第5話 撃退したが・・・・
「巡洋艦隊フロントは散開!迎撃続行のまま、衝突コースから退避せよ!」
巡洋艦隊隊長のアーキンソン大佐からの緊急通信が入った。
四隻の巡洋艦が艦隊中央部と、前方の敵との中間に入っている。俺たちのUNSエンデバー号、僚艦のエリクセン号、エクスモア号、エリューセラ号。
四隻は、コースを変更して、最大加速近くでそれぞれにミサイルの衝突コースから脇に避けた。
そして、すぐに変針すると驀進するミサイルをそれぞれのPDLC、近接防御レーザー砲群で砲撃しまくった。
ミサイルは前述したとおり、小型で使い捨ての核融合炉を搭載した宇宙艇なのだが、大型の軍艦と違って、ミサイルにはいささかの強化外殻も備わっていない。
そもそも、そんなものが備わっていたとすれば、それは核融合弾としては不良品なのだ。
何故ならば、核爆発にさえも強化外殻は何とか耐えてみせるからで、そんなものの中で爆発しても周辺に大きな影響は与えられない。
かてて加えて、その際に外殻は最悪の処理しがたいデブリとして残る事になる。これは条約違反に相当する行為だ。
加速は鈍る、威力は減る、条約には違反する。一つの利点もないのが外殻付きのミサイルである。
それゆえに、ミサイルにはチョットしたレーザー砲撃でも効果的なのである。
この頃のミサイルとは、軽く安くそこそこ省スペースで高加速、威力も大きいが脆い代物と相場が決まっていた。
牽制や頭を抑える為のアイテムには最適で、100メガトンの通常核爆発モードと、核爆発起爆時に超高出力のレーザーを発生させる爆装レーザーモードの二つが選べる。
爆装レーザーとは、20世紀後半にアメリカが計画していたスターウォーズ計画なる誇大妄想的軍事計画の副産物で、水爆を利用したレーザーを生成する狂気に満ちた軍事技術だ。
さすがに、巡洋艦や駆逐艦の主砲ですらも、砲側のチャンバーがぶち壊れても蒸発しても良いとまでは開き直れない訳で、無人宇宙艇そのものを破壊する勢いのエネルギーを有人の高価な軍艦で再現する事は不可能と断じるしかない。
イメージとしては20世紀中盤のSF小説レンズマンシリーズに出てくる砲塔使い捨て式熱線砲と同根で、この場合は砲身や砲塔どころか、宇宙艇全てを蒸発させて作り出す熱線である。
出力は大型軍艦の主砲と比べても段違いの代物なので、一発食らえば巨大な駆逐艦が受け止めたとしても非常に危険な代物である。
それより随分と小さな巡洋艦はいわんやおやだ。
それらに対抗する手段はないのか?いや、あるんだな。
駆逐艦6隻がほとんど同時に眩く発光し始めた。
艦隊の問題児である揚陸母艦カリガン号も同じく、巨大な船体に眩い光の傘を纏った。
あれはリフレクター、強力な電荷を帯びたアルミニウムの粉末を、特殊な磁場で成形して、レーザー等の光学兵器を反射して散乱させる防御壁の事だ。
巡洋艦にもこの装備は搭載されているが、普通は使う事はない。
この装備を使ったが最後、どんな欺瞞装置をフル稼働しようと、敵は絶対に標的を見失う事はなくなるのだから。
格闘戦で、地球の空で戦っていた戦闘機と同様の戦いを演じ、レーザー砲の度重なる被弾によって外殻に蓄積した熱量が赤外線の異常放射となり、最後には欺瞞むなしく位置を暴露するしかなくなるのが巡洋艦同士の戦いだが、駆逐艦以上の大型艦はその点開き直っている。
回避なんか無理だから、徹底的に打撃を受けきってやる。そんな信念でもあるかの様に、大型艦はリフレクターを多用する。
駆逐艦の様に、全体を分厚い外殻で覆っているならまだしも、揚陸母艦であるカリガン号は強化外殻を中央部の主船体には装備しているが、外部ブロックについては心もとない外殻しか装備されていない。
だから、覚悟を決めて撃ち落さないといけない。そう言う事だ。
巡洋艦には巡洋艦の、駆逐艦には駆逐艦の、揚陸母艦には揚陸母艦の戦い方があり、それが上手く行かなければ恐ろしい目に遭うしかないのだから。
PDLCは随分前に廃れてしまった機関砲の様にレーザーの光条を連続で吐き出した。
PDLCは、エンデバー号に搭載されているレーザー副砲と同じく、エネルギー
前世紀の半導体レーザーと同じ様に、一定のエネルギーを注入すると継続的なレーザー照射が可能な特殊クリスタルによって発生するX線レーザー砲である。
レーザー副砲と比べると出力は低く、継続的にレーザー照射が可能と言っても、それらは0.01秒間隔のパルスレーザーとして照射される。
威力はと言うと、ミサイル迎撃に関しては十分であるが、対艦攻撃力は皆無に等しい。
強化外殻に当たっても、貫通どころか表面より下の耐熱耐衝撃セラミックと超合金を積層焼結したトンデモナイ強度の外殻をどうこうできる道理がない。
対してレーザー副砲は本物の継続射撃が可能な本格的艦砲であるが、やはり強化外殻に何がどうできるかと言えば大した事はできない。
ただし、外殻に熱量の蓄積を行う能力は段違いだ。蓄積した熱量はやがて抑えきれない赤外線になって、軸線砲の照準が完璧に近くなる。
これが軸線ガンマレーザー砲なら、かすっただけでも強化外殻に大ダメージを与える事が可能なのだから。
巡洋艦、通常型でも偵察型でも同じだが、その外見は横から見ると鋭い三角形の羽根の様に、上から見れば鏃の様に強化外殻が張り出している。
これは、防御姿勢の際に、相手の攻撃を舷側で受けて、その鋭角的な装甲でレーザーの入射角を可能な限り調節して、レーザーが強化外殻で反射するように仕向けるためだ。
どんな出力だろうと、レーザー光線は所詮は光に過ぎない。入射角が浅いと跳ね返り、深く深く直角に近づくほどに危険な効果を発揮しやすくなる。
少なくとも一対一なら必ず入射角を浅くするように努力する。平たい上面は可能な限り狙わせないのが基本だ。
とにかく、直角に近い角度でレーザーを受ければ、反射なんか絶対に期待できない。それは副砲でも同じ、PDLCでも同じだ。
軸線砲の直撃を強化外殻の上部平面で貰えば、それは巡洋艦の終わりを意味する。少なくとも当たり所が良かったとしても、継戦は考える事すらできないだろう。ブリッジコアがぶち壊されないなら御の字と言うところだ。
その点、あの奇妙な巡洋艦は変わっている。
凄く細長く作られており、防御面では著しく劣っている様に見える。
あれは火星の連中が編み出した戦術体系のある意味究極の軍艦なのだろうが、少なくとも地球ではあの手の軍艦は開発も製造もされなかったのだ。
「前衛部隊ダッシュ!側面部隊の内、奇数の艦はユニットを500キロ前進配置、偶数の艦は側面に1000キロ拡がれ。ピケット隊、偶数は側面部隊の外周に遷移。」アーキンソン大佐からの指令だ。
俺たちに前方の巡洋艦を追い払えと命じている。側面の防御も手抜きするつもりはないようだ。
「ジェイ、行くぞ。全ての兵装の使用を自由とする。お前の判断で撃て。」オレンジ色の虹彩が俺をねめつける。
「了解。」と短く答えて、俺は武器システムを起動し、デコイの設定を変更した。
デコイは巡洋艦の外に射出されるが、自分で航走できる仕掛けではない。
ワイアなり、電磁力なりによる拘束の下で、様々な妨害を仕掛けさせつつ軍艦の近くを飛び回らせる事で軍艦の位置を欺瞞する役目を果たしている。
数センチ外れたらレーザーは無効なのだから、デコイが大活躍してくれたら、我らがUNSエンデバーは安泰と言う事だ。何事もそんなに上手くは行かないが。
火星の艦隊の戦術は基本的に、近距離からの巡洋艦本体の砲撃よりも、巡洋艦が射出する遠距離からの投射物、例えばミサイル、例えばレールガンの砲弾によって俺たちを痛めつけ、弱ったところで各個撃破を試みると言う戦術を多用してくる。
一隻でも多くの軍艦に被害を与えて、相互協力フォーメーションに隙間を生じさせてから攻撃すると言う方法だ。
これが第一次火星近傍の戦いでは大いに戦果を挙げたのは記憶に新しい。
その戦いは、いきなり奇襲を受けた国際連合評議会が、無理やり火星に戦線を押し戻し、地球圏への直接攻撃を中止させようと画策し、遠征のための戦力をかき集めて、火星艦隊にプレッシャーを掛けようとした。
地球側は巡洋艦隊70隻近くを動員して、それらはものの3日で火星に到着した。
その後の地球艦隊は、後続の補給物資を抱えた高速輸送艦(これもA型巡洋艦の改造輸送船だった)が来るまで、それこそ戦線を死守したのだった。
地球の巡洋艦は圧倒多数の火星艦隊を拘束して、死に物狂いで戦った。
開戦の初期にミサイルを撃ち尽くした地球の巡洋艦は、その後一週間の間、70隻の地球艦隊が50隻程に討ち減らされるまで粘った。
火星艦隊の戦術は非情の一言だった。戦術艦と呼ばれる、2000トン程度の小型軍艦にミサイルを満載した代物を200隻程度も動員した。
それらの戦術艦は、大した加速も出せない低加速軍艦であり、軽装の強化外殻しか備えていなかった。
大勢の低加速しか対応していない宇宙戦士が多分数百名程も命を失ったが、彼ら彼女らの犠牲で30名程の地球側の高加速に適応した宇宙戦士が乗艦と運命を共にしたのだった。
この交換がどちらに有利だったとは考えるまい。
俺は一応士官と言う事になっているが、頭の構造は飽くまでも一兵卒だったのだから。
人命のやり取りでどちらが有利、不利とかを考え始めると・・・多分ンドロウワ特務少佐の様な人間?になってしまうだろうから。
「敵弾あり!」俺はセンサーの警報が伝わるより先に、操縦士である少佐に警告した。
あの鉛筆みたいに細い巡洋艦が電圧を下げたのを感知したからだ。
つまり、あの巡洋艦の船体に沿って設けられた電磁加速カタパルトが、ミサイルか砲弾かはわからないが、こちらに向けて飛ばしたと言う事だ。
確かに何か、おぼろげな影が多数、俺達のエンデバー号ではなく、他の船への投射物がある事を感じた。
センサーが情報をまとめ上げて出力して来る。
量子ネットワーク内での加速された思考が、0.001秒単位で様々な評価を投げて来る。
どう行動するかは、価値判断が可能な人間が最終的に決定する。
あれは砲弾だと俺は理解した。しかも8発で速度は0.08光速、多分だが昇華プラズマを充填された、質量から見て203ミリの砲弾だろう。
俺たちのエンデバーが搭載しているレールガンが、2連装の127ミリ砲弾で、弾速0.02光速、爆発力がTNT換算すれば15メガトン相当の破壊力だから、それよりも4倍の重量で4倍の速度で4倍の弾数で放たれる203ミリ砲弾ならば直撃すれば駆逐艦でも一撃撃破できる事だろう。(一発当たりの破壊力が64倍で弾数が更に4倍とは恐れ入るしかない。)
だが、駆逐艦だって黙って撃たれてくれる的ではないし、強力な電磁加速カタパルトは相手の細長い巡洋艦だけの専売特許ではない。
ずんぐりした円筒形に近い形の500メートル以上の巨体の駆逐艦が備えている代物は、連中の使うカタパルトに全くもって劣った性能ではなかった。
報復として6隻の駆逐艦から更に20発のミサイルと、80発の砲弾が撃ち込まれ、それを境にいっそ鮮やかな程に火星艦隊は2組がバラバラの方向に向かって、多分最大加速ではないだろう60G程の高加速で遁走を始めたのだ。
俺たちの前衛部隊のダッシュは、見事に空振りとなった。
けれど、まあそれは仕方ない事だろう。俺たちの任務は、連中の撃退であって、撃滅ではなかったのだから。
やがて、敵艦隊を追尾できないと悟ったミサイルと砲弾の弾頭が自爆の指令を発し、その後は俺たちの進む軌道には静けさが戻って来た。
「ふん・・・。あれが火星風の挨拶なんだろうな。さあ、今回はこれでお開きだ。君の当直時間までゆっくり休んで欲しい。ただし、編隊長からの許しがあるまでは宇宙服は着用したままだ。」ンドロウワ特務少佐の愛想の欠片もない指示に、俺は従った。
しかし、見事に連中は俺たちの進路を掴んでいた訳だ。
鐘や太鼓を叩きながらのゆっくりした行進なのだから、当然と言えば当然なのだろうが。
また来るな・・・と言う確信に満ちた予感と共に、俺は量子ネットワークからログアウトした。
SF未来戦記 アルマゲドン・レスキュー 小川桂弘 @linkyou
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