1 劫火に焼けし戦塵

―同日、同室にて―



「———…以上が任務の詳細だ。作戦の都度変更しても構わないが本筋を見失うな。今回の任務は復讐ではなく、あくまで”殲滅”だ」



「了解。」



通信機の電源を落とす。一際ヒトキワ大きな溜息の後、通信機をベルトのショルダーに挿す。

重い腰を上げ、部屋の一角に目立つ黒くツヤめいたクローゼットへ向かう。



「装備庫、開錠」



クローゼットの中には傷だらけの装備達が端然タンゼンと仕舞われていた。

細かい傷一つ一つに歴戦の記録が刻まれている。慣れた様子で着々と装備していく。

装備を着終わった頃には少女ヨルの面影は消え去り、戦火に身を投じる戦士の姿があった。



「行くか」



黒いマントを羽織り部屋を後にする。

重い足を任務の地へと進める。


任務とは名ばかりのただの大殺戮だ。自身の炎で全ての命を一つ残らず狩り尽くす。

いわゆる汚れ役、しかし、戦時には不可欠の重要な役目だ。

たった一人が手を汚すだけで何万の人間が救われるのなら安いものだ。


さて、任務開始だ。


――――――



カルア国境付近、死の峡谷の端付近。



レイページによるカルアへの大規模侵攻作戦の為の陸路開拓を目的とした臨時作戦だ。

この作戦では戦線を超え指揮系統が潰された瞬間、レイページの敗北となる。



「…次弾発射準備!!」



叫声、断末魔、爆発音。それらが奏でる死のメロディーは人の耳では耐え切れない。

ツンザくような爆音は周囲を包み、戦場の士気を上げた。



「ッチ、砲撃の雨あられだな」



「あぁ、流石の軍事力だ」



ライフルを抱えながら塹壕ザンゴウで敵の様子を伺う。

止む気のしない鉄塊の雨にため息をつく。



「どうする?攻めるにも外出たら死ぬぞこれ」



「ここでしばらく待機しよう。もうすぐ本部から”ブツ”が送られてくる」



粗末な錆びた腕時計の針を見る。

夜しかないこの世界では時計のみが正しく進み続ける。

昼夜の区分が無い為、時刻のみで一日を切り分けている。



「特殊兵器なんてもん当てにできるか」



「今回は兵器ではなく人員らしい。まぁ、根も葉もない噂程度の情報だが。

……と、そろそろ投入の時刻だ」



時計の長針が十二を指した。



「そうかい、まぁ俺は上を信用する気は無いさ……どうした?」



「…来ない?」



泥で荒れた塹壕の中で時計を見ながら小首をかしげる。

五分程経った後だろうか、背負っている通信機器から小刻みな電子音が鳴る。



「…指揮部からの通信だ」



「どうせブツとやらを用意できなかった言い訳を垂れ流すだけだ」



安上がりなヘッドセットからノイズに塗れた人声が聞こえる。



[慣……だ………一言だけ言っておきたいことがある]



若い女の声だろうか、酷く暗いトーンでぼそぼそと何かを呟いている。



[悪かった。地獄で詫びよう]



戦線にある全ての通信機器にこの声は届いた。

声が渡った二秒後、劫火ゴウカが戦火ごと全てを呑み込んだ。

熱さを感じる間もなく皆灰以下のチリに成り果てた。

灰すら残さぬその劫火は全てを平等に焼き、白く染まった地のみをそこに残した。

戦争で賑わっていた戦場に嘘のような静寂セイジャクと馬鹿げた灼熱を残した。


たった一人に圧倒的な敗北をキッした。



―数刻前、臨時作戦指揮部にて―



「信号を確認、第一地点。制圧完了しました」



通信機器から電子音が鳴ったと同時に赤色の発光弾が確認された。



「残り四つ、まだまだ先は長いな」



背もたれに寄りかかり、椅子の肘掛けに頬杖を突きながら自信気に呟く。



「指揮官。004ヨン様が間もなく到着致します」



「そうか」



南方から人影が近づいている。

腰まである長い髪がナビき、黒い躯体クタイが月明かりに照られていた。



「…南から誰か来ているようだが、あれが004か?」



人影を怪訝ケゲン相貌ソウボウで睨む。



「いえ、004様は東支部から来るはずですが…」



ずれた眼鏡を整え、手元の白いファイルを確認する。

[・004、03:00より東支部より臨時作戦へ派遣]



「ならばあれは誰だ?」



止まる様子はなく確かにこちらに向かっている様子だ。

近づくものは人の形をしているが、言い知れぬ不気味さが背筋を這う。

張り詰めた緊張が徐々に周囲に膨張する。



「01、02、奴を止めろ」



「了解」



重装の護衛が人影に向け駆け寄る。



「止まれ!」



ライフルを長髪の女に向ける。

抵抗する様子はなく、両手を上げ武器と戦意を持っていないことを示した。

しかし、表せぬ感覚はより一層強まっていった。

護衛達も冷めた雰囲気を醸す彼女に怪訝な表情を浮かべた。



「ここは戦地であり一般人の立ち入りは禁止されている。直ちに立ち去れ」



ライフルの銃口を少し下げ、マニュアル通りの警告文を読み上げる。

皆、彼女をじっと見つめ、這う様な不気味な感覚の状態の答えを探っていた。

一早く答えに気づいたのは指揮官だったようだ。



「…01、02、今すぐ撃ち殺せ!!!」



鬼気迫った怒号を飛ばした。

いきなりの命令に手元が狂い、引き金を引くことはできなかった。

狂う手元を見計らっていたかの様に、0.02秒の間で腰元からリボルバーを引き抜いた。



「ッチ。無駄に勘だけは冴えてるな」



迷う様子もなくリボルバーで重装の間を縫うように二つの頭を撃ち抜いた。



「…ヘヘッ、指揮官殿。安心しろ”まだ”撃ちはしない」



再びリボルバーをホルスターにしまい、両手を上げながら指揮官に歩み寄る。

彼女の正体に気づいた瞬間、血の気が引くような絶望感に駆られた。



「まだ…か、信用ならんな……兵を撤退させれば満足か?”悪魔ヨル”」



額に汗が滴る。彼女の目前の二つの命は無いに等しい。

指揮官だろうが地位は関係ない。死だけは平等だ。



「話が早いようで助かるな。そうだ、今すぐ戦線を撤退させろ」



マントに隠れたホルスターに右手を添える。



「イド、今すぐ撤退命令を発信しろ」



今はただ助かる最前策を実行するしかない。



「…りょ、了解です」



駆け足で通信機器の操作盤へ向かう。複数のスイッチが詰め込まれ素人目には何が何だか分からない。

震える右腕を左手で抑え二列目、三つ目の下がったスイッチに指を掛ける。



「……悪い」



通信機器のスイッチが上がる直前、銃声が響く。

鮮やかな血液が操作盤に飛び散る。



「撤退時にマトめて焼くのもいいと思ったが、考えが変わった。

ばらけると取り逃がす心配があるだろう?背後から広範囲を焼き払う事とする」



哀れみを含んだような複雑な表情で操作盤の下に倒れ込む死体を見つめる。

命令とは言え、直接的に関係していない人間を殺すのは中々に堪える。



「…その発言と秘書の射殺、最初から全員生かしておく気は無いか」



額の冷めた汗を手で拭う。

刻々と近づく”自分の番”に無意識に心拍数が上がる。



「あぁ、私に下された命令は殲滅だ。一人残らず殺せ…とな。

まぁ、私もお前らを生かしておく気は無いが…遺言だけでも聞いておいてやろう」



照準を定める。リボルバーの撃鉄を下げ、引き金に指を掛ける。



「遺言か…ここは潔く謝罪で締めよう…120年前の惨禍がお前を産んだ事だろう。

嘗て同じ戦線にいた身として最期に詫びておきたい、すまなかった……——」



銃声が轟き、レイページの敗北任務完了を知らせた。

十秒ほど俯き何かを熟考した後、何かをふと思い出した。



「罪悪感にはどうしても慣れないんだ」



血のかかった操作盤に向かう。

ヘッドセットを片耳に着け、二列目三つ目のスイッチを上げる。

通信機器の受音機に口を近づけ独り言を呟く



「…一言だけ言いたいことがある。悪かった。地獄で詫びよう」



寂しげな独白の後、劫火で戦場を全て焼き尽くした。

殺し尽くした後に残るものはレイページへの湧き上がる怨嗟と罪悪感のみだ。

その怨嗟と罪悪感のエコーとして残る虚無感が一番嫌いだ。



「004…?」



乱雑に散らばった白いファイルを拾い上げ、一際目立つページに目を付けた。

004のファイルの内容を見る限り、カルアへの対抗策として育成された魔術師のようだ。



「これを読む限り…こっちカルアも悠長に構えてはいられないようだな」



恐らくヨル以外の人員を送った場合、惜しげなく004を投入するはず。

どうやら最初にクイーンの駒ヨルに挑ませる気は無いようだ。



「…タバコも切れちまったし、早く帰るか」



白く焼けた地を早歩きで進んでいく。

何も残らぬ白い地は途方もなく遠くまで続き、今も尚灼熱を発している。


とりあえず、気分は最悪だが任務は完遂した。

現在の時刻は4時32分。まだ街は寝静まっている。

丁度いい、気に入りの酒場にでも出向こう。最悪な気分に強い酒はよく効く。


酒とタバコが楽しみなのか、自然と重装備ながら軽快な足取りになっていった。

ヤケ酒と煙は彼女の最高の薬になることだろう。

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