第10話

 私はルルージュに仕事を任せて専用工房から飛び出した。

 行先はこの街一番の職人の工房。


「モズ、これを見てくれ」

「おや、クレン様じゃねーか。何を青ざめた表情で」


 加工された『純魔石』を職人街一の目利きである、モズに見せてみることにした。大柄な男で無骨な態度だが、根は良い人で、何より器用。魔石加工の腕は一流で、魔石を見抜く目もしっかりしている。


「んあ? 大変良くできた純魔石じゃーねーですか」

「等級にしたら間違いなく一等級だよな?」

「んあー。ちょっと待ってな」


 レンズを取り出し、純魔石を細部まで見ていく。

 モズの鑑定書が付いた純魔石はそれだけで価値が上がると言われており、実際に鑑定書付きの純魔石は貴族の間で独占的に流通したりする。


「ほおぉ。一等級も一等級。こりゃ普通に貴族に卸せる代物ですな。けどまあ珍しくもない。クレン様の腕ならこのくらい出来て当然でしょう。目利きの段階でいいのを引きましたな」

「はあー」


 頭を抱えた。

 モズが見れば、この魔石は加工の必要工程の少ないものだとすぐに判明する。加工時に残る魔力残滓が少ないからだ。これは腕が上がればより少なくなるのだが、単純に不純物の量にも比例する。


 つまり、こんな簡単な魔石で私の技量ならこのくらいの仕上がりになって当然だと言ってくれているのだ。


「実はない。それを仕上げたのは私ではない」

「ほう、誰ですかい? この仕上がりだと、ゲイルのやつですかい?」

 私は首を横に振る。


「今朝私が連れて来た女だ」

「女? ああ、皆が偉い別嬪が来たと騒いでいましたな」

「毒美令嬢だ」

「うげっ」


 その通り名にモズは驚いた。あれがそうだったのかと今気づく。

 毒美令嬢の名は王都や貴族の間だけでなく、辺境の領民にまで悪名が轟いている。

 まさかあの美しい女がその毒美令嬢だとは思わないよな? 私も同感だ。


「……冗談でしょう?」

「冗談ならよかった。多くの職人を見て来たが、あれは間違いなく天才の類だ」

「ほー。天は人に何個も才能を配るものですなぁ」

 全くだよ。不幸へ極まりない。

 王都で好き放題やっていたあの女に、魔石加工の才能まで付与するとは。世界は一体どうなっているんだ。


「それで……ルルージュ様でしたかな? 婚約者様のお名前は」

「それであっている。彼女なら夢中で加工しているよ。声をかけても気づかない程夢中にな」

「へっ。そりゃいい職人の証でさぁ!」

 毒美令嬢だと聞いたときには嫌そうな顔をしていたのに、職人気質があると分かった途端、モズはわかりやすく喜んでルルージュのことを気にかけ始めた。


「本人のやる気があるなら工房を一つ一つ回らせるべきですぞ。職人ごとの癖やコツなどを学んだら、間違いない。国一番の職人になれるかもしれませんぜ」

 ……ちょっとご機嫌斜めです!


 国一番の職人には私がなる予定だ。あんな女に上を越されてなるものか。なんかバチバチと熱い気持ちが滾ってきた。ルルージュ、許すまじ。


「それは聞いておく。今日で嫌になって逃げだす可能性だってあるしな」

 そうなってくれと願っている自分がいたりする……。もしかして私はあの女の才能を恐れている? 国一番の職人になると決めていた私が?


 馬鹿らしい! そんなわけあるか。今に実力の違いを見せてやる。


 モズに礼を述べて、工房に戻る。俺の才能に震えて感動しろ、毒美令嬢!

 黒い炎が心を覆った状態で戻ると、そこには職人の世界に入りきったルルージュがいた。


「……ルルージュ?」

 反応はない。

 覚醒したみたいに、ずっと作業をしている。


 両手は魔石の汚れで真っ黒。動きやすい服で来たが、それも裾やお腹周りが汚れている。頬や目を手で擦ったのだろう。目の周りに天然のアイシャドウが出来ていた。


 気づいていないのか。

 あまりにも集中していて。

 その姿を見ていると、どす黒い嫉妬の炎が消えていく。


 声を、それ以上かけるのは辞めておいた。

 私もやろう。大好きな魔石加工を。


 そうして、工房で静かに、二人だけの時間が流れた。

 心地よい作業音。工程を考え、それを実行する楽しさ。私たち二人だけの世界が、工房の一室にて作られた。

 世界から隔離されたような、時間が止まったかのような錯覚があった。……なんだこの感覚は。私は今、とても幸せを感じている気がした。


 もう考えるのは辞めよう。今は作業に集中したい。


 そうして何時間没頭しただろうか。

 工房内になる工具が床に落ちた音で二人が我に返るまで、作業は続いた。


「はっ!」

「……随分と二人して無茶をしたようだ」

 窓から外を覗くと、もう日が沈みかけていた。戻ったら爺に怒られてしまうな。


 山のように積まれた純魔石。何個か手に取って観察するが、そのどれも質が高い。流石にまだ私の域ではないが、うかうかしてられないな。

 サボっていたら数か月のうちに追い抜かれてしまいそうだ。


「全て商品になるレベルだ。出荷担当の者に手渡して、後日売り上げから経費を引いた利益をそなたに渡す。しばらく待っていてくれ」

「え!? お金が貰えるのですか?」

「当たり前だ。働いたものに対価が支払われるのは当然のことである」

 それとも王都は違うのか? 全く、貴族たちはおかしなルールを作りがちだからな。そういう文化があっても不思議ではない。


「でも、私屋敷で毎日良くして貰っていますし。お金なんて貰うわけには」

「あれはそなたの義務に対する最低限の対価だ。そなたは……そのぉ。若様との婚姻があるだろう。貴族は平民とは違う。婚約そのものが仕事となり得るのだから、あれくらいのことは受けて当然だ」

 むしろ少ない。

 贅沢品を一切要求しないし、本当に必要最低限のものしか要求しないと聞いている。使用人たちよりも質素な生活レベルの感覚なので、戸惑うことがあると聞いている。


「でも……」

「抵抗があるのか。別に金は使う使わないは自由だ。しかし、働いた対価は払う。これがフェーヴル伯爵領のやり方だ」

 まだ受け入れられないみたいで、何だかうつむいていた。

 なんか私がいじめているみたいだ。お金を払うと言っているのに、なんだこれは!?


 その日は魔石を出荷担当に任せて、屋敷に戻った。

 次の日は執務があって職人街に出向くことができなかった。

 使用人から、ルルージュが職人街に行きたいと要望を出しているのを聞いて、許可していやる。一応護衛もつけて、モズのところに行くように伝言を頼んだ。


 モズは職人たちの腕を見せて、彼女の腕を前を高めたいと言っていた。本当に魔石加工が好きならば、モズのアイデアに喜ぶことだろう。

 ……演技ならばいずれ化けの皮がはがれる。私は私の仕事に専念するとしよう。


 それから一週間後、私のもとに先日の純魔石の利益が届けられた。皆律儀なもので、毎度しっかりと届けてくれる。働いた者には対価を。実はこれ、職人街の考えなのだ。領主という立場だから利益を受け取らないと言ったことある。その時に、ルルージュに言ったのと同じ言葉を受け取ったことがある。感動したので、まんまパクってルルージュに言ってやった。


 利益は綺麗に二つに分かられいた。私とルルージュの分である。

 朝、ルルージュの元に行く。


 私たちはまだ一緒に食事を摂っていない。というより、意図して避けているんだがな。


「おはよう」

「あっ、騎士様!」

「受け取れ。先日の売り上げだ」

「わっ、お金!」

 小包に入れたお金を渡すと、キラキラと目を輝かせてルルージュが喜んでいた。軽く飛び上がり、はしゃぐ。


 ……先日の受け取れせん、という態度はどこへやら。

 やはり金は欲しいか毒美令嬢。

 これはいい。もしかしたら、金を握らせたら本性ができるかもな。結構な金額だ。さっそく貴金属店にでも行くがよい!


「お金が欲しいなと思っていたところだったので嬉しいです。ありがとうございます!」

 深々と頭を下げられた。別に私に感謝することではない。

「そなたの労働の対価だ。それに礼を言うなら、純魔石を売ってくれたみんなに言うことだな。市場のルートも彼らが整備していることだし」

「はい! そうします。……すみません、今日手の空いている使用人を何名かお借りしてもよろしいですか?」

「ん? ああ、もちろんだ」

「馬車もお借りしたいです」

「当然の権利だ。そなたは婚約者。この家の使用人も馬車も使う権利がある。常識の範囲であれば、誰に許可を取る必要もなくな」

「ありがとうございます!」

 だから礼を言われる必要などないのだがな。


 早めに朝食を切り上げて、私のことも意に介さず、ルルージュはどこかへと走り去っていった。

 声が聞こえる。使用人たちをかき集めているみたいだ。

 買い出しにでも行くのか? 何を買うつもりだ?

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