第2話
なんか母さんが新しい夫を連れてきた。
母さんの隣の夫を見て最初に思ったのはそれだけだった。
おめでとうなんて言葉なんてないし、ただ不信感しか抱かなかった。
母さんから新しい夫について詳しく聞いてみれば、元々バスケをしていて、引退後はネット通販をしてるとかなんだとか。
最近じゃ母さんも丸くなり、妹にも笑顔が増えてきた時の話だ。
だからこそ、心配なのだ。新しい家族が増えて、妹の笑顔が減らないかどうかが。
母さんに怒鳴られて、眉根を伏せ、ずっと悲しげな顔をする妹の姿がやっと減ってきたのにも関わらず、それに気づきもしない母さんは新しい男を連れてきたのだ。
まぁ結果としてはバスケという趣味もあり、お義父さんと気があった妹の顔からは笑顔が減ることがなかったのだが。
小学6年の頃、俺は母さんの本質について大体のことを理解していた。
なぜ俺たちにだけ厳しいのか。なぜすぐ怒るのか。なぜ普通じゃないのか。
小さい頭ながらにも考え、そして自分なりの答えを出してみた。
母さんは、なぜか父さんのことを激しく嫌う。
それが故に、俺と妹のことを厳しく育てていたのだと思う。
それが故に、怒らなくなったのだと思う。
だから俺は色々と努力してみた。
母さんの機嫌を伺いながら、合間を縫って物事に取り組み、妹に標的が行かないように自分だけを目立たせて。
その結果、満足したのか母さんの顔には笑顔が増えた。母さんと妹が団欒になった。妹が望む家族になっていった。
……なのに、とある事件が我が家に訪れてしまった。
妹――沙耶はよく「おとうさんがいるってどんな感じなの?」と口にしていた。
小学3年生を過ぎてからは言わないようになったのだが、確実に沙耶は『おとうさん』という存在に憧れを抱いていた。
それが――その言葉が、あの事件に触れた俺の人生を地獄へと追いやったのだ。
本当に、ただ平凡な一日を過してる時だった。
好きなように小説を書いて、好きなように寝て、母さんの逆鱗を踏まないように勉強もして。
それなのに、母さんはリビングへと俺を呼び出した。
悲しげなオーラを身に纏いながら。
「お義父さんが……捕まったの……」
母さんが目を伏せながら言ってくるのに対し、ただ俺は呆然とすることしか出来なかった。
理由はネット通販での詐欺らしい。
母さんいわく、それまで荒稼ぎしていたお金で釈放するとのことだったが、そんなことはどうでもよかった。
妹の思い描く家族構成が、憧れていたおとうさんが、わずか2年で姿を消してしまったのだ。
笑顔で妹と接していたあの顔も、バスケをしていたあの姿も、全て嘘だったのかと。ただ呆然とすることしか出来なかった。
だから、思わず俺は嘘をついてしまったのだ。
妹に対し、「お義父さんどこ行ったの?」という質問に対し、嘘をついてしまったのだ。
「逮捕されたらしいけど冤罪だってさ。すぐに戻ってくるよ」
「つ、捕まったの?」
「らしいね。けど違う犯人が見つかったってさ」
執筆途中に見つけた嘘の言葉。
主人公が放つ本当の言葉。けれど、作者が放てば嘘の言葉。
ほっと息をつく沙耶の姿が酷く心を抉って、でも安心させれたという安心感に包まれて、ぐちゃぐちゃになって……。
本当に、自分のせいだと思う。
勝手に嘘をついて、勝手に沙耶のためになろうとして。
でも、許せなかった。あの母親が。あの義父さんが。妹以外の家族が。
俺は人よりも妹を大切にしている。いわばシスコンだ。
誰に何を言われようが、シスコンを笑われようが、俺はそれでいいと思った。
沙耶が笑うなら、それでいいと。
沙耶が幸せなら、それでいいと。
……なのに、追い討ちをかけるように母さんは口を滑らせたのだ。
何気ない顔で、刑務所からお義父さんが帰ってきて1週間が経った頃。
お義父さんの友人が来ると母さんに言われた。
釈放祝いだとかと思っていたのだが、よくよく聞いてみれば代理人の引き継ぎをしたからだとのこと。
父さんはどうやら、とあるバスケットチームの代理人をしていたらしく、その代理人を友人に引き継いだらしい。
逮捕歴がある以上、代理人としての立場が危うくなるからの選択だったらしいが、願わくばその選択をしてほしくなかった。
「――裕也が生まれたからよ?つまりできちゃった婚ってわけー」
お酒に飲まれた母さんの口から、そんな言葉が耳に届く。
茂生さんすらも目をパチくりさせるような、そんな言葉が静寂を作り出したのだ。
それに付け加え、俺の本当の父親である人に対して『元夫』という始末。
母さんからすれば『元』なのかもしれないが、それでも子どもの前でそれを口にするのはよくない。
そんなの、誰の親でもない俺ですら理解出来る。
なのにこの人は……。
ただひたすらに呆れが湧いてくる。
ずっとあったはずの呆れがさらに募る。
なんでこの人の子どもになったのだろう。
なんでこの人が母親なんだろう。
なんで俺はこの世に生を授かったのだろう。
なんで俺がこの親のために尽くさないといけないのだろう。
「そうなんだ。まぁでも、今の幸せな家庭が掴めてよかったんじゃね?」
思ってもいない言葉が出てくる。
この場の空気を読んで、母さんの機嫌を損なわないように。
……ほんと、この場に沙耶が居なくてよかった。
それだけの安堵が俺の心を癒してくれる。
自分でも分かるほどに傷ついているはずなのに、顔が前を向く。
この母親と義父が目の前にいるのに、笑顔を向けられる。
これからの人生は――いや、これからの人生も俺が沙耶のことを支えていかなければならない。
沙耶がこの家族を望むのならば、俺はずっと頑張り続ける。
義父と話すのが楽しいと言うのなら、俺はそこには入らない。
信じていない母さんのことも、沙耶が言うのなら信じてみる。
俺の中ではずっと、沙耶が1番なのだから。
「マイブラザー!元気かい?」
俺の聞き間違いかもしれない。
そう思うのは毎日のこと。
あの一件以来、何故か沙耶は俺に構うようになってきた。
自分で言うのもなんだが、俺と話してて楽しいことなんてなにひとつとしてない。
……はずなんだけど、部屋に突撃してくる沙耶の顔には満面の笑み。
これまでに見た事ないほどの笑み。
この笑顔を守ってきた兄からすれば嬉しいったらありゃしないんだが……何があったんだ?
「元気だぜ?マイシスター」
きっと、今の俺は苦笑を浮かべていると思う。
だって慣れないのだから。この沙耶に、あまりにも慣れれないのだから。
「最近の沙耶は随分と元気だね?」
「でしょ。案外元気なのも悪くないかなーってさ」
「な、なるほど……」
反抗期が終わっただけ……と思えばいいのだろうか?
そんな、複雑な心境で俺の人生は進む――いや、案外悪くないのかもしれない。
ブラコンになった妹と一緒に歩くのも。
たった18年の、ほんのひと時の人生 せにな @senina
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