第4話 20000 thousant miles from earth!

 ヘルメットを被って耐加速シェルの中に入った。

 そこはブリッジの中ではないが、一応戦闘配置になっている場所だった。


 現在のブリッジ当直は俺の直属の上司であるンドロウワ特務少佐だ。

 俺たちは12時間交代で当直をローテしている。


 俺たちの座上している巡洋艦はE型巡洋艦、つまり最新型の通常型巡洋艦UNSエンデバー号だ。


 巡洋艦は大きく分けて二つに分類される。


 一つは通常型巡洋艦。

 C型以降に定められた通常型巡洋艦とは、艦の全部に小型の核融合炉と軸線砲と呼ばれる大型兵装を搭載した巡洋艦の事で、だんだん大型化が進み、現在では全長130メートル、重量は13000トン程に増加している。


 主な兵装は軸線砲のガンマ線レーザーで、その他の兵装もレーザー副砲、レールガン、PDLCと呼ばれる近接防空レーザー群を標準装備している。


 以前の巡洋艦は核融合炉の大電力で駆動されるアーク放電装置を多くの軍艦が装備していたが、C型以降の巡洋艦が採用したセラミック焼成装甲外殻を両軍の巡洋艦が装備し始めると、ほぼ全ての軍艦がガンマ線レーザー砲を装備するようになった。


 理由は簡単で、アーク放電装置から噴き出す電撃は、ほぼ全てが通常の物理法則に従って、金属の表面を流れ走ってしまい、金属とセラミックの焼成装甲の内部を走ってダメージを与える事が無くなってしまったからだ。(それでも何発も直撃すると外殻は衝撃で砕けてしまうが。)


 古い時代の金属製軍艦は、ちょっとした新装備で異常な頑強さを獲得してしまい、今では退役していないB型巡洋艦(A型程には改造の余地のない本格的軍艦だった)のほとんどは地球の軌道上から地上に向けてアーク放電を放って、農家の生産を援ける平和な存在に変化してしまった。


 オプションとして装備しているミサイルは、言ってみれば小型の使い捨て宇宙艇である。

 航宙軍艦みたいに何十年も運転可能な核融合炉ではなく、精々10分程度しか遮閉磁場が機能しない代物を搭載し、数百Gの圧倒的加速と目を疑う程の機動性を発揮する恐怖のスズメバチなのだ。


 この時代の軍艦の兵装は、軍艦から発射された全ての武器がレーザーの様に減衰してしまうか、莫大なエネルギーを放って爆発して消し飛んでしまう様に設計されている。

 デブリをそのままにするような破片兵器など、どこの誰が使っても必ず死の制裁が待っている。


 ”熱核兵器は可能でも、破片兵器は不可能”

 これが22世紀中盤のスタンダードなのだ。


 さて、そんなスタンダードを守りながらも、人道とか人命には至極無関心な何かが俺たちに迫っているのだろう。勘弁して欲しいよ。


 遠い遠い、地球から36万キロ、火星まで40万キロ近くの軌道にやって来た脅威。

 それは何なのだろう?


「ジェイ。」声が聞こえる。

「はい、特務少佐。」俺も答える。


 俺たちは巡洋艦のブリッジコアと、脱出艇に連結された個室キャビン→耐加速シェルの二か所に分かれている。

 しかし、俺はンドロウワ特務少佐の顔と姿を目視している。


 いや・・・正確には目で見てはいない。

 量子コンピューターを経由して、俺たちは言ってみればテレパシーで話をしているのだ。


 魔法の世界からやって来た、21世紀の大発明である量子コンピューター。

 それは、21世紀に発明された不細工なプリント基板やら何やらのケッタイなデコレーションあるいはオブジェの様な代物ではなく、現在では全部が通電していない固体内部での静電状態で駆動する全体が演算素子であり、メモリであり、CPUでもある意味不明な代物。


 それでもなお、コンピューターと呼ばれる一塊の構造物として鎮座している。


 静電状態で動作する電子機器とは一体なんぞや?と俺程度の知識の持ち主は思うのだが。

 しかし、偉い人たちはそんなものを作り出した。

 原理的な矛盾など、進歩した科学技術ならば何とでも実現できるのだろう。


 お手上げ、わからない何かに白旗を掲げて何が悪いのか。わからんものはわからんのだ。

 とにかく、この魔法の量子コンピューターとやらは、俺たち人間の固有のソフトウェアパターンを全て理解して、他の誰かのソフトウェアパターンとのバイパスを作ってくれるのだ。


 それによって、俺たちは量子コンピューター経由でテレパシーもどきを使う事ができる。

 そのテレパシーに映るンドロウワ特務少佐は、これ程の陰気さはないと思える程に陰気な表情でこちらをねめつけており、立ち姿も見事に広く逞しい背中を見せている。


 振り返った顔は、死神を想起させる様な、不吉なまでの彫りの深さと漆黒の肌であり、眼窩から覗くオレンジの双眸は到底現世の住民とは思えないものがあった。


 言っておくが、俺は彼の腕前については全くもって脱帽する程に信頼している。

 俺は砲術についてはかなりの自信を持っているし、操縦も上手いと言って問題ないだろうと自惚れている。


 だが、ンドロウワ特務少佐の操縦の腕には到底及ぶまいと舌を巻いている。

 訓練の際の挙動も凄いと思うが、ここ数回の火星からの妨害工作についても、驚くべき手際で片付けている。


 最初は半月前、地球圏発進直後に襲ってきたミサイル砲架だった。


 単なるキャニスター型のミサイル搭載ケースで、何をどうやってあの位置に敷設できたのか、今もって俺には理解できないのだが、連中はやり遂げた。

 多分、かなり近い位置に牽引してきた巡洋艦が数隻したのだろうが、それを俺たちは探知できていない。


 インパルスドライブとは、本当に良くできたエンジンで、ほとんど全ての反動をチャンバー内の作用で完結させてしまう。

 後に残るイオン噴流は極わずかなもので、遠距離からの探知はほぼ不可能。発光なんか、地球の河川で飛んでいるホタルの一群が放つ光とそんなに変化ない代物だ。


 大昔に作成されたEMエンジンと言う代物もそうだったらしいが、俺程度の頭ではその動作原理への理解は難しい。

 とにかく、その世紀の大発明のせいで、火星の宇宙海軍はあちらこちらで蠢動している訳だ。


 発明者は最善を尽くしたのだろうが、俺たちがこんな苦労をする破目になると想像して作ったのかよ。

 と、普段から散々インパルスドライブにお世話になっている俺は、とっても恩知らずな事を考える訳だ。


 そんな策動を例えばレーダーとかで捉えられないのか?

 と言う、極々真っ当な疑問も出る事だろう。


 けれど、そのレーダーなのだが、照射装置の前に人間がいれば、瞬間で粉微塵に粉砕できるだけの出力を備えたレーダーでも、照射した電磁波が対象に当たってから、今度はこちらの受信装置に十分な反射があってこそ”何か”の存在に気が付く事ができる。

 しかし、それがちょっとしたステルス技術で隠蔽されているだけでも、至近距離とさえ言える1光秒先の”何か”であっても探知は格段に難易度が跳ね上がる。


 現在のレーダーは非常に頼りにならないと言う事だ・・・。


 更に悪い事がある。これはレーダー開発当時からあった問題だが、レーダーによって電磁波を照射すると、下手をすると相手を見付ける前に自分が見付かってしまうと言う問題だ。

 これでは何の為に警戒しているのかわからなくなってしまう。


 対する相手、火星のイタチどもはと言うと、俺たち小ネズミの群れをジッと電波望遠鏡やら何やらで観測し続けて、ありとあらゆる嫌がらせを企み放題と言う事だ。


 ほら、だから俺たちはこんなにチンタラと、マッハ50程度の速度で進軍している訳なんだ。

 何度も何度も進路を変更して、加減速を繰り返して、それで連中の軌道爆雷を何度もやり過ごしたり、障害物を掃除したりを繰り返している。


 効果の程はと言うと、俺たちよりも内側、つまり地球に近い軌道で何度も昇華プラズマの爆発を観測しているから、それなりの効果はあったと考えて良いだろう。


 前にも言ったが、惑星間戦争ではデブリの残る武器使用はご法度だ。

 加えて、運動エネルギー兵器による惑星間の無差別爆撃も同様なのだ。

 1年前の開戦直後に地球と火星でそう言う取り決めがなされた。今のところ、両方ともその取り決めを守っている。


 ああ、詳細を知りたいならば”惑星間戦争法規”で検索して見れば良い。2149年のUN法規データベースに明記されているから。


 では、今回の妨害工作の詳細はと言うと・・・。


「ピケットチームが艦隊の軌道近くに正体不明の何かを探知した。現在確認中だ。一度ログアウトして、宇宙服に着替えたまえ。」と少佐は腰に手を当てた姿勢のままで振り向きもしない。


「了解・・・。」俺は短く返答して、量子ネットワークからログアウトした。

 キャビンスーツを脱ぎ捨てて、物品の固定を確認し、備え付けの宇宙服に着替えた。


 宇宙服と言っても、そうそうキャビンスーツと違わない代物だが、この宇宙服とは耐加速シェルに入った際に、内部を呼吸可能な液体で満たし、高加速の荷重を軽減してくれる優れモノだ。

 ただし、外骨格装甲とは違い、直接的な打撃等にはほぼ何の抵抗力もない。


 この宇宙で最も致命的な何かは爆発や高熱ではなく、絶対零度の真空でもない。

 加速度だ。加速度こそが、現行の宇宙戦闘での最も危険な要因なのだ。


 昔、生身の人間で、耐加速シェルも使わずに70Gの加速に耐えた例があるらしいが、そんな人間がこの世に存在しているとは信じられない。

 すぐに着替えて再び耐加速シェルに潜り込んだ。


 そこは今度は先ほどまでの秒漠たる砂の大地みたいな広場から、コックピットライクな機械の座席に変わっていた。いよいよ、ンドロウワ特務少佐も臨戦態勢と言う事なのだろう。

 量子ネットワーク内のレイアウトは、基本艦長が勝手に決定できる様になっている。


 この場合、古いジェット戦闘機のコックピットに似たレイアウトとなっているが、きっと巡洋艦戦隊の隊長であるアーキンソン大佐のネットワークレイアウトは、彼の祖国で起きた南北戦争当時の竜騎兵よろしく、馬上でバンバンとカービン銃をぶっ放しながら戦い、突撃の際にはサーベルを抜いて駆け出す様な風景を設定しているのだろう。(本人に聞いた事は無いが。)


 ピケット部隊に属するギリシア人の少女エーリンナなんかだと、故郷のブドウ園や高い樹の下の柔らかい草の褥に、亜麻布の服を着て、裸足で座り込んでいるレイアウトかも知れない。


 何にせよ、お互い好きなやり方でやるべき事を熟していれば文句は誰も言わないのだ。

 そして、ンドロウワ特務少佐は現状の説明を始めた。


「ピケット隊の報告では、火星遊撃隊の軍艦が複数確認されたそうだ。今回は単なるスネアトラップじゃない。本格的な襲撃の可能性がある。」彼は目を細めて言った。


「相手がそう来たと言う事は、チャンと本気だと言う事だろう。前に居る連中だけじゃなくて、周囲には息を潜めてるお友達もたくさん居るんじゃないか?私はそう思っている。」


「編隊長にはその旨を意見具申しましたか?」と俺もこの場合は敬語で返す。

「したさ。だから、艦隊中央から駆逐艦隊はそれ程離れないだろう。」と少佐。

 見ている間にも、ピケット隊の偵察巡洋艦がフワリと位置を変えて周辺に広がって行く。


 直衛部隊の6隻の駆逐艦もカリガン号を中心にそれぞれの配置に遷移して行く。


「敵影見ゆ!」偵察巡洋艦シャープネスのオカフェ中尉からの連絡が入った。

「同じく敵艦発見」これも偵察巡洋艦スイフトシュアのエーリンナ中尉。

 軌道前方の左右に砲架を切り離した巡洋艦らしき艦影が見える。


 砲架は巡洋艦に比べてステルス性が大幅に劣っている。今や遠慮なしに発信されるレーダーの電磁波に反射して、俺には強い光を放っている様に見えた。


 対する巡洋艦は、周辺をうろつくデコイの発する強烈な変調電磁パルスや、光学的な欺瞞情報で位置が正確にはわからない。

 もっと接近して光学探査が欺瞞に満ちた投影を貫くか、レーザーで炙ってどうにもならない程の赤外線を船体に帯びさせるかしないと”よく見えない”のだ。


 レーザー砲は撃てば当たる兵器ではない。

 徹底的に収束させたレーザーは、当たれば強化外殻であってもぶち壊す破壊力を持ってはいるが、数センチそれただけでノーダメージになる困った代物でもある。


 だから、宇宙戦闘では、もっと乱暴で質の悪い兵器がたくさん用いられる。


 ほら、駆逐艦からミサイルが射出された。6隻で合計120発。

 駆逐艦、それは出現当初は小型の水雷艇と呼ばれる、大型の戦艦でも直撃を与えれば食ってしまえる小癪な小船を追い散らし破壊する軍艦の事をそう呼んだ。

 時代が進み、駆逐艦は海上艦隊のワークホースであり、一撃で大型軍艦を撃破できる魚雷で戦い、防空や対潜水艦戦闘で走り回る軍艦に発展した。

 そして、それらは巡洋艦よりも小型の艦艇を指す言葉であったのだが、宇宙時代ではその差は圧倒的に逆転した。


 まさにデストロイヤーの名前のとおり。加速は20G程と巡洋艦や高速補助艦の一部に比べてすら鈍重だが、50万トンに及ぶ円筒形の巨体は分厚い強化外殻に覆われて難攻不落。


 そして火力は巡洋艦の軸線砲クラスの巨砲を4基も備えており、ミサイルの搭載数は200発を超える桁違いと言うか、こんなものが何か必要なのかと思ってしまう程に狂った様なモンスターである。


 実際、駆逐艦の艦名には神話のモンスターの名前が冠せられている。

 全てを破壊する天翔けるモンスターなのだ。

 しかし、こんな代物ですらも無敵不死身ではないのが、諸行無常のこの世の中と言うモノなのだ。


 一年前の第一回目の火星艦隊との闘いでは喪失はなかったが、火星本土強襲の際に駆逐艦「メデューサ」と「フォービ」が失われている。


 火星の連中を甘く見ていたと言うのは簡単だが、地球から派遣されていた行政官たちが揃いも揃って見逃す程に、火星共和国の設立者たちは慎重に本土防衛用の対軌道兵器を充実させていたのだ。

 なにしろ、火星の大気圏は本当に希薄なのだから。狙いは甘くなっても対軌道兵器の威力はそれ程減少しなかったようだ。精密爆撃の為に2000キロ程度の軌道まで接近していた駆逐艦隊は大変な事態に直面したのだ。


 地球の統治を共同で行っている国際連合(UN)の軍事指導者たちは、想定していたよりも遥かに強力で、目を疑う程の数量が配置された対軌道兵器の滅多打ちで自慢の駆逐艦が撃破される様を見て、いろいろと考えるようになったらしい。


 その後は痛み分けと言った風に双方が兵を引き、本格的な交渉が行われたのだ。

 そして、今回が二度目の火星遠征となるのだが、一回目と違って慎重の上にも慎重に行われている闘いに、俺みたいな男は辛抱をするのが辛くなりつつある。


 だから、ドンパチが発生するのはむしろ歓迎と言った感じだ。


 しかし、そんな上っついた気分も、駆逐艦のミサイル弾着の直前までだった。

 そこそこの広がりでどの方向に逃げても追尾できるように散布させたミサイル。

 それらの起爆直前に火星軍の巡洋艦は動いた。


 レールガン起動時のものと思しき高電圧が探知された。

 その電圧と観測された電磁場の強さは、E型巡洋艦が艦首に装備しているメインのレールガンとは比較にならないものだった。


 あの時の電磁加速砲艦だな。俺にはピンと来た。


 タイマンなら全然問題のない相手だが、あれが巡洋艦とペアになったら・・・。

 相手が手練れならば結構ヤバイ。


 そう思う間に、光速の10%程度まで瞬間的に加速された砲弾が飛んで来た。

 と見るや、昇華プラズマの作用で燃え上がる炎の壁が、凄まじい発光を伴った膨大な熱量の雲がミサイルの半数ほどを絡めとり起爆する事無く焼き尽くした。


 四分の一の30発が100メガトンの通常融合弾として爆発し、残りのミサイルはシーカーを幻惑されて起爆せずに標的を再確認しようと旋回する。


 それらすべてが起きる0.5秒程前に、キャニスター型の砲架20基から、180発のミサイルが飛び出し、200G以上の加速で21万キロ程離れた艦隊中心部に向かって突き進んで行った。

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