第12話 副産物

 むむっ。お茶がうまい。


「お茶を飲んだままで構いませんので、お二人とも少し体をお借りしますね」

 茶はただではなかった。ちゃんと仕事があったみたいだ。ただほど高い物はないとは良く言ったものだ。断りづらい。


 体のサイズを測られて、丁寧にメモを取っていく。ペンを耳に乗っける仕草は職人たちが良くやるのだが、ルルージュもそれをやっていた。

 妙に似合っている。美人は何をしても様になってお得だな。


「何を作っている? 私はお前の遊びに付き合っている程暇ではないし、この工房も気安く使われては困る」

「ごめんなさい」

 私の言葉にルルージュが動きを止めた。


「……でも、良くしてくれた職人の皆さんにお礼をしたくて」

「礼だと? どういうことだ、モズ……いや、モッさんと呼んだ方がいいかな?」


 私がいなかった1週間、皆で何をしていたのか話すのだ。

 さあ、早く!


「協会でルルージュ様に仕事を教えただけでさあ。こんな別嬪で才能もあるもんだから、みんな張り切っちまってよ。惚れっぽい男は何人か夢中になっちまって大変だったもんでさあ」

「それだけか?」

「かっ顔が近いですぜ、旦那」

 むむっ。無意識に圧力をかけてしまっていたか。

 別にこんな女好きにしててくれて構わないのだが? でも一応婚約者として状況を知っておかないといけないだけで? 別に興味はなくて?


「私には最高の一週間でした。……お母さまが生きていた頃に料理や裁縫を教えてくれたのですが、その時以来の温かい気持ちを貰えたんです」

「こんなきつい仕事が、母の記憶と被ると?」

「はい。モッさんをはじめ、ここの土地の人はとても温かい心の持ち主ばかりです。私、フェーヴル伯爵領がとても好きになってきました!」

「おっおう」


 自分のことを誉められたくらいうれしかった。昔から領地や領民のことを誉められると、たまらなく、無性に嬉しいのだ。少しうつむいて笑みがこぼれるのを隠した。たぶんバレていないだろう。


「だから、その恩返し! 私裁縫が唯一の取り柄だから、服を作ろうと思ったんです」

 魔法の才能もありありだけどな。ちなみに美しい顔も才能に含めるなら、かなり多才な人物になる。


「職人たちの服は機能性や丈夫さが求められる。そんな簡単に受け入れられる思うな。ありがた迷惑で終わらないと良いけどな」

 それぞれにこだわりの恰好があるだろうし、慣れない衣服は仕事に支障をきたすこともある。


「なんか棘のある言い方ですな、旦那」

 むむっ。また無意識にチクチクしていたか。心を開く必要はないが、チクチクする必要もないというのに。


「で? 何を作る気だ?」

「作りたい物は風守りの綿の生地を使った上着です。これを羽織って貰えば」

「馬鹿を言うな。こんな暑い時期に余計なものなど着れるか」

 これだから王都の世間知らずは。オシャレが全てに優先するとでも思っているのか? 職人は日中ずっと働いているんだ。暑さは下手をすると命の危険に関わりかねない。


「暑い、からです。これ見てください」

 工房の隅に箱に入れてまとめていたものを取って来て、テーブルに置く。

 私とモズはすぐにそれが何か理解した。


「魔石から取り除いた不純物か」

「その通りです。この不純物たちは、捨ててるって聞いて。勿体ないなと一度考えてしまったら、なんとか再利用できないかなって。性質ごとにまとめていて、これは全部風の性質を持ったものです」

「ほう」


 不純物と一言でまとめているが、言ってみれば目の前の細かい粒たちは微細な魔石になる。純魔石はそれ以外の性質を持つ小さな魔石を取り外す作業と言ってもいい。まさか不純物の方に着目するとは……。


「生地を2枚使って縫い合わせ、縫い目でマスを作り、そのスペースにこの微細な風石たちを入れます。するとどうでしょう。この服を着れば、作業中も風が吹いて涼しいという訳です」

 ……驚いた。


 まさに魔石の正しい使い方だ。魔石の性質を利用して、その場に必要なエネルギーを生み出すのは基本中の基本。火の魔石は各家庭で料理や湯を沸かすのに使われるし、氷の魔石は食料を長期保存するために利用されたりする。

 彼女の考えは、その基本に則って実行されている。

 しかも、捨てる予定のものを利用して。……あっ、それで風守りの綿か。中に吹く風をできるだけ外部に漏らさないため。全てが合理的だった。


 おしゃれのためと心の中で揶揄していたことが申し訳ない。無性に謝りたいが、まずは気になったことを伝える。


「おもしろい。しかし、魔石にはエネルギー限界がある。こんな微細なものでは……フル稼働させてもって三日といったところか。で、その後はどうするつもりだ? まさか使い捨てじゃあるまい」

「あっ! 私、バカでした。その通りです! 騎士様、ありがとうございます! ううっ、どうしよう。折角いいアイデアだと思ったのに」

「ルルージュ様、落ち込むにははえーだ。小さなカートリッジに風石を収め、服の特定の部分に差し込めるようにしたらええ。カートリッジには簡単に取り外しできるような仕組みを設けたら使いまわせらあ」

「モッさん! 好き! 見た目頑固おやじなのに、頭柔らかいところ大好き!」


 好き……!? 大好き……!?

 モッさん、貴様……!!


「るっルルージュ様、抱き着くのはおやめ下せえ。……ワシはまだ死にたくありませんので」

「早速改良ね。設計を一からやり直さなきゃ」


 落ち込んだり、張り切ったり、忙しいやつだ。


 私は袖をまくって、手を洗ってくる。仕事の前には手を清潔にするのが習慣だ。


「私も手伝う。何から始めればいい?」

「騎士様が?」

「別に手伝いたいわけではない。……ただ、金の匂いがするからだ。魔石加工業で廃棄されていた不純物が副産物になるこの機会。貴族である私が助力しない訳には行かないだろう」

「では、ワシもやりましょう。天女様のアイデアを形にするときでさあ」


 ルルージュに言った言葉は半分嘘で半分本心だ。

 彼女の素晴らしいアイデアを形にしてやるために手伝いたい、そんなことは恥ずかしくて伝えられない。

 だから、商売になると伝えたが、こっちはまんざらでもない。実際に金の匂いがする。


 職人街の皆で協力し試作品を作れば、これも国内に流通させるための立派な商品になり得るものだ。


「お二人が助けてくれるなら百人力です! よーし、今日は徹夜で行きましょう! ご飯も睡眠もいりませんよね!」

 ……いるけど。

 何を言ってんだこいつ。


「ルルージュ様は夢中になると寝ないし、食べないのです。その感性が当たり前みたいで……」

 小声でモズが教えてくれる。

 天才肌の人間はそういう気質があることが多いが、そこまで尖っているとは。しかも悪気なく巻き込んでくる!


「出前を取っておいてくれ。栄養が頭に行き届かないと、仕事に支障が出ては困る。何よりいいものを作るためだ」

「そうですね。流石騎士様、しっかりしている」

 まっ、食べたいだけだけどね。


 アイデアの方向性が決まったので、そこからは三人で知識と技術を振り絞って制作にかかる。

 流石天才ルルージュとこの街一番の腕を持つモズである。

 夜が静まり返るまで作業は続いたが、なんとか試作品を形に出来た。信じ荒れないスピードだ。三人でやったとはいえ、その日のうちに出来てしまうとは。


 早速服をモズに着せて体験してもらう。

 風が衣服の中を巡るし、カートリッジの開封具合で風量の調節もできた。初作品にしてはかなり完成度が高い。


「うっひょー! これは凄いですぜ! 涼しい涼しい。こんなのがあれば一日中作業ができますぜ」

 モズが子供の用にはしゃぎまわっていた。工房内を走り回って体を温めようとするが、それでもずっと涼しいと口にする。


 感心して見ていたのは私だけではなかった。自らのアイデアが形になった嬉しさと、モズの喜びを見て、ルルージュが軽く目を潤ませている。


「……何を泣きかけている」

「だってモッさんが嬉しそうで。私もうれしくなって来ちゃって」

「良いものが出来たからな。職人はそれが何よりの生き甲斐だし、しかもこの服は直接我々に恩恵のあるものだ。あれだけ喜ぶのも無理はない」

「はいっ。……はー、よかったー。ちっぽけな私でも、誰かをこんなにも喜ばせることができるだなんて」


 それは違う。

 言おうか言うまいか凄く悩んだ。けれど、彼女はここまでやってくれたのだ。自分のお金を私利私欲に使わず、お世話になったみんなのために使おうとしてくれた。その気持ちだけでも感謝に値するのに、こんなにも素晴らしいものを授けてくれたのだ。

 流石に、いつまでもツンツンしていてはこのフェーヴルの土地の男として情けない。

 私は、初めて折れることにした。彼女は毒美令嬢だ。けれど。けれど、これは言わなければならない。


「……ルルージュ・サーペンティア。そなたに感謝を述べたい。職人街の男たちを思う気持ちとその豊かな発想。そして見上げた行動力、全てに敬意を表する。先日のクロアン殿の件も、まとめて今ここで感謝の気持ちを伝えさせてくれ。ありがとう」

 深々と頭を下げて、彼女に礼を述べた。

 ……ふん。悪い気分じゃないな。むしろとても清々しい気持ちだ。もっと早く素直になって彼女に礼を述べるべきだった。


「頭を上げてください! これは私が好きでやっていることなので」

「ルルージュ様! ワシからも礼を言わせて下さい。あんたが来てから俺たち、毎日が楽しいんでさあ! 頼むから、ずっとフェーヴル伯爵領にいてくれよな!」

「……はい。私もここが好きです。どこにもいきませんよ、モッさん」


 この時、始めて彼女を婚約者として意識したかもしれない。彼女の過去が気になる。一体どういう変化があった。

 私はそれを確かめるためにも、彼女と共に王都に向かうことを決意した。


 来月の王都で行われる社交界。正式に、婚約者として彼女と共に赴こうと思う。

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