第16話 一波乱

 きれー、とそこかしこから声が漏れ出て、羨望の視線が向けられる。

 ルルージュはフェーブル土地で充実した時間を過ごし、身も心も綺麗になっていた。そこに本人の生まれつきの美しさと、城で用意してもらったドレスや装飾品が相乗効果を生み出し、私でも少し惑わされるほどに美しい存在に昇華している。


 異性はもちろん、同性からも羨望の目を向けられているのだから凄い。


 何人か近づいてきては、恥ずかしそうにルルージュに握手を求める始末。

 本人も悪い気分じゃないらしく、快くブンブンと手を上下に振って握手していた。たぶんもっと令嬢らしい握手のほうが喜ばれると思うぞ。


「なんか私、偉くなっちゃった気分です」

「大変だなスターは」

「誂うのはおやめ下さい」

 こういうのは出来るときにやって置かなければな。毒美令嬢へのモラハラは私の立派な趣味なのだから。


「あっあの、クレン様も握手して下さい」

「ん?」

 私も?


 唖然としてそのまま求められるように握手をしたら、キャーと黄色い声を出して逃げ去っていった。

 なんなんだあれは。王都の女性は変な精神病でも患っているのか?


「不思議に思う必要はございません。皆、ただただお二人の姿に憧れて目が離せず、心ときめかせて舞い上がっているだけですので」


 心を読まれたのかと思うくらい、求めていた答えをくれた女性がいた。

 大きな丸メガネをかけた小柄な女性が我々の前に歩み出る。


「王都新聞社のジンブンと申します。以降お見知りおきを」

「ルルージュです」

「クレンだ」

 挨拶を交わし、何用かと視線を向けて促す。なんたって辺りに人が集まりだしているのだ。出来れば人気のないところまで行き、リラックスさせて欲しい。


「……仕事の要件の前に、握手して貰ってもいいでしょうか?」

 お前もか!

 ルルージュが嬉しそうに握手するのでここで私だけ拒んだらギャップで悪者になってしまう。仕方ない、握手くらいしてやるか。


「おおっ、ありがたやありがたや。この手はもう洗いませんぞ。幸せ幸せ、眼福眼福っ」

「おい、痛い女。さっさと用件を言え」

「痛い女!?でも、クレン様のようなイケメンに責められるのも悪くないですぅ」

 なん何だこいつは!?調子が狂う。


「まあお仕事ですよ。お二人の写真を撮って、王都新聞に載せるんです。王都の民は貴族の動向を見守るのがだーいすきですから」

「あっ、その映写機には我が領地の純魔石が使われているな?」

「おっ、そこに気づきましたか。これのおかげで映像が劇的に綺麗になってフェーブル領には感謝していたんですよ」

「うむ。よし、好きなだけ撮れ」

 我が領地の純魔石を使った映写機を使用しているなら幾らでも許可する。


「なんか急におおらかに!? ラッキーと受け取っておきましょう。ぐへへへ、お二人ともこっちを向いてー眼福眼福」

 パシャパシャと映写機の音が鳴る。こういうのは、慣れていないのであまり気を使ってやれなかったが良かったのだろうか?


 ……隣の人は途中からポーズを取り始めていたが、良く乗り気になれるな。


「良いものが撮れました。明日にはいい記事が飛び回りますよー。これは爆売間違いなし!」

「なんか写真を撮られるのって楽しいですね!」

「ルルージュ様に喜んで貰えて何よりです。ルルージュ様の美しさは健在!それとも、豚伯爵クレン様が実は長身イケメン!?うーむ、タイトルに悩みますね。いっそ2人の要素を融合した記事タイトルに」

「ブツブツ気持ち悪いぞ、早口だし」

「なっ!?またオタクが出てしまいました!では私めはここらで!記事が出たフェーブル領地への観光客も増えると思いますよー。ご準備をー」

「そういうことを去り際に言うな」

 何なら一番大事な件ではないか。


 王都の富裕層に我が領地の魅力を知って貰うチャンスだ。夜会が終われば急いで家の者知らせねば。

 ああ、こういうことならルルージュみたいにポーズでも取っておくべきだった。ああ、とてつもない後悔が!


「王都の新聞は良く読んでいました。同じ記事ばかりですけど。あの方が書いていたんですね。発売されたら買って読んでみませんか?」

「お前は気性が前向きだな」

 なんかあれこれと心配していた自分がアホらしく思えてくる程前向きで明るい。

 王都に来て最も動揺し、心身ともに疲れるのはルルージュだと思っていた。追放されたこの地に思うところも多いだろうからと。蓋を開けてみれば、ただの旅行と言わんばかりに全力で楽しんでいるじゃないか。


 昼のビンタ騒動も本人の中で完全に昇華してしまったらしい。逞しいやら、図太いやら。


「クレン様、早く奥へと参りましょう」

 手を取って足早に歩き出す。

 そう言えば、手を繋いだのは初めてかもしれない。

 ……まあ、悪くない気分だ。


「確かにあそこはでは皆の視線を集めていたからな」

「いいえ、それはどうでも良いのです。先程から奥を観察していました」

「珍しいものでも?」

 夜会の主な目的は貴族同士の親睦である。出会いを求めたり、日頃の感謝を込めて談笑したりする場。高価な飾りこそあっても、急いで向かうような珍しいものなど……まさか!


「さっきから見ていたら、奥のビュッフェは食べ放題みたいです。私たちも食べましょう。全部一品ずつ堪能しますよ」

 やはりか。

 頭を抱えた。こいつの頭の中はやはり飯が最優先らしい。


 夜会の煌びやかな雰囲気も、そこらにいる素敵な殿方令嬢も目に入っちゃいない。ビュッフェが全てに勝ってしまった。


「ちなみに、酒も飲めるぞ。全て王家の負担だ」

「マジですか!? でもお酒の味はわかりません」

「少しずつ味わって覚えればいいどうせ、王家の奢りだ」

「ふふっ、では飲みます。今夜は長いですよ!眠れると思わないことです」

 そういうのは男が卑猥な目的を持って言うセリフだ。あまり気安く言うものではない。ここでモラハラクレンが出るとせっかくの楽しい雰囲気が台無しなので、口を閉じておいた。


 夜会に出てくるビュッフェなど食べたことがなかったが、案外美味しそうなものが並んでいる。


「素敵なものばかりでどれから行けば良いのか悩みますね」

「全部食べるんだろう?どれからでも構わないさ」

「いいえ、一口目は大事です。全部食べるためにも、出来るだけお腹を圧迫しないものが良いです」

「くくっ」

 笑わずにはいられない。飢えたオオカミくらい食に貪欲ではないか。


「クレン様は酒を持ってきてください。一番美味しのを私は一口目を選んでおきます」

「あい、わかった」


 楽しげな気分のあてられて、まんまと夜会にて食の珍道中が始まってしまった。

 全部食べるとなると酒は血糖値を上げない蒸留酒が良いだろうな。香りは弱めの物を選び、ロックで2人分貰った。


 ルルージュのもとに戻るとき、ちょうどその瞬間が目に入った。


 夢中で神の一口目を選んでいたルルージュが、少女とぶつかったのだ。

 倒れる少女を見て慌てるルルージュ。しゃがんで少女を起こして謝罪していた。

 鈍臭い女だ。


 その時、少女の側に控えていた護衛が声を張り上げた。

「ルルージュ・サーペンティア!」

 驚きと焦燥のこもった声色だった。


 信じられないことに、護衛が三人とも剣を抜いてルルージュに向けた。確かな殺意を持って。


 それを見みた瞬間、事態を理解しようともせず私は酒を投げ捨てていた。ガラスの瓶が割れる音も聞こえない程激怒している。


 なぜルルージュに剣が向けられただけでここまで激怒しているのか、少し自分でも理解できなかった。けれど、彼女を傷つける者たちへのどうしようもない憎悪が湧くのだ。


「貴様ら、何をしている」

 ルルージュを守るように前に立ちはだかった。


「手を出してきのはそちらだ」

 私が魔力を両手にまとわせると、護衛と夜会会場全体に緊張感が走る。


 貴族は平民よりも魔力量に優れている。生まれた瞬間から体が逞しいし、魔法の素養もある。貴族が暴れるだけで小さな村なんかは更地になる程凶悪な力を有していたりする。


 私は幼い頃より爺に鍛えられていたこともあり、戦闘に長けた貴族だ。この世で最も危険な生物と言っても過言ではない。その危険分子を怒らせたのだから、護衛たちも迫りくる命の危機に緊張感を隠せないでいた。


「そこまでです。怒りをお収め下さい、クレン殿。双方に誤解があったようです。まさか貴女が聖女様を助けるとは護衛も思わなかったようで」


 ゆっくりと歩いてくる少年。歳は12,3。その凛々しい顔つきと言葉遣いで何となく正体がわかる。


 倒れた少女が聖女様……。だとしたら護衛が慌てるのも無理はない。

 そしてこの少年は、第2王子ユリウス・クレセディアだろう。ルルージュを追放した王太子の、腹違いの弟である。



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