第4話 解決できるらしい

 執務室では、私に任された仕事をこなす。その日の分が早く終われば、私も職人街に脚を運び入れて魔石の加工をしたいのだが、今日はそうもいかない。


 簡単に済む書類を決裁しながら、爺と側近たちを呼び寄せて会議中だ。

 もちろん、話題は他領地の貴族との話し合いに向けて。


「何を差し出すべきでしょうか? いいや、そもそもこちらが頭を下げる必要はあるのでしょうか? もともと売れ残っていたものをフェーヴル伯爵様が高値で買い上げていたというのに。恩知らずどもめ!」

 熱くなって、議論が過激になっていく部下たち。


 室内では爺だけが冷静で、皆が領地を思って熱く議論しあっていた。

 彼らの言うことはもっともだ。


 もともとその魔石は居場所のないものだった。供給量も質も悪い魔石で、王都に流通する質の高いものとは勝負できずに在庫を抱えたものを、我が領地が定期的に買い取ったものだ。


 共存関係にあったと思っていたが、どうやら出る杭は打たれるらしい。あちらも損する話なはずなのに、困った大人たちだ。


「向こうから何かしら条件が提示されることだろう。向こうも魔石が売れないと利益が出ずに困る」

「そうですな。しかし、一体どれだけのものを吹っ掛けられるか」

「かまわないさ。最悪、家宝の『青玉鱗』を差し出そうと思っている」

「そんな! それはあんまりです。あの家宝は伯爵家に300年伝わる秘宝中の秘宝!」

「しかし、普段は飾ってあるだけの装飾品にすぎない。あの程度で魔石をまた供給して貰えるのなら安いものさ」

 私の提案に、皆が苦虫を嚙み潰した表情をしていた。ご先祖様から引き継いだ家宝だが、使い時がくれば使うべきだろう。フェーヴル伯爵家はそうやって領地と領民を守ってきた家なのだから。


 話が一段落したタイミング、ちょうど静けさを狙ったように部屋の扉がノックされた。

 誰だろうか。


「ん? 入れ」

 会議に出席するメンツは揃っているはずだが……。


「げっ」

 入ってきたのは、毒美令嬢だった。

 なんでここに。


「す、すみません! 大事な話し合いの途中とも知らず、私無理を言ってここに来ちゃって……」

 青ざめた表情でルルージュが弁明する。


 表情こそ青ざめているが、肌や髪は艶が出ている。昨日までくすんでいた黄色い髪の毛が、今日は光に照らされて黄金色に輝いている。

 肌も色白く、きめ細かい綺麗な肌だ。やはりその容姿だけはとても美しい。部下の中には目を奪われている者もいる。こんなにも化けるのか。……流石は王都でブイブイ言わせていた毒美令嬢である。


「用件は何だ?」

「その、騎士様に貸していただいた香油があまりにも良くて……。朝一でお礼を言いたかったのですが……」

 歯切れの悪い感じだ。

 皆の厳しい視線を浴びて、居心地が悪いのだろう。


「婚約者様、騎士様とは失礼な。このお方をどなたと心得る」

「良い。私がそう呼ぶように言ってある」

 事情を知らない側近に説明する。中には事情を知っている側近たちもいるので、それぞれが周りの様子をうかがっていた。


「香油を気に入ったならくれてやろう。というか、昨夜君にあげたつもりだった」

「こんなものを貰っても良いのですか!?」

 目をキラキラさせて、こちらを見つめる。抱えた香油はもう手放さないぞという意思を感じる。

 体は正直なものだ。


「ああ。君のものだ」

 初めて楽器を買い与えられた街娘くらいわかりやすく喜んでいた。

 ……そんなに嬉しいのか?

 いや、あれだけ髪も肌も痛んでいたし、効果を感じて喜ぶのも無理はないか。

 けれど、これではますます彼女のイメージが変わってくる。毒いず何処?


「あの!」

「なんだ? 用件が済んだなら出て行ってくれ」

 あくまで突き放す。魂胆がわからないからな。相当頭のいい女なのかもしれない。


「香油のお礼に、私もお仕事を手伝いたいです。ごめんなさい。少しだけ話が聞こえてきました!」

「盗み聞きか」

 王都でも似たようなことをしたと聞いている。

 王家に働きかけて、敵対している貴族家に嫌がらせしていたらしい。女の武器の使い方を理解しているやつだ。


「ごめんなさい……。でも、力になれると思うんです。魔石、また売って貰えるんじゃないかって」

 申し訳なさも演技か? 消え入りそうな声でなんとか助力を申し出る。

「……言ってみろ」

 聞くだけならただなので、とりあえず聞いておく。


「はい。結構簡単だと思います。私の家、サーペント家の名前を出せばいいと思います」

「サーペント家の?」


 サーペント家は王都でも名の知れた一家である。

 領地も持ち、王都に経済基盤を持つ稀な大物貴族。その名を使えれば、確かにこれ以上ない脅しとなる。


 サーペント家が嫌がらせをやめろと言っているのに、逆らうつもりか? 

 フェーヴル伯爵家だけでなく、サーペント家まで敵に回してしまうぞ。という訳である。


 この提案には側近たちが驚き、そして最高の案だと言わんばかりに笑顔がちらほらと見え始める。


「……良い案だと思う。サーペント家は絶大な影響力を持つ。特に貴族間の交渉でその名を出せば効果絶大だろう。しかし、君はそれでいいのか?」

「はい! 私、もうフェーヴル伯爵家に嫁いでいますし、実家に迷惑がかかろうともフェーヴル伯爵家を優先したいです!」

「ほう……」


 今回の件でサーペント家に迷惑が掛かっても大丈夫だと。

 サーペント家には二人娘がいて、彼女は長女である。家の名前を語るには十分すぎる身分である。


「良い話ではありませんか。是非、婚約者様に頼りましょう!」

 皆に背中を押され、実際良い話だし、私も了承することにした。


「……では、世話になる」

「はい! 任せてください!」

 香油の恩が思わぬ大きなものを届けてくれたみたいだ。

 これが罠でなければの話だが……。


 期日を整え、私たちは交渉の場へと赴く。

 馬車には毒美令嬢と私、爺の三人で乗っている。

 前後の馬車には護衛を連れて、他領地まで赴く。


 父上がようやく屋敷に戻られたので、領地を預ける形で交代で私が出向くこととなった。


 それにしても、なんとも気まずい。

 もっとも関わりたくなかった女と、こうして狭い馬車で一緒になるとはな。

 それもこれも、全て彼女の提案に乗ってしまったからだ。


「今日もクレン様はいらっしゃらないのですね」

「若様は忙しい身だ。交渉も私が赴く」

 そろそろ無理が出て来たな、この設定。

 まあそのうちバレるだろうが、バレるまで使い倒そう。


「領主様と奥様もまだ挨拶が出来ていません。毎日美味しい食事と寝床、それにお風呂まで入らせていただいているのに、お礼も伝えることが出来ていません」

「……礼などいらぬと思うぞ。そなたは若様の婚約者だ。その程度のことは当然の権利である」

 むしろ最低限と言ってもよいレベルだ。


 しかし、本人はそうは思っていないらしい。まるで命を救って貰ったかの如く嬉しそうに今朝の朝食の感想を述べていた。今朝のスクランブルエッグは、世界中の鶏に感謝したくなる味だったらしい。……いや、うまかったけど。


「父上……伯爵様は昨日まで、そなたに追い出された前の婚約者の実家に謝罪に行っていた」

「……ごめんなさい」

 こればかりは彼女が悪いわけではないが、責める相手が彼女しかいない。ミレーヌは素敵な女性で、その両親も素晴らしい方だというのに、無用に悲しませてしまった。私もそのうち正式に謝罪に行くつもりだ。


「そして奥様は10年前に流行り病で亡くなられた。もともと体の弱い方でな。この地の冬が相当身に応えてしまったのだ」

「……ごめんさい」

 母を思い出すと、悲しい気持ちになる。

 今の繁栄した領地を見せてやりたかった。もっと良い生活をしてやりたかった。母の反対を押し切ってでも、なぜ冬だけでも他所の領地で過ごさせなかったのか!


 後悔と悲しみばかりが押し寄せてくる。


「って、おい! なんでお前が泣く!」


 目の前で、毒美令嬢が大粒の涙を流していた。そして鼻水まで大量に出ている! 


「ごっごべんなざい!」

 泣くにしてももっと上品な泣き方があるだろう。


「ハンカチは?」

「……あっ、ボゲッドにありました。誰かが入れてくれたみたいです」

 我が家の者だろうな。毒美令嬢相手にもちゃんと仕事してくれているようでうれしく思う。


 ブシューと盛大に鼻をかんでいる姿は、見て見ぬふりをした。


「あー、スッキリしました。奥様が亡くなった話を聞いたら、悲しくなっちゃって」

「……知らない人物だろう」

「でも優しかった母の姿と重ねると、どうしても悲しくて。私の母も亡くなっちゃったから」

「……それはすまなかった」


 謝ってから、すぐさま気づいた。

 私はこれでも頭脳明晰。記憶力もいい。


 事前にこの毒美令嬢の情報は仕入れている。

 ルルージュの母は健在なはずだ。……やはり嘘をついていたか!

 と思ったが、実の母かどうかは調べていなかったことを思い出す。今のサーペント夫人が後妻の可能性もあるのか。


 ということは、彼女は今のサーペント夫人の実子ではない?

 私の疑問を、隣にいた爺も瞬時に理解したらしい。流石は、幼少期より師であった方だ。


 視線を配ると、コクリと静かに頷く。どうやら、俺たちの情報はどこか抜けがあったか、何か大きな力によってゆがめられている可能性が出て来た。

 王都にも、父上と同じ情報操作の達人がいる可能背があるな。


「……ごめんさい。騎士様のハンカチも借りて良いですか。鼻水と涙がまだ出てしまって。洗って返しますので」

「盛大に嚙むが良い」

 ブシュー。めったに聞けない貴族令嬢の鼻をかむ音を二度も聞くことになろうとは、奇妙な一日だ。

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