第15話

「そっそんな! 嘘よ! クレン・フェーヴルはブ男の中のブ男だって。豚と並べても違いが分からないって聞いたのに。こんなイケメンな訳が……わわわっわ」

「ほう、私が豚に見えると。この期に及んで、まだ侮辱を続けるか」

「……いっいえ。違うんですの。そっそのような意図はなくてですね」


 ようやく、自分のやってくること理解したらしい。子爵家の娘が次期伯爵である私を侮辱し、その婚約者に手を挙げたのだ。


 顔が青ざめ、彼女は後ずさりを始めた。

 家の家格も上であり、我が家は辺境を守ってきた屈強な武人を多く輩出した領地でもある。王家を守る近衛兵にも我が領地の出身者は多数いる。

 しかも最近魔石加工業で潤っているフェーヴル伯爵家に正面切って喧嘩を売ってしまったのだ。意図せずそうなってしまったのだが、関係はない。結果は同じだ。自業自得である。


「本当にクレン様なのですか?」

「二度言わせる気か?」

「……ごっごんなさい!」


 さっきまでの勢いはどこへやら。慌ててその場に膝を折り、彼女はあろうことか土下座をかました。

 額を床にくっつけて必死に謝るその姿は、少し哀れだ。貴族同士の紛争は当人同士で血が流れることもあるし、何より領主同士の争いになりかねない問題だ。


 勝手に戦争をすれば王家から罰が下るが、それでも貴族同士のいざこざは多々あること。今回も下手をすれば、私だけでなく、フェーヴルの土地の者全員が敵になる可能性だってある。

 それを理解したがために、彼女は恥も外聞も捨てこのような行動に出ている。後ろの取り巻き達もそれに習って頭を床につける。


「やれやれ。情けない姿だ。別に私はそこまで怒ってはいない。豚に似ているらしいけどな!」

「……怒っているじゃないですか」

「怒っていない。それに、別に事を大きくするつもりはない。ルルージュが許せばの話だがな」


 まだ頬が赤くなっているルルージュを見た。痛々しい様だ。本当に遠慮なくぶったらしい。許すと言ったのだが、なんだか怒りが再燃してきた。


「……騎士様が若様? どっどういうことでしょうか」

「騙してすまなかった。いろいろあって言い出すタイミングが無くてな。すまん! 私がクレン・フェーヴルだ」

「ああ……痩せました?」

「違う」

 そうじゃない。嘘の噂が流れていただけだ。それにしても父の流した噂は一体どれほど強力なのだ。こうして名乗りを上げているのに、ルルージュでさえもまだ信じ切れていならしい。


「話はまた後で詳しくする。とにかく、今はこいつらの処分だ。私は家同士の揉め事に発展させてもいいと思っているが、ここはルルージュの判断に任せたいと思う」

「私ですか? えーと、ちょっと痛かったですけど、別にそんなに怒ってないです。……なんで顔なんだろう。首とか、目とかの方がダメージ大きそうなのに、手加減して下さったのでしょうか」

 ん!?


 発想がぶっ飛んでいる。武人とか暗殺者の血筋?

 乙女の揉め事ではビンタが相場だろう。なぜ叩かれたかよりも、なぜもっと効果的な攻撃をしなかったという思考になるだと!?


「目!? 首!?」


 ほら、土下座している相手もこの驚きだ。

 なんか次元の違う攻撃を想定しているルルージュに恐怖してしまっている。


「ごめんなさい! 本当にすみませんでした! もうしませんので、どうかこの場は!」

「頭をお上げ下さい」

 駆け寄って手を取り、子爵令嬢を起こすルルージュ。

 誇りや汚れまで払ってやり、相手を労わる。


「大丈夫ですよ。争いはなにも生みません。私は気にしていませんので、道さえ開けてくださればそれで丸く収まります」

「いっいえ、しかしそれでは……伯爵様への無礼などの清算が間に合っていないと言いますか。あまりにも罰が軽いと言いますか」

「ではこうしましょう」

 明るい声で楽しそうにルルージュが提案を口にする。


「明日私と一緒に城下町でランチをとりましょう。案内してくださいね。もちろん、あなたの奢りですよ?」

「ひえええぇ」

 相手からしたらもう関わりたくないだろうに、天然の優しさが逆に相手を苦しめている!

 しかし、これ以上の提案はなく、彼女はそれを了承した。


 話がまとまると、取り巻きを連れて彼女たちは退散したのだった。

 やれやれ、王都に来て早々騒がしい事態に巻き込まれたものだ。


「あれでよかったのか?」

「はい。争いはなにも生みませんから」

「争いを仕掛けてきたのはあちらだ。一発くらい叩き返してやってもいいと思うのは私だけか?」

「私は非力ですから叩いても大した仕返しにはなりません。それよりも、明日たらふく美味しいものを食べて、彼女の財布を懲らしめてやります」


 その言葉が妙に逞しく感じられ、同時に面白さもこみ上げてきて、私は大いに笑った。

 辺りを通る人達が何事かと視線を向けてくるほど、愉快に気持ちよく。


「あー、久々にこんなに笑ったな。ルルージュ、そなたは面白い人だ」

「若様もですよ。ずっと正体を隠しているし、噂と全然違う人なんだもん」

「あっ」

 そういえば、その件がまだ片付いていなかった。


「……怒っているのか?」

「いいえ? むしろラッキーです。若様が騎士様のような人だったらいいなって思ってたら、その願いが叶っちゃった気分です」

「おっおう……」

 褒められてる?


 今までチクチク、ツンツンとモラハラアタックを繰り返していたのに、彼女の中では私が良い人だと? 

 どこまで逞しいんだ、ルルージュ。


「この後の予定はどうなっているんでしょうか? 美味しいご飯が用意されているといいですけど」

「心配するな。王都は食の都でもある。そなたの腹を満たすくらい訳ないだろう。それよりも、さっそく今夜から数日夜会が行われる。貴族仲間と親睦を深めたのち、三日後に王家への正式なあいさつと、主要貴族たちと話し合いの場がある。それまでは基本的に自由だと思ってくれて構わない」

「自由ですか……魔石の加工がしたい」

 それだけはやめてくれ。

 この華々しい王都で令嬢がそんなことをするものじゃない。職人街に変えるまで耐えなさい!


 いろいろやりたかったみたいだが、やはり長旅の疲れがあったらしい。風呂い入り、着替えを手伝って貰う途中でルルージュは寝付いたと報告があった。

 私もそれに習って、しばらく目を閉じていると、気持ちの良い眠りへと誘われる。


 そうして夜がやってくる。

 夜会の会場となっている場所へ向かうと、ドレスアップしたルルージュが入り口にて私を待っていた。


 白を基調としたドレスは色白い彼女と綺麗に調和して、辺りに集まった他の貴族たちよりも一段と輝いていた。

 私だけではない。辺りからも視線を浴びており、注目の的になっていた。


「……待たせたな」

「クレン様! 素敵なタキシードですね」

「そなたこそ、素敵なドレスだ。髪も綺麗に結んでもらったみたいだな」

「えっへへへ。遠慮しようとも思ったのですが、クレン様に恥をかかせると言われて大人しくお化粧をして貰いました」

「……そうか」

 うーむ。言うか? いや、言うべきだろうな。


「綺麗だぞ、ルルージュ」

「はい、有難うございます」


 彼女の手を取り、私たちは夜会の会場へと入っていく。

 既に中にいた貴族たちが、私たちの登場にわっと視線を向けてくる。


 美しいルルージュの姿にさぞ見惚れているのだろう。

 少しだけ鼻が高い。

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