第4話 別れ

 とりあえず、輪郭はなんとか完成した。ただ、思いの外時間がかかった。予定では今日には終わるはずだったのに。あらかじめあらすじを書き残していなかったらもっと時間がかかっていたかもしれない。

 まあいい。あとは微妙な表現を改善していけば完成するかな。

 そう考えたが、いざこうなってみると、真人の病気だという設定は無駄だったかな、と思う。病気であることが話に影響しているようにはあまり思えないし、何よりどんな病気なのかを僕自身が分かっていない。山を登れるくらいには軽いものでないといけないが、そうするくらいならもはや設定ごとなくしてしまっても問題ないだろう。

 しかし、設定まるごと消すとなると、結構大幅に改稿しないといけなくなりそうで、それは面倒だ。

 いやそもそも、その設定は絵凪の負い目に影響を与えないだろうか。絵凪は至って健康なのに、重くはないとはいえ病人が前にいたら死にたいと思っていることに、普通は少し罪悪感みたいなものを感じないだろうか。

 どう思う?

 僕は真人に聞いてみた。

『さあ、設定が邪魔なら無くせば?』

 やっぱりそう思う?

 そうなると、病気が治るようにと願いに来た真人の動機も無くなるから、新しく考えないといけない。それはどうすればいいだろうか。

 病気の設定を、真人じゃなくて真人の母親に移せばどうだろうか。そうすれば真人自身が病気だったときは真人が山を登ることにあった若干の違和感は払拭される――が、やっぱり駄目だろう。絵凪の罪は母親を間接的に殺してしまったことなのだから、真人が母親を救うために山に登りに来た、とかにすれば余計に罪の意識を刺激することになってしまうだろう。やっぱりこれも駄目。

 じゃあどうするか、と考えた時に、ふと閃いたものがあった。

 病気を負っているのは真人の母親だとしても、逆に、母親の病気が悪化するように、と願わせればいいんじゃないか? 何か理由があって、真人は母親を尋常でなく、まるで親の仇みたいに憎んで殺したがってさえいるのだとしたら、母親にトドメをさした絵凪と、母親を殺したい真人とで意気投合できないだろうか。

 僕はまさに名案だと言わんばかりに、真人に問いかけた。

 どう思う?

『お前、そんなこと考えて楽しんでんの?』


 月曜日、通学路。

 先日事故になりかけた信号を待ちながらぼんやりと小説のこと、主に真人の設定を考えていた。

『今日はちゃんと待ってるんだな。青になったぞ』

 そう真人に言われて信号に気がついた。いや、それよりも。

 真人、なんかいつもと雰囲気とか違ってない? 機嫌悪い?

『そんなわけないだろ』

 うーん、いや、やっぱり変だよな。

 そんな違和感を抱えたまま教室に入った。すると唐突に、「もしかして僕は真人のことをまるで分かっていないんじゃないか」と思い浮かんだ。

 しかし、冷静に考えてみれば、真人は僕の中にいて、分身のようなものなんだから、僕が真人のことを知っている必要はないな、と思い直した。

 なんだか、小説のことを考える気にならなくなってしまった。代わりに、ある記憶が呼び覚まされてきた。

 真人と、初めて出会った頃の記憶だ。


 幼少期、僕はうまく周りに溶け込めずに一人でいた。

 誰とも話せないまま保育園を彷徨しながら、一人でもできる妄想に耽った。

 ある日、あの死角にはきっと友だちがいるだろうと考えながらその陰を除くと、本当に隠れている子がいた。

 本心から人がいるとは思っていなかった僕は驚いて、その子に名前を尋ねた。

 その子は、「真人まさと」と名乗った。

 真人が本当はいないのだと知るのに、そう時間は必要なかった。友達になった翌日に真人の方から自分の姿は洋樹ひろきにしか見えないし声も洋樹にしか聞こえないのだと告げてきたからだ。

 それでも、真人は僕の一番の友達になった。


「まだ何か悩んでるの?」

「うわっ」

 さっきまではいなかったのに、いつの間にか隣に座っていた弥呼に昔の記憶から呼び戻された。

「あはは、びっくりさせちゃった? 悩んでるのは小説のこと?」

「うん⋯⋯まあね」

 咄嗟に弥呼に話を合わせて嘘をついた。

「あっでも、金曜にアドバイスしてくれたおかげさまで、なんとか形だけはできたよ、ありがとう」

「そっか、参考になったようで何よりだよ。ところで、じゃあさっき悩んでたのは?」

 一瞬、真人の病気についてとか、絵凪の説得についてとか、相談してみようかとも逡巡したが、そうすると小説の内容を踏み込んで説明しなければいけなくなるような気がしたので、やっぱりやめた。

「ああいや、大したことじゃないんだよ。セリフとか、ちょっとね」

「そうなんだ⋯⋯ねえ、やっぱり部誌に載せてみる気はない? 今のところページ数余りそうなんだよね」

「うーん、遠慮しておく」僕は少し悩んだ素振りを見せてから言った。「やっぱり、そんなにクオリティもよくないし」

「クオリティなんてどんなのでも全然問題ないのに」

 弥呼の残念そうな視線を苦笑いでかわす。

 実際、問題なのはそもそも内容だ。

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