第5話 尻尾を出すが良い

 馬車に揺られている間、ずっと毒美令嬢のことを考えてしまっていた。

 本来は交渉のことを考えねばならないのに、どうしたものか。


 この女はもしや別人? 偽物が我が家に嫁いできた?

 いいや、名前は同じだし、容姿も似通っている。伯爵家御令嬢の名を騙るのは至難の業だ。

 では、頭を打っておかしくなった?

 おかしいと言っても奇行はないし、記憶もある。

 ではやはり演技か? 馴染んだ頃に本性を見せるとか。今の内に恩を売り、部下たちを手名付けて立場を確保する気か?


 やはり最後のが一番しっくりくる。

 うむ、先入観マシマシだが、どうしても毒美令嬢は信じられないのだ。この女は王都で許されざることをしている。おぞましい言動の中でも、特にあれだけは……。


「一騒動起きそうです、騎士様。お気を付けください」

「……おもしろい」


 物思いにふけっていると、唐突に爺から忠告が入る。この人は俺の剣の師であり、魔法の師でもある。いいや、全てをこの人から学んだと言っても過言ではない。


 昔は伝説的な冒険者だったという噂もある方で、人一番危機への嗅覚がずば抜けている。今も、爺がそういったのならそうなのだ。俺も遅れてだが、集まった密度の低い魔力を感じ取れている。


「野盗です! ……愚かな。フェーヴル伯爵家の馬車と知って襲っているのか?」

 警告を伝える声が響く。


 護衛が駆け寄って来て、状況を伝えて来た。

 敵の数は護衛とほぼ同数。それ程の手練れではないこと見て取れるとの報告だ。


「迎え撃ってやるさ。皆の者、配置につけ」

「しかし! 騎士様には避難して頂かねば」

「構わん。私も久々にひと暴れしたいと思っていた。爺もいることだし、心配するな。なっ、爺」

「……手練れはいない模様。よろしいでしょう」

「ほらな」

 ニコッと笑いかけて、私にやらせろと護衛にプレッシャーをかける。


 なにもただ戦いたいだけではない。狙いがあるのだ。

 爺もそれを理解しているから許可してくれたのだろう。


 直面している危機は大したものではない。一番の問題は、なぜ伯爵家の馬車が襲われたかだということだ。貴族を襲うリスクは、野盗たちだって理解している。下手を打たば、大きなしっぺ返しが待っているのを承知しての襲撃。阿呆ならこれだけの野盗団まで成長することはない。

 要は、今回の襲撃には黒幕がいる。裏で何者かが野盗を使って利益を得ようとしているのだ。


 そして、それを手引きできる人物は……。

 毒美令嬢、ルルージュ・サーペンティアしかいない。


 悪いが、我が家に裏切り者はいない。皆この厳しい土地で生き抜いた家族同然の存在である。領民が死ねば皆で泣く。新しい命が誕生すれば皆が顔を見に行き祝う。それがフェーヴル伯爵領である。我々の絆は王都の人間には想像できない程強い。


 絆が薄く、今日の予定を知り、そしてこの計画の発端となる発言をした外部の者がただ一人だけいる。

 ルルージュを睨みつけた。まだ尻尾を握った訳ではないが、間違いなくこいつが黒幕の一人だ。


 そして何より、俺がここを離れれば馬車が危機に陥ることになる。爺は当然意図を理解しているので、助けはしない。


 さあどうする、毒美令嬢。策士策に溺れる状況を作ってやろうではないか。人の本性は危機の中でこそ見られる。『私はあなた達の雇い主よ!』なんてわかりやすい証拠を落としてくれると良いのだが……。


「行くぞ!」

 騎士たちを連れて、俺は野盗を迎撃する。

 剣を交え、魔法を使い何人か蹴散らす。ふむ、久々の実戦だが悪くない感触だ。


「流石クレン様。相変わらず、恐ろしい才能です」

「ありがとう」

 いつになっても褒められると嬉しいものだ。

 楽勝な戦いではあったが、それでは困る。部下に目くばせし、作戦があることを伝える。

 わざと苦戦するように、時間を使い、馬車への道も開けてやる。部下たちが不安そうにこれで良いのかと聞いてきたが、頷いて安心させておいた。


 幾ら黒幕がいようとも、野盗たちが目の前のエサに食らいつかないはずがない。護衛を相手にしているよりかは、直接馬車を狙った方がいい。


 俺の思惑通り、何名かが護衛の間をすり抜ける。

 追いかけようとした護衛をわざとひっぱり、食い止める。


「クレン様!?」

「いいから。様子をじっくり見ることだ」


 今こそ暴かれるぞ。あの女の正体が。

 先頭を走っていた二人が馬車にたどり着く。武器を構え、爺とルルージュの前に――。


『ファイアーストレージ!』


「は?」


 馬車に駆け寄っていった野盗二名、無事に炎魔法で吹き飛ばされる。……なんだあの威力。爺か? いいや、爺なわけがない。俺の計画を台無しにするような人じゃないし、詠唱の声が……。


「ルルージュの声だった気がする……」


「でやーー!!」

 斬りかかってくる野盗の剣を簡単にいなし、柄でこめかみを殴りつけて気絶させておいた。後で尋問する必要があるからな。何人かは残しておく必要があった。


 もう遠慮することもないので、私と護衛達であっと言う間に残りの野盗を無力化する。


「後の仕事は任せた。では私は先に馬車へ戻る」

「かしこまりました!」

 優秀な部下で助かる。こちらはけが人すらでなかった。全く、綿密な計画なようで、ずさんな実力の持ち主たちだ。

 それとも私が舐められていた?


 黒幕は私と護衛達の実力を履き違えていた。ということは、やはりこの地に縁の者ではない。間違いなく、フェーヴル伯爵家を知らない者の仕業。


「……ご無事でしたか? ルルージュ・サーペンティア様」

「はい。野盗は倒されたのですね」

 窓から覗く私の視線は冷たいまま、彼女に向けられている。

 犯人は彼女しかありえない。そう思っているからだ。


「あら、私ってもうフェーヴルって名乗った方が良かったですか?」

「いいえ、サーペンティアで結構」

 これからも未来永劫にな。


 武器を部下に渡し、馬車に乗り込む。爺が水を渡してくれて、それを飲みほした。喉が潤ったところで、先ほどの目を疑う光景を訪ねることにした。


「すまないな。先ほど討ち漏らした野党がこっちに来てしまったようだ」

「問題ないです! 私、魔法を勉強していたので、実戦で使える場が出来てよかったくらいです」

「凄い魔法だったな。遠目からでもその威力が伺えた」

「ふふっ、ありがとうございます。騎士様に実力を誉められるなんて嬉しいです」

「その魔法はどこで?」

 貴族の令嬢で、魔法を本気で勉強する人は珍しい。それも、あれ程のものとなると、特殊な家系に生まれた一握りの人物だけだろう。


「王都では暇だったので……。そのぉ、ずっと一人で本を読んで、魔力操作をして練習してました。初めて使ったので、本当にうまく行って良かったです」

「初めてだと!?」

 それが本当だとしたら、とんでもない魔法のセンスだ。あの威力を思い出す。……私以上の才能。まあ、真実ならの話だがな。だが、それはあり得ない。


「爺やさんを守らなくちゃって思ったら、失敗とかそういうのどうでもよくなっちゃって。でも思ったよりも威力が小さかったです。イメージしていたものは、もっと大きかったのですが」

 どんな伝記を教材としたんだ? こいつは。勇者や魔王の時代を基準にしている? 十分凄い威力だったが。


 それに、時間が沢山あっただと?

 ルルージュ・サーペンティアは毎夜夜会に行き、贅沢三昧の生活をしていたはずだ。魔法を勉強する時間など、どこにあろうか。


 やはりこの女の言うことは信用ならない。辻褄のあわないことだらけだ。

 

 真実がなかなかつかめないが、この襲撃こそが最も真実に近い気がする。彼女の狙いは一体……。


 少し苛立たしく、尋問の結果を待った。

 早くこの目の前の女をつるし上げてやりたい。


 けれど、護衛達の報告は望んだものではなかった。


「野盗は三日前に仕事を依頼されたとこのこと。依頼主の名前は分からず、おそらく高齢の男性で、前金に金貨30枚。襲撃が成功すれば更に倍額払うという条件で雇われたようです」

「確かか?」

「あれでは嘘はつけないでしょう」

 詳しくは状況を見ていないが、彼らがそう言うなら間違いない。手加減はしてやれなかったみたいだ。


 三日前と言えば、やはりこの出立が決まった日である。ルルージュから自分の家名を使えと提案があった日のことだ。


 ……限りなく黒に近いグレーと言ったところだな。


「報告ご苦労。何名か父上に報告に戻らせ、事の処理を。我々は先を急ぐぞ」

「はっ」


 何事もなかったかのように、穏やかな馬車移動が再開された。

 絶対に尻尾を掴んでやる、毒美令嬢。まだまだ時間はたっぷりあるのだからな。犯罪に手を染めたと分かれば、王都に突き返す口実にもなる。なんとしてでも、こいつを追い返さなければ。


「お昼はなんでしょうか。うっふふふ。初めて魔法を使ってお腹がペコペコです。お弁当でしょうから、なにか保存の効く工夫がこなされているんでしょうか。あー、たのしみー」


 ……なんだこいつ。

 こっちの気も知らないで。昼飯のことばかり考えている。

 呑気だ。あまりに呑気だ。


 先ほど襲撃があったことも、自身が黒幕であることも忘れたかのよう呑気さ。……やはり阿呆の類、なのか?


「昼はサンドウィッチだ。特別なものではない。夜は宿に泊まり、明日の昼は宿から貰ったサンドウィッチ。で、夜には目的地に到着だ」

「サンドウィッチ!! ……じゅるり」

 涎が止まらないらしい。

 鼻水といい、涙といい、汁の良く出る女だ。


 爺に視線を向ける。

 俺が戦っている間もずっとルルージュの傍にいて貰った。何か情報を求めたが、静かに首を横に振った。


 爺でさえも情報を得られなかったか。尻尾を隠すのが相当うまいらしい。


「サンドウィッチ……。うふふふふ」

 ……不気味だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る