第12話
それからはあっという間だった。警察署に行くと取調室に連れていかれ、柳さんと二人きりの状態でいくつかの質問を受けた。質問の内容は、今回の事件が起こる前に何かおかしな兆候が無かった、体に違和感はないか、といった程度のことだったが、些細なことでも事細かに聞かれるせいで取り調べが終わる頃には日が落ちていた。
そういえば、学校で熾条さんも柳さんも派手に暴れていたけれど大丈夫なのか聞いてみると、公的にはガス管の爆発事故で処理されると教えてくれた。僕は事故の時に偶然近くにいたため話を聞くために警察に呼ばれた。と、そういう話になるらしい。
ナナフシに投げつけたせいで片方だけになっていた靴の代わりにもらったスリッパを履いて取調室を出ると、部屋の前のソファに両親が心配そうな顔をして座り込んでいた。
両親は「大丈夫だったか?」「怪我はないか?」と散々質問攻めにあってきた僕に、質問を投げかけてきたのでうんざりしたが、それとなく大丈夫だと返事をしていると僕の疲労を察してか柳さんが、爆発事件の経緯や嘘の質問の内容を両親に伝えてくれ、長い間拘束してしまったので今日はゆっくりさせてあげて下さいと頭まで下げてくれた。
家に帰り両親に促されるまま自分の部屋に戻り布団に入るも、なかなか寝付けないかった。確かに僕にかけられた呪いは熾条さんが解いてくれたらしい。これでもう学校で死者が出るようなことは無くなるだろう。
けど、今まで犠牲になった三人はどうなんだ。僕と関わってしまってせいで死んでしまった三人。そんな考えがぐるぐると頭を駆け巡り、結局寝たのは随分と夜が更けてからだった。
翌朝、爆発事故が起きたのが旧校舎だったこともあり、休校にはならなかったので登校しようとすると両親に止められたが、どうしても行って確かめたいことがあったので家を出た。
学校に着くとすぐさま自分の教室に向かい教室にいる人を確認するが、そこに中嶋 美緒の姿は無かった。
その後、すぐさま一年の教室に向かい手近なところにいた生徒を引き留めて佐々木 拓哉が来ていないか確認するも、何を言ってるんだこいつはといった顔で「いたら怖いですよ」と冷たく言われた。
どこかで淡い期待を持っていた。呪いが無くなってナナフシも消えたことで、ナナフシに魂を吸われた二人も帰ってきているんじゃないかと。そんなわけはないのに...。
━━二ヶ月後、
都内にある雑居ビルの一室、<超常現象相談所>の表札が書かれた部屋の中のテレビからは昼の報道番組が流されており司会のアナウンサーが話し始める。
『三ヶ月ほど前から都内の皐月高校で起きた生徒の連続不審死事件と爆発事件についてですが、未だ犯人の足取りは掴めておらず、殺人事件と爆発事故との関連はないと発表している警察ですが、今日は専門家の方も交えてお話ししていけたらと考えております━━、』
「久しぶりに見たねこのニュース。専門家なんて呼んでも的外れなことしか言えないから意味ないのにねぇ。呼ぶなら私を呼んでほしいぐらいだよ。そうすれば出演料とか貰えるだろうし...」
部屋の主である熾条 鳳梨はコーヒーを淹れる匂いが流れる中、テレビの前のソファーに寝転がってありもしないことを呟きながらニュースを眺めている。
「できましたよ熾条さん」
「お、やったー。コーヒー。コーヒー」
僕の声で上体を起こして上機嫌で歌う熾条さんの前の机にコーヒーを置くと、熾条さんはコーヒーカップを鼻の前に待ってきて一つ匂いを嗅いでからカップに口をつける。
「うーん。75点!」
「ちょっと上がりましたね」
「100点のコーヒーの道のりは遠いからね」
二ヶ月前、学校に行って犠牲者の二人が帰ってきていないのを確認した後、熾条さんの居場所を教えてもらうため柳さんの元へ向かった。
僕を見た柳さんは「本当に来たか」と驚いた表情をしてから呟いた後、僕が聞く前に熾条さんがやっている<超常現象相談所>のある雑居ビルの場所を教えてくれた。どうも熾条さんがあらかじめ僕が来たらビルの場所を教えておいてくれと頼んでいたらしい。
雑居ビルは学校から駅で二駅行ったところの周りに小さな商店が立ち並ぶ場所にぽつんと立っていた。二階のヨガ教室、三階の<シーク>という名前らしいバーを横目に階段を登ると、三階に<超常現象相談所>の表札がすぐ目に入った。
意を決してノックすると、ドアの向こうから「どうぞー」と聞き覚えのある声が聞こえたので中に入るとそこにはギプス包帯を腕に巻いた熾条さんが待っていた。
「待ってたよ夕君」
「熾条さん。僕...」
「まあまあそう焦らずにさ、コーヒーでも淹れてくれない?見ての通りこの腕じゃどうも不便でね」
僕の言いたいことなど見透かしているように熾条さんはギプスをはめていない方の手で台所を指差した。そこにはコーヒー豆の入っているらしい袋とコーヒーミル、コーヒーポットまで用意されていた。
「それは、もちろんいいですけど...、僕こんな本格的なやり方でコーヒー淹れたことないですよ?」
「ちゃんと横で教えてあげるから大丈夫だよ」
言われるがまま僕は台所に立ち、熾条さんに指示を受けながらコーヒーを作っていくことにした。
ポットでお湯を沸かしている間に、コーヒーミルに豆を入れてゴリゴリと音を立てながら挽かれていく豆の音だけが響く中で熾条さんが話し始めた。
「夕君がさっき言おうとしたことは大体想像できるよ。私の仕事の手伝いでもしたいんでしょ?」
いとも簡単に僕の言わんとしていたことを当てられたことで手の動きが止まってしまった僕に熾条さんは「手は止めない」と言われたので驚きながらも再びコーヒーミルを動かし始める。
「その申し出はありがたいよ。実際この業界っていつでも人手不足だからさ」
「だったら!」
「それってつまり新しい人が入っても次々死んじゃうってことだよ?」
そう言われて初めて気付いた。熾条さんの仕事の手伝いをするということは、あのナナフシのような奴らの相手をしていくことになるということに...。
今更になってそんなことを考えている僕に、熾条さんは次の指示を出す。コーヒーカップにお湯を入れて置いておき、挽いたばかりの豆をポットの上に設置されたドリッパーとフィルターに出してお湯を注ぐ。ふわりとコーヒーのいい香りが立ち上る。
「普通の人はあんな怖い経験なんてすることはまずないし、今回は運悪く夕君が巻き込まれただけ。それについて責任を感じることはないんだよ」
熾条さんの口調は優しく、それでいてどこか僕を突き放すように感じた。一度お湯を注ぐ手を熾条さんの手に止められる。
「だから夕君が手伝う理由なんてないんだよ。わざわざこんな危険なことしなくても君は生きていけるんだから」
熾条さんの手がもう一度注げというように離れていくのを確認して再びお湯を注ぎ始める。ドリッパーを通して下のポットにコーヒーが滴っていく。
「......それでもやっぱり、手伝わせてくれませんか?」
「じゃあ理由を聞かせてもらってもいい?」
熾条さんのこの質問にどう答えるかで全てが決まる。そんな予感がした。その時、熾条さんの二つ目のお願いを思い出す。それは、この事件が解決して落ち着いた後、これからどうするかをしっかりと考えること。そして、熾条さんの今の質問は、きっとその答えを聞くためのものだということにも気付いた。
「確かに熾条さんの言う通り、僕はこれからの人生を普通に過ごしていけるんだと思います。でも、僕の知らないどこかで僕と同じ目に遭っている人がいるとしたら、その人の力に僕もなりたいんです。熾条さんが僕にしてくれたみたいに...」
フィルターからコーヒーの雫がポットに落ちる感覚は長くなり、熾条さんが二つのカップに入っていたお湯を捨ててコーヒーを注ぐと一つを僕に手渡した。
「飲んでみて」
返答を急かすわけにもいかないのでカップに口をつける。
「......まずいですね」
「そりゃ豆の挽き方も淹れ方が下手だったからね」
「......なんかすいません」
「ま、初めてなんてみんなそんなもんだよ。これからゆっくり勉強していけばいいんだし。うん、まずい」
熾条さんもコーヒーを一口飲んで、顔をしかめながら舌を出してそう言った。これからと...。
「それって!」
熾条さんは嬉しさで勢いよく振り返る僕の顔の前に手を差し出して止める。
「ただし、仕事の手伝いをするのは百点満点のコーヒーを淹れれるようになってから。それまでは理外種についてとコーヒーの淹れ方だけしか教えないよ」
「はい!」
こうして、熾条さんの元で理外種についての講義を受けながら彼女を満足させるコーヒーを淹れる日々が始まった。
「さて、今日も仕事の手伝いはさせれないけど、理外種についての講義でも始めようか」
コーヒーを飲み終わった熾条さんは、ソファーに座ったまま話し始める。
今はまだ認めてもらえていないけれど、きっといつか誰かの役に立てるその日まで...。
リガイシュ 浅葱 沼 @asaginuma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます