死の終着駅まであと10分なので暴露大会する

ばち公

死の終着駅まであと10分なので暴露大会する

 あと10分で俺たちは死ぬ。


「今通過したのが『場喰髏谷ばくろだに駅』だ」

「次の次が終点か……」

 俺は、電車内に貼られた黄ばんだ路線図を見た。今通過した『場喰髏谷駅』は、終点の二つ前の駅である。

 駅名は、通過したやつだけ読める。それより先は文字化け状態で全く読めない。

 およそ一駅5分で通過しているから、終点まではあと10分。

「まさか俺たちが、こんな目に遭うなんてな……」

 ヒロがミカの肩を抱き寄せた。

 俺たち四人は電車に乗っている。二両編成のそこには、俺たち以外誰もいない。車掌すらいない。

 しかし電車は真っ暗な――明かり一つ見えない不吉な闇を、切り裂くように走っている。走る棺桶みたいに。

「ヒロくん、怖いよ」

「大丈夫だミカ。落ち着いてくれ。絶対に俺が守るから」


 大学最後の夏だった。


――海でも行こうぜ! 電車でものってさ!


 そう言い出したのは誰だったか。

 いや雨じゃん。遠出怠くね? じゃあ近場。今行きたいとこある? 隣の県! なんで? 卒論で使いたい資料がここの図書館にあるの。さすがミカ。じゃあ次の金曜日の夜に行こうぜ! 旅館泊まるか。ここが飯美味いらしい。云々。

 いつものノリで、とんとん拍子で決まった。

 話し合ってるときは他の奴もいたけど、結局予定があったのはこの四人。計画を立てたのはほぼタケシ。いつもどおりだった。

「ごめんな。僕が……就職先も見つからねぇ僕が、こんな計画立てたせいで……」

「タケシ!」

 タケシのせいじゃない、とここまでに何回言ったことか。俺らはまた口々にタケシを慰めたが、しかしタケシは俯いたままだ。ムキムキの筋肉まで落ち込んでいるように見える。

 面接後のお祈りメールゲット数で大学一を誇るタケシ。それを笑い話みたいに話していたが、やっぱり気にしていたみたいだ。このままじゃ自分だけ無職だと、酒の席で零していたことを思い出す。

「これからあと10分、どうする?」

「どうするって、もうどうしようもないだろ。散々色々試したんだから」

 色々試したが、電車は停まらなかった。窓は割れず、ドアも開かなかった。5分間隔くらいで、駅を通り過ぎていくだけ。

「くそっ、なんでこんなことに……!」

「あんなにいつも通りだったのにね……」

 金曜の夕方。大学の講義が全員終わって、それで電車に乗って。

 なんかおかしいな? と気付いたときには、もう遅かった。

 100%死ぬ、噂の『死の終着駅』。名前も分からない、何が潜むかも分からない不気味な終点。哀れな乗員をそこに連れて行く、呪われた電車。

 噂は知っていた。つまらない都市伝説だ。

 まさか本当だったなんて。そして、俺らがそれに巻き込まれるなんて――。

「最後、なのね。本当に」

 ミカの呟きに、誰も答えない。

 ヒロは、うつむくミカをちらっと見て。そして、空気を変えるみたいに両手をかるく打った。

「最後ならさ、……今まで言えなかった秘密を、皆の前で話してみないか?」

「暴露大会ってことか? なんでそんな急に?」

「最後くらい、腹をわって話し合いたいんだ。――お前らのこと、ほんとのダチだと思ってるからさ」

 ヒロが微笑んだ。

 まあ悪くないか。もう今さらやることもないし。最後なんだ、いつもと違うことをするのも悪くない。

 全員、何かしら話せることがあると分かり。全員がなんとなく賛成したあと、結局、言い出したヒロから話し始めることとなった。俺は最後だ。

 といっても、あのヒロだ。のんびり屋で陽気で、思ったことをすぐ口にする、若干素直過ぎる男。イラッとすることはあっても、憎めないタイプ。

 ま、大した秘密なんてないだろうけど――


「俺、実は■■■■星団■■■■軍所属■■■■の■■■■なんだ」


「……何語?」

 暴露の内容自体が、何を言ってるか分からんとは予想もしてなかった。全体的に人類が発音していいのかよく分からない音が聞こえた。あとその謎言語の合間に、なんか日本語っぽいのが聞こえた気がする。実は外国語ペラペラなんです、とかそういうオチ?

「ヒロくん!?」

 ほら、ヒロの彼女のミカも驚いて、

「まさか貴方が宇宙人だったなんて……!」

 これが愛のチカラ、か……。

「黙っててごめん、ミカ。でも俺、お前にはどうしても言えなくて。お前のことを愛してるのは本当なんだ! だから、」

「黙って」

 ミカにぴしゃりと言われ、ヒロは押し黙った。

「次の暴露は私の番よね?」

「あ、ああ」

 俺はミカの迫力に圧倒され、頷いた。いつもヒロと一緒に明るく騒いでいたミカとは、まるで違う。

 なんだこの雰囲気。


「私は――私の正体は、■■■■の■■■■……。ヒロ、あなたの敵よ」


「う、嘘だろ!? まさか……ミカが、■■■■だったなんて……」

 ヒロは狼狽えている。彼らが一体『何』なのか俺には分からないが、その正体は、互いにとってよいものではなかったらしい。軍、宇宙人、そして敵。つまりきっと、そういうことなのだろう。

 ドッキリかな? と最初は思ったが、ミカの表情は見たことのないくらい真剣だ。ぞっとするくらいに。

 しばらくミカと見つめ合っていたヒロは、やがて長く、息を吐いた。

「俺たち、敵同士だったってわけだな」

「そうよ。■■■■の■■■■さん?」

「■■■■……。こんなところで出会うとはな」

 呆気にとられている俺とタケシをよそに、二人の物語は加速していく。

「なんでお前が■■■■だったんだろうな」

「分からない。■■■■の導きかしらね」

「……俺は■■■■を探してこの星に来たんだ。分かってるだろう?」

「ええ。そして私は、■■■■を生かしておくわけにはいかないの。分かるでしょう?」

 要所要所で全然分からん……が、不穏な空気だということは分かる。いつもイチャラブハッピーだった二人にはありえない空気。

 俺はさすがに口を挟んだ。

「おい待てよ! お前らちょっと落ち着けって!!」

「邪魔しないで。私達は私達の全てを賭してでも戦う。■■■■の名において、■■■■を成すために!」

「それはこっちのセリフだ。■■■■は■■■■なんかに負けるわけにはいかないんだ!」

「あはっ。……私達、まさかこんな終わり方、するなんてね」

「ああ。最後の最後で、こんな風になるなんてな」

 皮肉げに自嘲するヒロ。ミカは目を伏せたままだ。

 いつも鬱陶しいくらいの惚気を聞かせてきた二人。人目を憚らず愛を語り合っていた二人。煩わしいほど常にくっついていた二人。妬みと鬱陶しさで「別れちまえバカップル!」「爆発しろチクショー!」と叫んだことはあるが、「あいつらそのうち結婚するのかなー」とか、タケシとこっそり話し合ってたこともあった。ご祝儀ってどうすんの? とか。

 そんな二人が、睨み合ってる。

 嘘だろ、なんでこんな――


「ちげえだろ!!!」


「タケシ?」

「次の暴露は僕の番だ!! 僕っ……僕本当は、恋のキューピッドなんだ!!」

「タケシ!?」

 急にどうした!?

「キューピッドとして恋愛に手を貸すより、見守る方が好きだったんだ……。100%成就する未来より、甘酸っぱい努力の方が尊く思えてさ。だから職務怠慢でクビになったんだが……」

「タケシ……」

 お前、昔から仕事運がなかったのか……。

「だから知ってんだよ、お前らのこと! お前らの恋、そんなもんじゃねェだろ!? 諦められねェんだろ!? 本気でLOVEってんだろーがよ!!」

「タケシ……!」

「敵対してたって過去よりさ。この広い宇宙の片隅で、互いに出会えた幸運、祝っていこうぜ」


……タケシ、いいこと言うじゃん……。


 タケシの言葉が響いたのだろうか。ミカは溜息を吐き、ヒロはバツが悪そうに後ろ頭を掻いた。

「かっこいいとこ、全部タケシに取られちまったな」

「なに言ってんの、ばか」

 ミカが微かに笑ったのに、ヒロもつられたように口角を緩めた。そして、ヒロはミカの手を取り、両手で優しく握りしめた。

「ミカ。俺とずっと一緒にいてくれないか? 俺、お前とならどこまでも行ける気がする。どこまでも一緒に行こう。……例え地球が滅んでも、俺がお前を守るから」

 ミカは頬を赤らめ、うつむき加減ではにかんだ。

「……うん」 

 地球は許してほしい。

 率直にそう思う俺の横で、タケシがおいおい男泣きをしている。涙声で何を言っているのかは分からないが、二人を祝していることは確かだろう。

 よっしゃ! ハッピーエンド! 完!!


「……みんな、見て! あと一駅みたい!」

 はっとしたミカの視線を追って窓の外を見ると、無人駅らしきものと駅名標が見えた。何が書いてあるかまでは分からなかったが……。

「そういえば僕達あと10分で死ぬんだったな! 忘れてたぜ!」

「タケシ……」

 気持ちは分かるけどさあ……。

「終わりが近いってことか。でも、清々しい気分だな」

「ふふ。私も、今までで一番気が楽だわ」

「ああ、お前らが結ばれるのも見れたことだしな!」

「タケシ……」

「ははは!」

 ミカ、ヒロ、タケシ。いい雰囲気じゃん。

「俺も、お前らと友達で良かったよ。改めてよろしくな!」

 うん。いい感じで締めた。

 つもりだったのに。


「よし。あとはお前の番だな!」


 はいヒロがいらんこと言った。

「い、いや、俺はいいよ。」

 ヒロこの野郎。完結の雰囲気だったじゃん。こんなの映画だったらエンディング曲流れて終わりのとこじゃん。

「なんだよ、お前だって一応話せることがあるんだろ?」

「こんなスゲー暴露のなかで、俺に何話せって言うんだよ!?」

「なんでもいいんだよ。気にすんな。僕らは友達。なんでも受け入れるさ」

「そうよ。例えあなたの正体が妖怪でも妖精でも……」

「俺は人間だ!!」

 そう、俺はフツーの人間だ。宇宙人、キューピッドときて、極々フツーの地球生まれの人間、大学生、男。

 なのにぶすぶすと刺さる、三人の無言の視線。期待感。ワクワク感。

 俺は溜息を吐いた。

「あのさ」

「うん」

「その、」

「うんうん」

「……俺、忍者なんだ」

「へー、すごーい」

「そういやお前の名字、伊賀だもんな」

「それは関係ないんだけど」

「あっ、そうなんだ」

「うん」

 忍者か。うん。かっこいー。人気あるよな。術とか使えんの? うん、火とか吹ける。つよーい。すげーじゃん。全然気付かなかった。うん、忍んでるから。なるほどな。うん……。

「……」

 なんかふわっとした空気になってしまった……。

 クソッ、だから言いたくなかったんだ! せめて最初に暴露しとけばよかった!

 だってこんな濃いメンバーが揃ってるとは思わないだろ、ふつう!

 忍者だって結構濃いのに! すごいのに!!

 俺が内心ぶつぶつ言っていると、タケシが笑った。

「忍者、宇宙人、キューピッド、か。はは、すげー奴らが揃ったな」

「なんかジャンルが偏り過ぎてるわ!」

「そういうこともあるだろ」

「確かに」

 納得が早い……。俺はまだ受け容れきれてないんだが。忍者はまあまあいるとしても、宇宙人とキューピッドって。まあ、この状況で疑うつもりはないが。

「ねえ」

 ミカがふと、俺達を見渡して笑った。


「これだけヤバいのが揃ってたら、なんだって出来そうな気がしない?」


「……」

 全員が、互いの顔を見た。

 なんとなく、本当になんとなーく、考えてることが同じな気がした。 

「……ちょっと聞くが、お前ら戦闘できるのか?」

「舐めるな。俺は■■■■だぞ? なあ、ミカ」

「■■■■の名において、私こそが最強よ」

 相変わらず二人が何言ってるか分からんが、すげー自信だ。

 戦闘力不明のキューピッドことタケシは、

「おいおい、この筋肉を見ろ。それに僕は愛の狩人。どんだけ難しい獲物と、長年向き合ってきたと思ってるんだ?」

「タケシ……」

 お前、職務サボってたんじゃなかったけ? まあいいや、筋肉だし。

「俺は忍者だから当然強い」

「お前実は結構忍者に誇り持ってるだろ」

「うるさい」

 ヒロはけらけら笑う。横でミカも笑っている。二人を無視して、俺は咳払いした。

「ともかく。俺達全員、戦えるってことだな?」

「これもお導きかしら」

「■■■■の?」

「違うわよ、もう!」

 とミカがヒロを小突いた。はいはい、いつものいつもの。

 タケシがその光景を見て、うんうん頷いてるのはいつもどおりじゃないけど。まあいいや。俺も今はそんな気分だし。


――そんな穏やかな空気のなかでも、時間はやっぱり有限で。

 やがてそのときは訪れる。


「…………おい、電車が、」

「分かってる」

 誰ともなく黙る。沈黙のなか、徐々に電車のスピードが落ちていく。外は相変わらず真っ暗で何も見えないが、その時が近づいてきているのは分かる。

 終着駅だ。

 そこで待つのは妖怪か神か、悪霊か怨霊か、それとも別のか。

「……宇宙人にキューピッドに忍者がいるんだ、何が待ち構えててもおかしくはないな」

「違いねぇ」

 かわす軽口。しかし全員が臨戦態勢。気づけばミカとヒロは謎のスーツに身を包み、タケシは羽が生えている。俺は上着を脱いだだけだ。忍者は常に戦いに備えている。これだけで十分だ。

 ごと、ごと、と電車が揺れ、そして、停まる。

 ミカとヒロは奇妙な形状の銃らしきものを両手に構える。タケシは小さく祈りを唱え、俺は術の印を手早く結ぶ。

 ぷしゅ、と音を立て、ドアが開く。ぞっとするような冷気が霧とともに忍び寄り、俺達の体を冷やす。

 だが、俺達のこの熱気を冷ますほどのものじゃない!


「いくぞ!!!」

「■■■■!!!」

「■■■■!!!」

「ラブアンドピース!!!」


 俺達の戦いはこれからだ!!!









「終わったな……」

「ああ。長い戦いだった……」

 山間に覗く朝日が目に眩しい。今日は綺麗に晴れるだろう。

「私達、勝ったのね……」

「ああ。若干オーバーキル気味だったな……」

 親玉や雑魚どころか、風景さえ変形させる勢いで有象無象をすり潰し、吹き飛ばし、全てを終え――気づけば俺達は、山の中にいた。

 血に塗れた惨劇のホーム、木っ端っ微塵に爆破された電車の残骸。全ては夢の中に消えたかのようだ。

「(いや、本当に夢だったのかもしれないな……)」

「どうした?」

「……いや、なんでもない」

 俺を振り返ったタケシの背中には、真っ白な羽が生えている。

「ちょっと飛んで、ここが何処か確認するから待ってろー」

「衛星に気を付けろよ!」

「キューピット舐めるなって」

 ははは。ヒロと笑いながらそんな会話をして、タケシは飛び上がっていた。あのマッチョな体で、軽々と。

 うん。夢のはずがないな。

「はあ。私の■■■■が壊れてなかったら良かったんだけど」

「■■■■の反動だろ? しかたないさ。……あの時のミカ、かっこよかったよ」

「それを言うならあの時、■■■■を仕掛けたヒロくんだってかっこよかったわ!」

「いやそれよりあの■■■■を発動させたミカの方が!」

……なんか色々言いたいことはあったが、今くらいはいいかと放っておいた。二人とも、いつの間にあの謎スーツ脱いだんだろ?

 空から帰ってきたタケシは、二人を見てうんうん頷く。なんか職人みたいだな……。

「『雨降って地固まる』だな」

「降ったのは血の雨だったけどな……」

「そう言うお前だってノリノリだったじゃないか」

「まあ、うん。まあ一応な」

 忍ばなくていい戦闘なんて初めてで、つい調子に乗ってしまった。

 忍者としては恥ずべき事なのであまり思い出したくはないが、正直かなり楽しかったです。はい。

(俺、戦闘狂の気があるのかもな。気をつけよ)

 タケシは、そこでやっと羽をしまった。羽は見る見るうちに縮んでいって、なんだか手品みたいだった。

「しかし、僕ら四人が旅行に出て、あんな電車に乗るなんて、すごい偶然だったな」

「そうだなー。お陰で誰も巻き込まずに済んだけど、すごい偶然――」

 と、言いかけて。

 ふと。


――海でも行こうぜ! 電車でものってさ!


 最初にそう言い出したのは、だったか。――金曜日の夜、俺ら四人だけが集まれた。その日を指定したのはだったか。

 俺は後ろを振り返る。

 そこにはもう何もない。木々が生い茂っているだけだ。早朝の爽やかな風が吹いて、昨夜の面影はその雰囲気さえ綺麗さっぱりなくなっている。

「ん、どうかしたの?」

「いや……」

 が、あるいはが、俺達を導いたのか。アレを退治させようとしたのか。それとも、アレの餌にしようとしたのか……?

 考えても分かるはずない。というか頭が回らない。だって徹夜だ。疲れた。眠い。早く宿に行きたい。忍者なので耐えられるが、耐えられても辛いのに変わりはない。

「あーお腹空いたー。けどそれよりねむーい」

「僕、風呂入ったら即寝るんでよろしく」

「タケシ、お前今日だけは風呂で寝るなよ。溺れるぞ」

 三人とも同じ状態らしい。

 俺は思わず笑ってしまった。


「宿着いたらとりあえず寝よーぜ。さすがに、こんなことはもう無いだろうしな!」


 徹夜明けで浮かれていた俺達は忘れていた。

 世の中には、フラグというものがあることを――。

 一災起これば二災起こる。朝あることは、晩にある――


「気が済むまでだらだらしようぜ!」

「応!」


――それから、四人揃ってやっと宿に辿り着いたとき。そこでもう一波乱起こることを、俺達はまだ知らない――

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死の終着駅まであと10分なので暴露大会する ばち公 @bachiko

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