第9話 加工業に興味があるらしい

 領地の運営は私の義務であって、やりたいことではない。先祖様が守ってきた土地を父が引き継ぎ、いずれは私に役目が回ってくる。

 もしも領主の一族という立場になければ、私は職人になりたかった。


 やはり男たるもの、手に職を付けるのが格好良く思う。世界も社会も文化さえも関係ない。己の技術だけで生き抜くその渋さがたまらなく私の心に突き刺さるのだ。


 そういった心理的背景もあって、魔石加工業を誕生させたのかもしれない。

 領主から解放されるなら、私は世界一の魔石加工職人になりたいと思っている。権力を放棄するなんて正気か? などと言われるに違いないが、心の底からそう思っているので、全力で肯定できる自信がある。


 魔石の流通が戻り、クロアン殿との継続的な連絡も取りあえている。関係は日に日に良くなり、私とクロアンはお互いに私的な情報も共有するようになった。やはり同じ貴族の立場だ、不安や悩みも共有することができ、そういった経験で気持ちを分かち合えたようだ。


 クロアン殿はあれから大きく変わりつつある。彼があれだけ我がままに育ったのには、自信のなさや、先代と比較された故に抱え込んだコンプレックスが原因だと判明した。


 比べる必要はなく、クロアン殿はクロアン殿らしく振舞えば良いと助言を送ると凄く喜んでいた。魔石の流通を再開させたことで領民の支持を得たことも彼に自信を付けたらしい。


 それと定期連絡の手紙には、毎度ルルージュのことが記されている。滅茶苦茶怖かったらしいが、今では一周回ってファンになっているらしい。また暇があったら、カスペチア領に来て怒鳴りつけて欲しいと要望が書かれている。

 え? なんか変な性癖に目覚めてない?


 他人にばかり気をくばっていないで、私は私のやることこなそう。

 最近は執務ばかりで、職人街に行けてなかったが、本日ようやく行くことができる。私専用の工房もあり、存分に楽しませて貰うとする!


 仕事を片付けて父上にあいさつをしなくてはと考えた。父は私の代わりに関係各所に謝罪周りに行ってくれていたからな。その後で街に出向こうとしたところで、父の執務室から出て来たルルージュに遭遇した。

「げっ」

 意識して彼女を避けているので、こうして不意に出会うととても驚く。


「騎士様! ご機嫌麗しゅうございます」

 ドレスをつまんで挨拶するその姿は、屋敷にやってきた頃とはまるで別人みたいだ。

 目を擦って、今一度確認するが、やはりルルージュその人。


「元気だ。それより、そなたは何をしている」

「たった今旦那様にあいさつさせていただきました。……へへっ、私あまり好かれていなかったみたいです」

「それは仕方あるまい」

 父も王家の嫌がらせには頭に来ているのだ。それも送られてきたのが毒美令嬢では。

 前の婚約者のことは、私よりも父の方が気に入っていたまである。それ故に、ショックもあるのだろう。


「そなたは望まれて来たわけではない。領主様も複雑な気持ちなのだ」

「はい。お心遣いありがとうございます」

 心遣い? 私が?

 いつの間にか、この女を気遣い始めていた。

 なぜだ。この女がしおらしい表情をするからだ!


「まあ私もそなたが好きではないがな!」

「なんか急に冷たい」

「ふん。思い出しただけだ。そもそも、好きになって貰いたいならば領地に貢献することだな」

 数週間前に大きな活躍をしたばかりなのに、また無茶な要求をしてしまう。自分で言っておきながら、ひどい言葉だと思う。


「この領地では女も働くことが多い。冬が厳しいからな。働けない冬に向けて、皆が温かい季節にしっかり働いておくのだ」

「へー。素晴らしいです。ここでは女性も働かせて貰えるんですね!」

 働く者食うべからず! 女だからといって甘えは許さん! と突き放したつもりが、なんか目を輝かせ始めてしまった。


「騎士様、私にもお仕事を下さい!」


 懇願するように前のめりになって頼んできた。

 使用人たちの白い目が私に向けられる。父とは違い、先日の活躍で使用人たちはルルージュに心が傾き始めている。日頃の態度がまたいいので、余計に好感度が高い。


 炊きつけたんだからしっかり面倒見てよね! 傍に控える、屋敷で数十年働いてきた侍女が私に向けた視線をはずさない。彼女にはおしめを変えて貰ったこともあるという。はあー。口は禍の元だな。


「わかった。お前は魔法の素養があったな。今からその才能を活かせる場所に連れて行く。だが!」

「……ごくり」

「仕事の足手まといになると判断したら、すぐに屋敷に戻す! いいな!」

「はい。私しっかり働きます!」


 ……なんてことだ。

 流れと勢いに任せて、私の神聖なる専用工房に他人を入れることとなってしまった。職人たちでさえ入れたことがないというのに、最初に入れる人が毒美令嬢だとは。うぐっ! 少し頭が痛んだ。


 職人街に行くと、この無骨な場所に似合わない美人に皆がワイワイとざわついていたが、私の姿を見るとすぐに貴族の関係者だと理解して仕事に戻っていった。調子の良い者はルルージュに握手を求めていたが、私は好きにさせる。むしろ、気を付けることだな。その美しい女は猛烈な毒を持っている。


 専用の工房に入ると、手入れされた空間や見たことのない工具などにルルージュが感心していた。

 あまり動き回って欲しくはないが、楽しそうなので注意するのも少し気が引ける。

「我がフェーヴル家は魔石加工業を生業としている。先日のそなたの活躍で、こうしてまた仕事ができることをうれしく思う」

「数日暇だったのでフェーヴル伯爵家について調べました。来た初日に勉強不足だと怒られましたので」

 そういえば、そんなチクチクモラハラをした気がする。私としたことが嫌な感じだ。


「フェーヴル伯爵家の魔石は、この国の市場の実に9割を担う。加工された魔石は本来のそれよりも遥かにエネルギー効率が良く、日々の生活や武器の加工、乗り物への運用がなされている。で、あっているでしょうか?」

「……うむ」

 ちゃんと勉強してて腹が立つ。


「では早速だが加工に入る。ここで見聞きしたことはなるべく外部に漏らさないようにな。といっても、漏らしたところで一朝一夕でマネできることではないがな」

「はえー。難しいんですね」

「それはもう、かなりの難易度だ」


 魔石加工業には繊細な魔力操作と高い集中力が必要になる。加工に向いている魔石を見抜く職人がいて、その中からさらに自身の得意な性質を持つ魔石を厳選して選び、実際に加工する。多くの失敗を重ねて、我が領地の加工業は発展してきたのだ。


 私の為に用意された魔石の中から何個か選んでいく。簡単そうなものをいくつか手に取り、作業台に乗せて行った。


「これらは忙しい私の為に皆が選んでくれたものだが、加工職人になりたいなら魔石の選別も自分で行わなければならない。職人たちはそこから既に競って腕をあげている」

「はい」

「で、これはお前のために選んだ初級の魔石だな」

「初級の」


 真面目に聞く姿勢はあるみたいだ。ついつい真剣に説明してしまったが、まあいい。やる気があるなら、働いて貰おう。


「この魔石は不純物が少ない。不純物は視力と魔力で感じ取る」

 目に見える不純物と、魔力で探知する不純物。

 不純物は魔力の無い不純物と、魔石の魔力を打ち消す魔力を持つ不純物の二種類がある。これを取り除くことで魔石は本来の輝きを取り戻すのだ。


 市場では、我が領地で加工された魔石のことを『純魔石』などと呼ぶこともあるが、不純物を取り除くからそう呼ばれるのだろう。


「やってみろ。私は他の魔石を加工する」

 炎の性質を持った魔石だ。炎の性質を持った魔石は需要が多く貴重だが、一番加工しやすいのはこれだろう。失敗して壊されるのは勿体ないが、今後も働いてくれるなら今のうちに失敗して貰って経験を積んでくれた方が良い。

 この街の職人たちはそうやって数えきれない失敗を積み上げて、一人前になっていったのだ。


「……できました」

 は?

「おいおい。あまりふざけたことを言うな。お前に渡してまだ5分も経っていな……」

 ……出来とる!!


 え? なんで? わっつ!?


 魔石をなんども見るが、目に見える不純物も、炎の魔石内にあった相反する水の性質を持った不純物も全て綺麗に取り除かれている。炎と水は真逆の性質。それを取り除くには繊細な技術と大きな魔力が必要だというのに。


 しかも……職人の腕によって純魔石はさらに等級別に分かれるのだが、これは間違いない。『一等級』だ。

 市場に出回る最高品質のものがそこにはあった。


 て、天才だ!

 この女。天才だった。

 先日野盗を倒した際にも恐ろしい魔法の才能を発揮していたが、まさか加工業においてもその才能を発揮するとは……。

 予想外すぎる事態に汗が止まらない。横目でルルージュを見ると事態を理解しておらずキョトンとしている。あまり教えない方がいいだろうな。自惚れても困る。


「……普通だな。まあ合格としよう。次はこれだ」

少し難易度をあげて渡す。ビギナーラックという線もある。いいや、きっとそうだろう。

「はい! なんだかこれ楽しいですね。夢中になれて凄くいい気持ちです」

「口を動かさず手を動かせ」

「はい! ……できました!」

 

 は?

 ……おいおい。って、出来とる!!

 いた。ここに魔石加工職人の天才が!!

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