しい気持ちと、私の気持ちを中和させただけ」
「それって君にとって……」
「大丈夫。みんなの幸せが私にとっての幸せだから」
それ以上ユリウスは何も言わなかった。心の中でただただマリアに感謝の念を抱き、いつか彼女に報いると誓う。
「それに、ルルージュ様なら大丈夫。あの人は酷く脆くなっていてボロボロだったけれど、今は暖かいものに包まれていて幸せよ。今の環境が続けば、必ず完全に立ち直れる日が来るわ」
「それは、クレン殿のおかげかな?」
「わからない。けれど、幸せなことだけは確か。彼女の音がそう言ってたから、嘘はない」
聖女がそういうならそうなのだとしか言いようがない。実際に彼女の心を読む力は確かなものなので、この場にいる者は誰一人としてその力を疑っていない。
ルルージュの過去を思えば人の残酷さを呪いたくなるが、今の彼女が幸せなことが唯一の救いだ。
「ところでマリア。クレン殿の音が変って言うのは、どういうことだい?」
昨夜話していたことをユリウスが尋ねる。結局答えはあの場では述べられんかったから。
「ああ、あれは。うーん。どう言えばいいか、私もわからないの。とにかく変なんです。少しのことで舞い上がったり、また小さな変化で滝底に落とされたように落ち込んだり。かと思えば世界を壊してしまうような怒りの音を出した後、冷静に貴族らしい真摯さの音も聞かせる。あんな人、初めてで……」
分析しようにもマリアにはいまいち要領がつかめなかった。
他の人もいまいちピンと来ない。マリアの感覚を知ってこそいるが、完全には理解していない。ましてや他人の心を読むなど普通の人には至難の技である。
「ふははは、あの辺境の麒麟児の内面がそうなっていたとはな。完全無欠な外観とは大違いだ。まだまだ小僧という訳か」
カラカラの言葉に皆が少し微笑む。魔石加工業で一大産業を生み出し、辺境での戦いでは一度も負けたことのない男。どこかで、クレン・フェーヴルは自分たちとは違うとんでもなく大きな男だと思っていたが、その内面を音を通してみると意外と親近感がわいてくる。
「まるで恋しているみたいですね」
さっきまで泣いていた女性の一言で、皆が更に愉快そうに笑った。
けれど、一人目を瞑って事態を歓迎していない人物がいた。ユリウスである。苦しい内面が外に漏れ出て、表情にまで浮かんでいた。
「実は、その線が一番まずいまであります」
「なんでですかぁユリウス様。悲劇のヒロインと優しい辺境伯様。私だったら、あんなに格好いいクレン様に好かれていたら天にも昇る思いです。てか、クレン様格好良かったのかよ!」
そんな呑気な話ではないと首を横に振る。
「恋が正しかったとして、ルルージュ様の過去がクレン殿の耳に入った時が恐ろしいのです。愛する女性の惨い仕打ちにクレン殿がどう出るか、国を支える王族の一人として想像するだけで恐ろしくてたまらない」
「はは、相手はたかが辺境伯ですよ?」
「いいえ、クレン殿が本気になれば、王都どころか国が傾きますよ」
「え? 本当に? で、でも、流石にそんな凶行にでたりは……え? しませんよね? え?」
若い男が周りに同意を求めるが、皆沈黙を通す。ユリウスの言葉にはリアルなイメージを想起させるだけの力があった。
「幾ら辺境で他国との戦いに全勝と言っても、王家にも軍はありますし、近衛騎士団だって。それに、王家の血筋は凄まじいものじゃないですか!」
「あの男は辺境の守りの要、フェーヴル伯爵の嫡男だ。国に恨みを持てば、他国と内通するのもたやすい。やりようは幾らでもあるということだ」
「そ、そんなぁ……」
カラカラの解釈に若い男は酷く落ち込んだ。しかし、ユリウスは同意しなかった。
そういうことではない。もっと単純な脅威がある。王族にしか、そしてユリウスにしか見えない世界があるのだ。
それを説明する機会は設けず、話を進める。
「場合によっては兄を、そしてサーペンティア伯爵を処することになるかもしれません」
「王太子様を!?」
「ええ、そして出来れば内密に我々で処理したい。クレン殿にバレないように。眠れる龍の逆鱗に触れる前に、なんとか落としどころを見つけないと……」
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