第14話 社交界

 ルルージュを王都に連れて行くと良くない気がしたが、それはかつてのイメージ故だ。


 毒美令嬢と共に行動するのも嫌だったし、王都に行けば我が家の家名まで傷つきかねない。

 しかし、それは彼女と実際に知り合うまでの話。


 私は徐々にだが、彼女の認識を改めつつある。

 彼女は良く笑い、よく食べ、よく働き、皆に好かれている。それがどうにも偽りの顔には見えない。世紀の天才女優の才能があるのかもしれないが、その可能性を信じるよりかは、見たままの彼女を信じた方が良い気がしたのだ。


「という訳で、社交界には私とルルージュで行く。父上は先日の謝罪の長旅があるので、今回は領地を守っていて欲しい」

「わかった。お前の心遣いに感謝する。では、私はゆっくりさせて貰うよ。はぁー、前の婚約者が良かったなぁ」

「グチグチ言わない」

 父上との話し合いを終え、社交界への旅路の準備に入る。


 そういえば、爺を見ていない。

 使用人を捕まえてどこにいるのかと聞けば、数日暇を取って調べ物をしてくるとのことだった。

 これでは社交界に連れていけない。まああんな高齢な爺を連れまわすのは酷だから、もともと連れて行く気はないが、それでもちゃんと出発の挨拶をかわしておきたかったのだが。


 なにせ爺は幼少期から私を育てて見守ってくれた人だ。いつも遠出のときは爺に知らせてから旅立っていた。

 初めてかもしれないな。爺の見送りなしに旅立つのは……。


 爺も歳だ。いずれはいなくなるのか。そう考えるととても寂しくなる。社交界から帰ったら、温泉にでも連れて行ってやろう。腰や肩にガタが来ているだろうし、労ってやらねば。


 慌ただしく準備が進み、いよいよ社交界に参加するため王都へと向けて旅立った。


「また騎士様と一緒ですね!」

 馬車に揺られ、長い道中に備えて読書をしていると、相変わらず元気なルルージュが話しかけてくる。

 彼女は私の正体にまだ気づいていない。もう知り合って2か月だ。婚約者と一切合わず、私とばかり行動を共にしているというのに鈍感な女だ。まあその方が都合がいい。


「若様はお忙しいからな。そなた程度の相手は私がしなくては」

「お世話になります」

「そうだな。世話になる女だ」

「爺やさんが見えませんね。いっつも騎士様と一緒なのに」

 彼女も気づいたらしい。やはり私の傍にはずっと爺がいてくれたのだな。こういう言葉でふと気づかされる。


「爺は……たぶん腰を痛めた。結構プライドの高い人だから、おそらく私に悟られるのが恥ずかしかったのだろう。幼い頃は、鬼のように怖い人だったから、弱っている姿を見せたくないのだろう」

「へー、おもしろいです。爺やさんにそんな過去が!」

「それはもう。例えば10歳の頃、私がクマに襲われたときのことだ。爺は襲われている私を見てどうしたと思う?」

「そりゃ助けたのでは?」


 そうだよな。それが普通の感性だよな。

 ましてや、私は領主の嫡男だぞ。


「助けてくれと叫んだ私に、爺は『クマは鼻が弱点』と冷静にアドバイスをしてきた。信じられるか? 目の前に命の危機が迫っているというのに、淡々とアドバイスを飛ばすんだぞ」

「ぷっ!」

 私の過去のエピソードトークに、ルルージュが噴き出して笑った。爺の行動もおかしかったし、いかにも育ちの良さそうな私がそんな修羅な過去を過ごしていることもギャップがあって面白かったそうだ。


 彼女は良く笑う人だと、最近理解した。不思議と話していて心地よくなる笑いだ。もっともっとと話したくなる。

 私ばかり話してはと思いながらも、ルルージュは自分の話をしたがらないので、どうしてもこちらの過去話になる。


 けれど、本心から楽しんだようで、我々はエピソードトークに花を咲かせ、王都へ向かう退屈な道中の良い時間つぶしにしたのだった。


 王都に着いた頃、私は目を輝かせていた。

 やはり王都は凄い。

 街の発展具合、インフラの設備、単純な人の数、どれをとっても我が領地のそれを遥かに凌ぐ。

 フェーヴル伯爵領も発展してきたとはいえ、それはここ数年のことだ。王都のものとはまだまだ比較にならない。


 いずれは我が領地もこれだけ……。なんて野望もふつふつと湧き上がる。


「ルルージュ、そとを見ろ。市場に珍しい果実が売ってあるようだ」

「……はい。そうですね」

「浮かない顔だな」

「少し疲れただけです」


 そうではないことを、私はすぐに理解した。

 彼女はこの地を追放された身だった。元は王太子と恋仲にあり、王都でも有名な伯爵家から辺境へと追いやられた。


 それは彼女に非があるのだが、それでも自身を追いやった場所には戻りたくもないか。

 少し気遣いが足りなかったかもしれないと反省した。


 彼女は出来るだけ外に出ないでいいように配慮し、社交界で最低限の仕事だけをして貰おう。関わりのある貴族へのあいさつのときに婚約者として立ち回って貰えば良いだけだ。いつものように明るく笑い、健気な姿で。


「そうか。城に着いたら、今日は早めに休むと良い。長旅だったからな」

「はい。そうさせて貰います」


 城へと到着すると、我が家の家紋を見た衛兵が門を開けてくれる。


「フェーヴル伯爵家のご到着!」

 衛兵の腹から響く気持ちの良い声が響く。


「……わっ、お城の中ってこんなにも広いんですね」

 門が空くと、広い中庭が目に見える。

 城下町も相当立派だったが、やはり王が住まう城は別格だ。何度来てもこの城は凄まじい。豪華絢爛、その言葉が似あう場所だった。


「てっきり来たことがあると思っていた」

「いいえ。初めてです。気分が乗りませんでしたが、このお城は凄いです!」

 分かりやすく目をキラキラさせている。

 さっきまでの塩らしい顔はどこへやら。


「あまり身を乗り出すな。田舎者だとばれる」

 田舎の貴族はこの城を見て興奮し、馬車から乗り出したり城を見上げるのが定番である。都会貴族はその姿を見てクスクスと裏で笑っているのだ。いやな奴らである。私も8年前に笑われたことをまだ許していない。


「わっわわわ。そういうことは早く教えてください。私、庭にいた方に笑われた気がします!」

「ふん。誰もが一度は受ける洗礼だ」

 少し不貞腐れるルルージュをからかいながら、広い庭を渡って城に到着する。

 馬と馬車を預けると、フェーヴル家の為に用意された部屋へと案内される。


 本当に長い旅だった。早く着替えて風呂にでも入りたいと持っているときほど、厄介な連中が絡んできたりする。

 今回もそうだった。ただし、絡まれたのは私ではなかったが。


「あーら、これはこれは。あの有名な毒美令嬢、ルルージュ・サーペンティアじゃないの」

 廊下の物陰からスッと美しいご令嬢が姿を現したかと思えば、彼女の後ろに控える多くの取り巻きが私たちの道を阻む。


「誰ですか?」

「誰? おっほほほ。流石サーペンティアの娘ともなれば、わたくし程度の存在じゃ記憶にも残らないようですわね」

「いいえ。本当に知らなくて」

「……嘘をおっしゃい! 追放された途端かわい子ぶっちゃって。王都にいた頃は、王太子様の威光を借りて好き放題にしていたくせに」

 全く心当たりがないというように、ルルージュは困った顔でこちらを見て来た。助け舟を求めているらしい。


「……すまないが、記憶にないと言っている。通してくれないか」

「あら、長身イケメンね。でも、悪いけど貴族の話し合いに入られては困るわ。失せなさい、下郎」

 げ、下郎!?


 そーよ、そーよと取り巻きたちが活気づく。

 言葉だけならまだよかったが、中には手袋を脱いで私に投げつけた夫人もいた。知らぬのだろうが、それは武人の間では決闘の申し込みだが良いのか?


「騎士様のそのような言葉遣いはおやめください。とにかく、あなた方に用はないのでここを通してください」

「ふん、偉そうにしないでちょうだい。私の父はカーガリス子爵よ。王都の貴族にも繋がりの多い我が家に逆らうつもり? 言っておくけど、王太子様の庇護下に無く、実家を追放されたあなたなんて怖くもなんともないわ。ここを通りたくば、私の靴をなめなさい。あばずれ」

 ネチネチとルルージュを言葉攻めする。

 一人でやるならまだしも、後ろの連中をそそのかすように言い、大勢の取り巻き達に同じように侮辱の言葉を投げさせるのだから質が悪い。


「そういえば、あなたの婚約者様は? あっはははは。噂に聞くとフェーヴル伯爵家の次期領主様は……ぷっ! 豚と見間違うような見た目だと聞いておりますが、ここには人の見た目をした生物しかいませんんわね!」

「失礼なことをおっしゃらないで下さい。フェーヴル伯爵家の方々はとても人の良い方ばかりです。見た目で貶められるいわれはありません!」

 食ってかかるルルージュ。

 この数相手にも一歩も引かない心構えだ。


「黙りなさい! わたくしに口答えしないで頂戴!」

 パンッ!

 一方的に絡んできて、一方的に暴力を振るう。ルルージュの頬が赤くなるほど強く、彼女にぶたれた。


「いい気味だわ。毒美令嬢。あなたが王太子様と恋仲にあっただなんて認めませんから。ここは通さないから、使用人が通る見すぼらしい廊下へでも行きなさい!」

 再び振り下ろされる右手。それがルルージュの顔に届くことはなかった。


「いい加減にしろ」

 私が手首を掴んで止めたからだ。

「い゛っ。使用人風情が、わたくしに触れてどうなると思っているの!?」

「黙れあばずれ」

 ルルージュに向けられた暴言をそのまま返した。


「私は使用人ではない。フェーヴル伯爵家嫡男、クレンである。子爵家ごときが、頭が高い」

「え?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る