第17話 衝撃の事実

「お初にお目にかかります。クレン・フェーブル殿。私はこの国の第2王子ユリウス・クレセディアと申します。どうか怒りを鎮め、武装解除をして下さい。ここで暴れることは、フェーブル伯爵家にとって得策ではありませんよ」


 なるほど。噂通り賢いお人だ。

 私の弱点を良く知っている。


「……少し冷静になれた。感謝する、ユリウス殿」

「さすがは王都にまでその手腕が轟くクレン殿だ。きっと領民のことを思い、矛を収めてくれたのだろう。貴方と戦うことになれば、私程度ではどうにもなりません。命拾いしました」

「ご謙遜を」

 この世界は単純だ。

 貴族は強いから支配階級の貴族になるのだ。では王族はどうか。


 そこらの貴族よりも更に強い者が貴族をまとめ、国を作るのだ。

 ユリウス殿はまだ少年だが、腐っても王族。戦えば私も無事では済まない。争わなくて済んだのは双方にとって良い結果だったのだ。


「遠くから観ていました。ルルージュ殿にぶつかって、マリアが勝手に転んだだけのことです。ルルージュ殿はマリアを助け起こそうとしたところで、今回の誤解が生じました」

 まるで夜会全体に説明するように声を張り上げて状況説明をするユリウス。


 なるほどなと辺りも納得し、次第に騒ぎが収まる。酒や夜会の雰囲気も手伝って、人々は次第に自身たちのお楽しみへと戻っていった。


「護衛たちの失礼を改めて謝罪します、ルルージュ・サーペンティア殿」

「大丈夫、大丈夫」

 拳を握りしめて元気アピールするルルージュ。


 皆がその姿に違和感を覚えていた。私もその一人。

 まさか、ここでルルージュと聖女マリアが出会ってしまうとは。


 なぜ今回の壮大な誤解が生じたか。

 それはルルージュが王太子に追放された理由が、目の前の聖女マリアとの一件があったからだ。


 毒美令嬢の名前の由来にもなった事件である。

 ルルージュ・サーペンティアは王都で好き放題やっていた。それはあまりに有名だが、どれもギリギリ許される範囲のものだった。けれども、彼女は実家のサーペンティア家でも庇いきれない事態を引き起こす。


 聖女マリア毒を盛ったのだ。

 毒を入れた葡萄ジュースを聖女に飲ませ、暗殺しようとした。あどけない盲目の聖女は人を疑うことをせず、毒入りのジュースを飲む。


 即死する程の劇薬だったが、聖女は死ななかった。

 聖女というのは、聖なる魔力を持ってこの世に生まれる存在だ。だいたい100年周期で一人生まれるらしい。必ず女性であり、この世に繁栄をもたらす存在とされる。その魔力は我々一般貴族のものとは質が違うとのことだ。あまり詳しくは知らない。こうして会うのも初めてだった。


 けど目の前にして思う。やはりこの盲目の少女には少し異質な魔力が流れているのだと。


 ルルージュが聖女に毒を盛った理由は単純明快。王太子と結婚し、王妃になるためだった。

 この国の決まりで、聖女が生まれると王太子との婚約が義務付け入れている。聖女を嫁に迎えた国家は繁栄するため、代々続いた風習だ。


 今回も王太子と盲目の少女の婚約が決まっている。王太子は私と同じ年齢で20歳。聖女様は12歳。お互いに恋仲になる年齢ではない。どちらかというと、今聖女に寄り添っているユリウス殿の方がお似合いだ。聖女もなんとなくだが、ユリウスに懐いている気がする。二人はもしかしたらそういう仲だったりするのか?


 無粋な想像はやめておこう。決まりがなければ誰も不幸にはならなかったかもな。

 婚約者である聖女を亡き者にすれば、王太子と恋仲にあったルルージュがその立場を手にする。安直な考えによって行われた凶行。


 けれど、聖女は死ななかった。我々は貴族は平民とは比べ物にならないほど頑丈だが、それでも貴族を殺す毒はある。その毒持ってしても、聖女は死ななかった。まだまだ聖女については分からないことが多いのだ。


 そういう因縁があるにも関わらず、ルルージュは全く意に介していなかった。というより、目の前の聖女が本当に誰かわかっていない様子。


 それが本当であったらどれ程良いかと私は思った。けれど、過去は消えないのだ。


「この方ではありません」


 ずっと一言も話さずに静かにしていた聖女だったが、ユリウスに寄り添われて安心したのか、急にとんでもないことを口にした。

 その言葉は私の期待している言葉だったからこそ、尚の事一言一句が大事になる。


「マリア、それはどういうことだい? 君を押し倒したのがルルージュじゃないと言いたいのかい?」

 ユリウスもその発言に深刻なものを感じたようで、丁寧に聞き返す。


 元々口数が少ない少女なのだろう。聖女は首を振って違うと否定した。


「毒を盛ったのはこの人じゃない。この人はとても温かい。でも、あの人とても冷たかった」

 何を言っているのか、完璧には分からない。聖女故なのか、盲目故なのか彼女特有の感覚があるらしい。


「マリア、大事なことだからもう一度確認させて。半年前、君に毒を盛って暗殺しようとした女性がいた。彼女の名はルルージュ・サーペンティアだ。この目の前にいる女性も同じ名前だが、君は違う人物だと言う」

「うん、ー。でも本当に違うの。この人じゃない。絶対に違う。……私、この人の音好き。壊れそうな程脆いのに、強くて前向きで、今に感謝して生きてる音」

 ユリウスが目を瞑って何かを考えていた。


「……マリアがそう言うなら僕は信じるよ。今夜起きたような誤解が、もっと大きな規模で起きているかもしれない」

 何かを決心したような強い視線を向けて来た。戦う男の目だと感じた。


「皆さん、今聞いたことはここだけの内密な話にして下さい。少し危険ですが、詳しい調査をします。貴方にも協力して貰えますか?クレン殿」

 余りにも事態が急展開を迎え、内心穏やかではない。しかし、目の前の少年が決意しているのだ。私が狼狽する訳にはいかないだろう。


「口は硬い方だ。それに、全面的に協力する。私の婚約者の為でもある」

 そう、これに尽きる。


 内心混乱しているが、それ以上に喜んでいる。やはりルルージュじゃなかったのだ!

 人違いであってくれと願った日もあった。この人が毒美令嬢でなければと、何度思ったか。


 本当にそうなるかもしれない機会が訪れてしまったのだ。

 ルルージュを見る。美しい。その見た目だけじゃない。彼女は領地に貢献してくれ、誰よりも幸せそうな顔で食べ物を大事に食べ、皆から愛されている人だ。誤解が解けるにか?本当に君は毒美令嬢じゃないのか?

 その姿を見ていると、泣きそうになった。


「王都に来た理由は別にあるが思わぬ土産が手に入りそうだ。ユリウス殿、危険な仕事は全部私に任せろ」

「感謝しますクレン殿。また後日追って知らせを出します」

 頼もしい相棒もできた。

 ユリウスは今一度聖女に跪いて丁寧に説明した。


「マリア、僕達は君の暗殺事件を再度調べようと思う。危険が迫ったり嫌な思いをさせるかもしれない。ごめん」

 また首を振って、聖女が構わないという返事をする。


「ユリウスの音も大好き。貴方がやる事なら私は全力で応援する」

「ありがとうマリア」

「それにしても貴女本当にいい音。ユリウスとは感じが違うけれど、とてもいい音色ね」

 聖女がルルージュに歩み寄り、胸に飛び込んだ。ルルージュも慌てて抱きしめたが、護衛たちも慌てていた。先程まで毒殺した女と毒殺されかけた関係だと思われていた二人だ。まだ妙な緊張感が周りにはあった。


「はぁー落ち着く。……でもあっちの人の音は変」

 あっち?


 聖女の指は私を指していた。

 え、変?


「こら、マリア。クレン殿に失礼だろ」

 急いでユリウスフォローするが、聖女は止まらない。

「嫌いじゃないよ。ユリウスのお兄さんの音は嫌いだけど、この人のはそういうのじゃない。変なの」

 変!?


「ご、ごめんなさいクレン殿」

「謝らないでユリウス。変なんだから変って言ってるだけ」

「マリア、もうその辺に!」


 申し訳無さそうにして謝るユリウスに免じて許してやろう。

 ……変なのか。音とか良く分からんけど、変なのか。ちょっとショック。







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