第6話 殴りたくなる交渉
野盗に襲われた以外は、全て順調な旅路だった。
馬車の中でルルージュがサンドウィッチを堪能して、幸せそうにしていたのが良い時間つぶしになった。
この女、胸糞の悪い過去を持ち、今なお黒い影の見える人物だが、食べ物を頂くときは心底幸せそうな表情を見せる。不思議な魅力を放ってくるんだ、これが。
「こんな美味しいものがあるなんて、人生捨てたものじゃないですね!」
とのことだ。
その顔を見せられると、私も不思議と毒気が抜かれて、怪しんだり怒っている自分が馬鹿らしくなってくる。
実家の話もしないし、道中見かけた宝石店にも興味を示さず、新しい土地の景色をただ楽しむルルージュ。
え、旅行? 今回旅行だっけ?
空気感をおかしくする女だ。本当に腹立たしい。
カスペチア家の屋敷についたとき、爺に呼び止められた。
「坊ちゃん、あまりルルージュ嬢のことで思い悩まない方がよろしいかもしれませんな」
「どうして?」
「……なにかあの娘には謎があるように思えます。ルルージュ嬢は幸せそうにしており、対照的に坊ちゃんがなぜか一人で苦悩しているように見えます」
「たしかに、そうかもしれない」
ずっと毒美令嬢に心を振り回されてしまっている。部下たちからは冷静沈着と褒められてきた私であるのに、ここ数日は気分の浮き沈みが激しい。
爺は私の様子に一早く気づき、心配してくれてこのような発言をしてくれたのだろう。
「わかった。忠告ありがとう。もう少し気楽に構えてみる」
「ええ、それがよろしいでしょう。こういう問題は爺のような人生経験の多い老人の得意分野ですからな」
頼りになる人だ。
ルルージュに聞かれないように行われた話し合いは手短に済まされた。
迎えにきたカスペチア家の者が待っているし、この後には大事な交渉もある。
サーペンティアの威光が効かなかった場合のシミュレーションもしているが、どうなるか考えると少し緊張してくる。今回の交渉次第で、我が領地の命運が大きく変わるのだから。
「騎士様、騎士様。絶対に、サーペンティアの名前を出し下さいね。絶対にですよ」
交渉の場にルルージュは連れて行かない。
それを理解しているのか、ひそひそと伝えて来た。
彼女は脅しの道具というより、私が監視しておきたいがために連れて来た。本人が希望していたのもあるし、案を出してくれた恩もあって同行を許したのだが、本人は凄くやる気に満ち溢れている。
「ご飯のお礼は忘れません。それに旅行も楽しかったですし」
やはり旅行気分だったみたい。なんかこっちまでそんな気になって来ていたのは、彼女の影響力だったか。
カスペチア家は我が領地の南に位置する領地で、古くから東の国境線を共に守る辺境伯として名を馳せて来た。
苦しい時代にもお互い助け合い、協力して外敵から国を守ってきた名友。そんなカスペチア家が、なぜ今回の魔石騒動に関わっているのか甚だ不思議でならない。
他の領地ではなく、カスペチアの地を優先したのは、古くからの繋がりがあるためだ。
先代カスペチア伯は非常に人格頭脳共に優れた方で、私も子供の頃に直接あいさつしたことがある。子供ながらに立派な貴族だと感じたものだった。
あの方がこんな魔石騒動に関わり、自領地まで苦しませるようなことをするはずがない。……となると、原因はあれになるのか。
客間に通される最中、私はカスペチア家に起きていることを少しずつ理解でき始めていた。
屋敷の外装も少し変わっていたが、内装は一目瞭然。金銀宝石を使った装飾がそこらかしこにあり、有名な画家が描いたであろう絵画も連なるように飾られていた。
「これは……」
そして客間で出迎えてくれた元当主、クロアン・カスペチアに面会して、不安が的中したのだと理解した。
「遅いえ! そっちから会いに来たいというから席を用意したというのに、どういうつもりかえ!」
室内に入ると、挨拶もなしに罵詈雑言が飛んで来た。
どかっ大きなソファに埋もれるように座り、不平不満を述べる太った男、これがクロアンである。その姿は駄々をこねる大きな子供のようだった。
年齢は今年21になる私よりも4つ上だと聞いていたのに、なんとも歳不相応な様子。
要はあれだ。カスペチア家は代替わりに失敗したのだ。貴族のあるあるでもある。家にそうとう余力があれば、一代愚か者が出てもなんとかなるが、大馬鹿者が出たらそういう保証もない。我が領地以上に、カスペチア家は危機なんじゃないか? そう思ってしまう。
先代のことを思うと申し訳なくなるが、私も引けない立場なのだ。
「失礼だが、約束の時間は守っている。このような場を設けて下さったことには感謝するが、謝罪する必要はないように思える」
毅然とした態度で返答する。
爺や部下たちも同じように堂々と後ろで立ってくれている。
「関係ないえ! この後予定をいれたから、早くして欲しかったんだえ! 普通にもっと早く来いだえ!」
「わがままを申されては困る。約束の時間に遅れるのは失礼極まりないが、早すぎるのも相手方にとって迷惑。その辺、ご理解頂きたい」
「うるさいえ! もう腹立ったから、交渉してやんないえ! どうせ魔石の件で来たのだえ?」
……殴りたい。
けれど、耐えるのだ。領地や領民の待っているのだから。
足元を見られて苦しい状況だが、交渉材料は持ってきている。
「……すみません、クロアン殿。私も長旅で少し疲れが出て言葉に棘があったようだ。どうか、話し合いの場だけでも儲けて下さらぬか」
「ぷっ。ダサいやつだえ。仕方ないえ、話し合いに応じてやるえ」
癇癪が収まり、ようやく話ができる場が整った。ふう、子供をあやすのも一苦労だ。
クロアンの部下たちが私に申し訳なさそうに茶を出してくれる。
先代の元に仕えていた者たちだろう。私より、よっぽど被害を受けているに違いない。
「感謝する」
声をかけて、少しでも彼らの気を晴らしてやりかった。
「それで? 交渉とはなんだえ? うちの魔石はもうそんなに簡単に売り渡せないえ。他にも買いたいって言う王都の商会がいるんだえ」
……商会の名を出せと言っても教えてはくれないだろうな。大事な取引相手であるし、何よりそんな商会は存在しないから。
「カスペチアの地の魔石は非常に優れたものですから、買い手が多いのも頷けます」
「そうだえ、そうだえ。今まで安売りしすぎたえ」
「しかし、我々は共存関係にあると思っておりました。相場より高値で買い取っていたと思いますし、何より安定した売却先があるのはカスペチア家にとっても悪い話ではないはず」
「何が言いたいえ?」
「どうか、また魔石を売って欲しいのです。王都の商会よりも、同じく辺境を守ってきた我が領地を優先に。もちろんただとは言いません。買い取り価格は今までより上げますし、それとこれを……」
青玉鱗を差し出す。クロアンの目の色が変わったのがわかった。食らいつけ!
「クレン様!」
部下が私の名を呼ぶ。
脅しはあくまで後だ。家宝を差し出して話がまとまるなら、それに越したことはない。先代とはうまく共存してきた。できれば、またかつての様に助け助けられの関係を……。
「貰うえ。でも、魔石の件は確約できないえ」
「ふざけるな!」
私が思うより先に、部下が声をあげていた。
「あいつ失礼だえ! 貴族の会談で失礼だえ! 追い出すえ!」
トラブルになる前に、席を外すように伝えた。気持ちはわかるが、この場は抑えてくれと伝える。
「部下が失礼を。しかし、怒るのは私も理解できます。あまりわがままを言いなさるな。その青玉鱗は我が家に300年伝わる家宝。それを懐に納めておいて、見返りは何もありませんではすみませんよ、クロアン殿!」
毒美令嬢を睨みつけたものとは比較にならない視線を向ける。
子供の頃に爺に教わった技の一つである。相手をひるませ、恐怖で心を揺さぶる武術の技らしい。
それを存分に使い、クロアンを威圧した。無礼を働いたのはそちらが先だ。
「ひっ。……じゃあ、返すえ。でも、魔石は売ってやらないえ!」
困った人だ。
……致し方ない。
使いたくはなかった。あの女に大きな恩を作ることとなる。
「分かりました。では、カスペチア家は今後、我がフェーヴル家とサーペンティア伯爵家を敵に回すと、そういうことでよろしいかな?」
「ふぁっ!? なんでそうなるえ。なんでサーペンティアの名が出るえ?」
凄まじいな。サーペンティアの名が出た途端、この阿呆でも表情が一瞬にして青ざめてしまった。
「伯爵の長女、ルルージュ・サーペンティアは私の婚約者です。我が家とサーペンティアの繋がりはそれだけ強い。なのに、我が領地の魔石加工業の根幹となる魔石を売って下さらないんだ。そう受け取ってもおかしくはないだろう」
「ちちちちちちがう! そんな予定じゃ! だって、ごねたらもっと売値を上げられるし、ごねるのも数か月でいいと言われてて!」
「言われてて?」
慌てて口をふさぐも、肝心なことは聞いてしまった。
はー。襲撃の件といい、今回の魔石の件といい、また黒幕か。頭の痛くなる話だ。こんな阿呆が単独でそんな決断ができるはずがないことはわかっていが、事態は思っていたよりも厄介そうだ。
「とにかく、サーペンティアの名を出すのは卑怯だえ! 信じられないえ! 」
悔しそうにするクロアンは爪を噛みながら、急に妙案を思いついたらしい。
「そうだ!」
「どうしました?」
「お供に連れて来た女をここに連れてくるだえ。ちらっと見たが、綺麗なおなごだえ。タイプだえ。サーペンティアの話は信用ならないから、あの女をくれるなら魔石をまた売ってもいいだえ」
毒美令嬢を嫁に欲しい?
馬鹿を言うな。そんなことできるなら、喜んで渡している!
「女をつれてくるだえ!」
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