お風呂ギライの御府炉木らいは異世界でも風呂スキップをカマス。

トリニク

第1話 俺の名前は御府炉木らい

俺の髪は照り輝いている。

リンスやグリースによるものではない。

頭皮の皮脂によるものだ。

それはいわば,汗と涙の結晶─俺が髪を洗わないという選択を取り続けた賜物だ。

この身体の黒ずんだ垢や獣臭いにおいもそうだ。

これらの遺物は一朝一夕で手に入れられる代物ではない。


その汗と涙の結晶─主に汗の結晶を捨て去ることなど俺にはできない。

積み重ねてきた過去をなかったことにすることなど,俺にはできない。。。


俺は,過去の自分を否定したくない。

過去を背負って生きていきたい。

過去を受け入れ,肯定し,今と向き合い,未来へと歩み続けていきたい。

だから,だから俺は…!!



「俺は決して,風呂には入らない…!!」


バサァッ!!


「うるせぇ入れ!!くせぇんだよっ!!!」


「ぐぁあッ!!」


むりやり掛け布団を剥がされ,僕は悪の攻撃を受けたスーパー戦隊のような悲鳴を上げる。


「ひどい,ひどいよマッマ!無理やり布団を引っぺがすだなんて!」


「被害者ズラしてんじゃないよこの臭い爆弾ッ!いい加減さっさと風呂入んな!」


実の息子を「臭い爆弾」呼ばわりとは,僕のマッマには人の心がないのだろうか…。


「だいたい,何でいまさら無理やりお風呂に入れようとするんだよ。半年近く風呂に入ってなかったけど,今まで何も言ってこなかったじゃないか。」


「我慢の限界が来たからに決まってんだろッ!よくもまぁ半年も身体を洗わず過ごせたもんだよ。ばっちぃばっちぃ。ただでさえ引きこもりなんだ。せめて身だしなみくらいはちゃんとしておくれよ!」


「ぐぐッ…。はぁ,分かったよ。」


俺は観念したようにそう呟くと,むくりと起き上がり,よじよじとベッドから這い出る。そして,


「でもその前に,ちょっと走ってくる!」


そう言い残して俺は,母の脇を颯爽と通り抜け,子供部屋を後にするのだった。


「あっ,待ちなさい!らい!らいっ!!」







自己紹介が遅れたな。

俺の名前は御府炉木らい。

その名の通りお風呂ギライの高校二年生だ。

ひょんなことから引きこもりになったが,そのわけは聞かないでくれ。

引きこもりになってからこの方お風呂にも一切入っていない。


理由は単純,面倒くさいからだ。

だってそうだろう?お風呂に入ると20分近く時間が削れるんだぜ?

それだけの時間があれば3試合はスマブラができる。

時間の無駄でしかない。

プロの引きこもりはタイパを重視するのだ。

…まぁ,タイパを重視しても,やることは特にないんだけどな。


「適当に時間つぶして,母さんが寝た頃あいになったら帰るかな。」

そんな独り言をつぶやきながら,俺は一人,夜道を歩いている。


人っ子一人いない夜の世界。

大通りから離れた場所を歩いているため,車も滅多に通らない。


まぁるい月が見守る星空の下。

吹き抜ける夜風が心地よく,

ぼんやりとした街灯の光が進む方向を柔らかく照らしてくれている。


いいなぁ,夜って。


しみじみとそんなことを思いながら,俺は穏やかな気分で周りを見ながら歩いていく。


「ーるぷ…」


「ん?」


急にしわがれた声が聞こえ,何事かと視線を向ける。


見ると,少し先の溝の近くで人が倒れていた。


「へーるぷ…。」


老人だ。

セーラー服を着た老人だ。


うつ伏せに倒れているセーラー服を着た老人が,しわがれた声でへーるぷと助けを求めている。


怖い。普通に怖い。

まともな老人はセーラー服なんて着ないし,人に助けを求める時に「へるぷ」なんて言葉使わない。

夜という状況も相まって,得体が知れなさ過ぎて怖い。

関わったら面倒事に巻き込まれる可能性大である。



(よし,無視しよう。…いや,)



俺は刹那に生じた関わりたくないという欲求を抑え,意を決して,その老人へと近づいていく。


なぜ,無視して通り過ぎなかったかって?


俺にはモットーがあるからだ。



『身体は汚くとも,心は誰よりも綺麗であれ。』

          by. 御府炉木らい


というモットーが。


あのセーラー服を着た老人は今,助けを求めている。

見た目は変だし絶対に変人だが,助けを求めている以上救いの手を差し伸べるのが心の美しい人間ってもんだ。


俺は風呂に入っていない。

俺の身体は汚い。

だからこそ,俺は誰よりも心の綺麗な人間でありたいのだ。


「大丈夫か?爺さん。」


俺は倒れている老人の側に屈み,声を掛ける。


「…お,…お」


老人は面を伏せたまま,ぷるぷる震える手を俺の方に伸ばしてくる。

その行動はまるで,何日間もご飯にありつけていない浮浪者のようだ。


もしかしたら,命にかかわるような何かを目の前の老人は患っているのかもしれない。


その時の俺からは既に怖いという感情は跡形もなく消え去っており,ただただ目の前の老人を心配する俺がいた。


「…なぁ,どこか具合が悪いのか?立てるか?」


俺は爺さん手を握り,語り掛けた。それが間違いだった。


突然,目の前の爺さんが俺の手を握り返し,引っ張って俺の身体を引き寄せたのだ。


その力強さは,とても死にそうな老人のものではなかった。

老人は既に面を上げていて,その顔は不気味な程にんまりしていた。


「おめでとう。お前が勇者だ。」


老人の顔が風船のように一気に膨らみ,老人は大きく口を開ける。

俺は驚く暇も,抵抗する余裕もなく,その口の中に頭から入る形となり,そのまま老人に丸のみにされるのだった。




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お風呂ギライの御府炉木らいは異世界でも風呂スキップをカマス。 トリニク @tori29daisuki

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