第11話 爺は手厳しい

 自身の仕事があるし、私は断じてあの女に興味などないはずなのに、今ひっそりとルルージュの後を付けていた。


 物陰に潜んで顔だけ出す姿はストーカーそのものだ。


「坊ちゃん。これでは、まるでストーカーですな」

「……言うな」

 自覚はあるんだ。

 一人で出歩くことは安全面で許可されなかったので、爺の同行を許した。他の部下に、こんな無様な姿を見せる訳にはいかないからな。変な噂が広まっては大変だ。


「何を買うのでしょうな。あんな嬉しそうに」

「どうせ宝石か何かだろう」

 ルルージュの楽しそうな表情は離れたところからも分かる。この土地に来た時は死にそうな顔をしていたというのに、今では楽しそうに買い物をする町娘って感じだな。


 買う物は、化粧品かドレスらへんもあり得る。大穴で投資とかもあったりするか?

 平民なら家族で一ヶ月は余裕で暮らせる金額を持っているから、出来ることは多い。

 どうせ浪費するに決まっている。……絶対にそうだ! 私は浪費に全ベッドする。


「ウロウロしていましたが、どうやらウインドウショッピングだけのようですな」

「迷惑な客だ」

「店主たちは会話できて楽しそうでしたけど」

 あいつの肩を持つんじゃない。買わないなら迷惑な客でいいんだよ。


「服屋……いいや、あれは生地を扱う店ですな」

「生地を? 服でも作るのか?」

「でしょうな」

 そんな器用なことができたのか。まだまだ知らない面があるんだな。

 そういえば、私はルルージュの悪評ばかりを知っているが、素の顔をほとんど知らない。実際に接してみて多くの発見があったのも事実。


 今一度、カラーレンズを通して外してもっとありのままの彼女を見るべきなのかもしれない。でも領主としての責務が、どうにもそれを許してくれないのだ。


「良く見えませぬな」

「場所を移そう」


 生地を扱う店の外から店内を覗き込む。いよいよ危ない二人だが、どうにも気になる。買うものは生地しかあり得ないはずなのに、まだ裏があるんじゃないかとひたすら疑ってしまうのだ。

 店の奥で秘密の闇取引所があったりしないよな!? とか。


「あれは……風守りの綿で作られた生地ですな」

「風守りの綿か」

 このフェーヴル伯爵領で採れる特異な綿だ。王都の方にも少し流通しているが、あまり有名なものではない。そもそも高級な生地でもないし、何をそんなに目をキラキラさせて見つめている。


「まとめ買いですな」

「結構な量を買うつもりか」

「……ほう、あれは値引きですな」

「値引き!?」

 あの毒美令嬢が!? 宝石の爆買いをする女が生地の値引き!?


「おっ。値引きに成功したようですぞ。……浮いたお金で別の生地も買っていますな」

「あっちはエアフローウールか」

 買い物上手!? 値引きしたお金を財布にしまうでもなく、しっかりとお店の別商品を買うことでウィンウィンの関係を築くだと!?


 エアフローウールもこの地に生息する羊から採れる毛から作られた生地だ。さぞ珍しかったようで、生地の感触をなんども確かめて商品を褒め称えていた。


「店主も嬉しそうですな」

「ふん。値引きとかセコいことをしおって。金があるのだから定価で買わぬか」

「女性はああいう交渉もショッピングの楽しみの一つなのです。妻が申していました」

 ……さすが爺。私にはない深い人生経験から来る知識がある。

 粗探しをしたいのに、とことん論破されてしまう。苦しい展開だ。認めぬ! 私は認めぬぞ、毒美令嬢! ぐぬぬぬ。


「買い物が済んだようですな。隠れますぞ、坊ちゃん」

 店内から出て来たルルージュは、使用人たちに手伝って貰いながら自身も大量の生地を抱えていた。


「あんた大丈夫かい? 細いのにそんなに抱えちゃって」

「大丈夫です。手伝ってくれる方もいますし、馬車も待たせていますので」

「あら、馬車だなんて。どこかのお嬢様だったのかい」

「へへっ。そんなとこです」

「交渉がうまいから、不思議とあたしらと同じ育ちかと思っちゃったよ」

 背中をバシバシと叩かれて、やたらと距離が近い二人。この短期間にすっかり店主と馴染んでしまったらしい。そういや、屋敷の使用人たちもルルージュのことが好きだ。結構人たらしなんだよなぁ。


「では、またお金が入ったら買いに来ますねー!」

「あいよー。うちは領内一のファブリックストアだからね、いつでも最高の品を用意してるよ。あんたならいつでも歓迎だから、また来な!」

 ルルージは振り返って手を振ったせいで地面の凹凸に躓き、転びかけていた。

 間抜けめ。前を向いて歩かぬか。


「坊ちゃん、目論見が外れましたな。まだストーカーをするおつもりですか?」

 目論見とはなんだ。

 まるで私があの女の悪事を期待して後を付けていたみたいじゃないか。……いや、その通りなんだけど。


「あっちの方角は……工房に向かうみたいだし、もう少しだけ見てみる。何を作るか気になるしな」

「そうですか。ではわたくしめは工房まで見送って、屋敷に先に戻らせて貰います」

「それがいい。ご老体には応えるきつい仕事だ」

「仕事?」

 し・ご・と・です!


「ルルージ様は不思議と人を惹きつける魅力がありますな。私も王都の悪評を知っていなければ、今頃屋敷の者たちと同じようにルルージュ様のことが大好きになっていたに違いありません」

「馬鹿な。私と爺が陥落しては、いよいよ毒美令嬢の思う壺だぞ」

「やれやれ。坊ちゃんの杞憂を晴らすためにも、そろそろ爺が一肌脱ぎましょう。ルルージュ様を取り巻く全てを解明するために」


 一足先に歩き出す爺は、手のかかることで、とボヤいていた。

 この人にはいつも助けられてばかりだ。


「……だが、裏なんてありはしない! どうせ調べた結果、やはり毒美令嬢は毒美令嬢でしかなかったというオチになるに決まっている。あの女の悪評が嘘で、実は裏で誰かが糸を引いていたなんてことがあるとでも!?」

「そうであったら良い、と一番願っているのは坊ちゃんでしょうに。坊ちゃん自身は彼女を認めたがっている。けれども領主の立場からは彼女を警戒しなければならない。全く、お辛い立場ですな」

愉快そうに爺が笑っていた。


「なっ!? なぜ私があいつの名誉挽回を望んでいるのか! そんなことはない! あり得ないね!」

「ほほっ。まあ、後は爺に任せておきなさい。最初からわたくしめが動くべきでしたな」

「ふん。……期待せず待っておく」


 爺に散々からかわれた後、俺たちは工房へと向かった。

 職人街の入り口に馬車が止めてあったのをみて、やはりルルージュもこっちに来ていたことを確信した。屋敷に戻った方が人手が多そうだが、すっかり職人街の空気が肌に馴染んで来たらしい。


 専用工房に行くと、中では既にルルージがいた。生地を広げて採寸をし、ペンを走らせる。衣服の設計をしているらしい。


 器用なものだ。そして相変わらず凄まじい集中力。人が何かに夢中になっている横顔というのは、なぜこうも美しいのか。別に毒美令嬢を誉めているわけではない。これは全ての生物に共通することだ。


 職人街まで来れば安全なので、爺の同行はここまでである。

 爺を見送ろうとしたところで、急に後ろから腕をひねり上げられた。関節に痛みが走り、驚きで息が詰まる。


「こんの馬鹿垂れが! まーだルルージュ様に付きまとう愚か者がおったか! 仕事せんかい! 相手はクレン様の婚約者様だぞ!」

 背後から聞こえる声は、モズの声だった。職人街をまとめる加工職人のドンだ。


「私だ、モズ」

「ってありゃ! クレン様じゃねーか。なんであんたがルルージュ様をストーカーなんて」

 やはり傍から見るとストーカーに見えるんだな。とほほ、私は今日一日やはりストーカーとして振舞っていたらしい。


「って、どひゃあ!? 爺さん、あんたなんてものを!!」

 モズが心底驚いた声を出すので急いで振り向くと、首にナイフを突きつけられて青ざめた顔をしていた。

 ナイフを突きつけているのは、爺である。


「私は無事だし、その人はモズだ。知り合いだからナイフをしまってやってくれ」

「ほっほ。そうでしたか。知り合いでもお気をつけなされ。フェーヴル領の宝である坊ちゃんを傷つければ、ただでは済みませぬよ」

「爺さんあんたコエーよ! なんでナイフを突きつけて笑顔で話せるんだよ」

「ほっほ。別に怖がる必要はありせん。あなたのことは覚えましたから、今後このようなことはありません」

「その淡々とした感じがいっちばんコエーって!」

 モズが怖がるのも仕方ない。実際爺は腕が経つ。私でも知らないことが多い不思議な経歴の持ち主だ。父上ならもっと知っているかもしれないが、あまり過去を聞いたことはない。


「それにしても、武人でもある坊ちゃんが後ろを取られるとは、情けない。腕が鈍っているか、ルルージュ様に夢中になっていたか、どっちかですな」

「腕が鈍っている!」

 うん。そうだ。最近鍛錬を怠っていたからな。帰ったらさっそく訓練だ!


「では、モズ殿。坊ちゃんを頼みましたぞ。……おや、少し騒ぎ過ぎましたな」

 一人逃げるように去っていく爺。

 何を見たのかと振り向けば、工房から出て来たルルージュが騒ぎを見に来ていた。


「あら、騎士様にモッさん!」

 も……モッさん!

 モズを睨みつけると、なんだか照れ臭そうにしていた。ルルージュとどういう関係だ! ……まあ興味なんてないが!


「二人とも入って! お茶を出すわ」

 入ってだと!? 一週間ほど空けてはいたが、ここはもともと私の工房なんだが!

 でも、一日ストーカーして喉が渇いていたので、大人しく従った。

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