リストラされたらキャリアウーマンのペットにされた
九戸政景
本文
「はあ……これからどうしよ」
夕暮れ時、誰もいない公園でブランコをこぎながら俺は呟いた。
まだ若いからと思っていたが、リストラの憂き目にあうとやはり辛い。今後への希望すら潰えたように思えてしまう。住んでいたのも社宅なのでもう家すらないのだからそれは当然だろう。
「……実家に帰るのもなんか負けだしな」
小さな自分の大きなプライドが邪魔をしているのはわかっているが、それに逆らえる程自分は強くない。
「本当にどうしたら……」
「ちょっと、そこのあなた」
「え?」
顔を上げるとそこには美人がいた。髪を後ろで一つにまとめた涼やかな目元のメガネの美人は冷たそうな雰囲気と同じ目で俺を見ており、黒いレディースのスーツを押し上げるような大きな胸とキュッとした尻、それでいて腰の辺りもくびれているというナイスバディだった。
「あ、あの……あなたは?」
「
「猫山……伊武です……」
「そう。スーツなのにブランコに座ってたら汚れちゃうわよ? それだけ言いたかったんだけど……なんだか理由がありそうね」
「実は……」
主原さんに俺は理由を話した。冷たい雰囲気の人だと思っていたけれど、主原さんは意外としっかりと話を聞いてくれ、話が終わると俺の手をいきなり握り始めた。
「え?」
「あなた、ちょっとついてきて」
「ど、どこへ……?」
「私の家。ほら、早く」
「え……ちょ、ちょっと……!?」
俺は主原さんに引っ張られるままに歩き始めた。着いてみるとそこは高級そうな高層マンションであり、その場違いな雰囲気に俺は今すぐにでも帰りたくなった。帰る場所もないけれど。
そしてエントランスを通って222号室のドアを主原さんが開けると、そこは意外な事になっていた。
「き、きたな──」
ぐちゃっとした玄関を見て出かけた言葉をどうにかするために慌てて口を塞ぐ。主原さんに怒鳴られると思ってそちらを見ると、主原さんは笑みを浮かべていた。
「良いのよ、真実だから」
「これは一体……」
「私、仕事は出来るんだけど、家事がどうも出来ないのよ。特に片付けってやつが」
「は、はあ……」
「その結果、こんな事になるし、それを知ってる家族からは家事の出来る恋人を作れなんて言われるけれど、結婚願望もないから面倒なの。そこであなたに聞きたいんだけど、あなたは家事は出来る方?」
「え? ええ、まあ」
実家にいた時は料理や掃除、洗濯はよくやっていたし、散らかし放題な妹の部屋を代わりに片付ける事も少なくなかった。
「そう、それは助かるわ」
「助かる?」
「ええ。あなた、私に飼われる気はない?」
「か、飼われる!?」
一瞬いけない想像をしそうになってしまった。けれど、ナイスバディなキャリアウーマン風の女性に飼われるならそれはそれでありかとも思ってしまう。
「まあ言い方は悪かったけど、ウチに住みながら家事手伝いとして雇われないかって話よ。あなた、社宅も追い出されたなら家もないだろうし、仕事もないわけでしょ?」
「そうですね……」
「でも、ここにいて家事をしながら在宅ワーク出来る会社を探せばいいし、私も住み込みで家事をやってくれる相手がいてその人を同棲相手といえば家族にも言い訳ができる。どう? 悪い考えではないでしょ?」
「たしかにそうですけど、本当に俺なんかで良いんですか? さっき会ったばかりの男をそこまで信用して良いんですか?」
俺は不安になりながら聞く。すると、主原さんは俺に顔を近づける。その綺麗な顔の中心にある鼻先が触れた瞬間、優しく主原さんは微笑んだ。
「良いのよ、あなたは信頼出来そうだと思ったから。それに……」
「それに?」
主原さんは少し恥ずかしそうに目をそらした。
「あ、あなたが捨てられた猫ちゃんみたいに見えて放っておけなかったというか……」
「もしかして猫好きですか?」
「わ、悪い!?」
「悪くないですよ。俺も猫は好きですし、携帯の待ち受けは実家の猫ですし」
「ね、猫ちゃん……」
主原さんがプルプルとし始める。それを見てウチの猫が見たいんだなとすぐにわかった。
「……見ます?」
「見るわ。でもその前に返事を聞かせてほしいわ」
「そんなの決まってますよ」
俺は主原さんを見ながら笑みを浮かべ、その手を握った。
「これからよろしくお願いします、主原さん」
「こちらこそ、よろしくね。猫山君」
「はい。あ、呼び方はご主人様の方がいいですか?」
「だから、さっきのは言い方が悪かったって言ったでしょ? もう……」
主原さんは困ったように笑う。そして同じように笑った後、俺は早速料理や片付けをするために動き始めた。大切な飼い主様の生活を守るために。
リストラされたらキャリアウーマンのペットにされた 九戸政景 @2012712
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