第3話 帰り道

 部活が終わると特にすることもない僕は、まっすぐに学校から出ようとしていたところ、正門前で弥呼と鉢合わせた。

「あ、池住さん。また明日⋯⋯は土曜日か。じゃあ月曜に」

 それだけで挨拶を軽く済ませて、さっさと帰ろうとした。

「あれ? 帰り道、こっちじゃないっけ?」

 弥呼は正門を出て右の方に向けて一瞥した。

「⋯⋯あ、うん。そういえば、途中まで道一緒だったね」

 最後に誰かと帰ったのなんて、久しく昔だから、すっかり忘れていた。

「でしょ? ほら、帰ろう?」

 何とはなしに言ってくる弥呼に僕が戸惑っていると、すかさず真人が助言してくる。

『多分途中で話題が尽きるだろうし、断っておけば?』

 どうやって。

『忘れ物した、とか言えば大丈夫だよ』

 僕は少し考えてから、結論を出した。

「ああ、うん。帰ろう」

「何? 今の間は」

 弥呼は微笑み混じりに言った。

「忘れ物してた気がしてて。さっきから」

「⋯⋯そっか」

 この状況で断るのはどう考えても不自然だから、そうやって波風立たせるよりは、話すことがなくなって気まずくなった方がマシな気がした。

「そうそう、朝言ってたことあったじゃん? 罪悪感がうんたら〜のやつ」

「もしかして、考えてくれたりした?」

「うん、私なりに、大したことでもないんだけどね」

 僕は驚いた。すっかり忘れられたものと思っていたから覚えていたことで半分、そんな弥呼の真面目さで半分。

 弥呼はその考えた内容を話し始めた。

「やっぱり、一度してしまった罪は取り返しようがないから、これからの行動で償っていくのが大事なんだと思うんだ。それが一番の償いになるんじゃないかな⋯⋯あれ、償いって二回言っちゃった?」

 それを聞いて、僕が印象をまとめ終える前に、真人が反応した。

『でも、絵凪はその罪を認めた結果死にたくなったんじゃなかったっけ?』

 いや、正確には今まで向き合っていなかったことに気がついた結果死にたくなったんだよ。

『じゃあ、弥呼のは使えない?』

 うーん、よく考えてみると、罪に向き合っていなかったことに気がつきはしても、それで罪に向き合ったことにはならないんだよね。してみれば、死ぬことは償いにならないし、これからの行動でしか償うことはできない、っていうのは使えるんじゃないかな。

「そうだね、いいかも。ありがとう、考えてくれて」

 僕がそうお礼をいうと、弥呼はただ笑って返した。

 明日は土曜日、部活はないので、弥呼の話を参考にして、この週末で話は仕上げられるだろうか。

 真人の危惧とは裏腹に、案外話は弾んだ。


 *


 九月十六日の夕方。中学生、須川絵凪と賀川真人は同じ電車に乗り合わせ、同じ駅で降車し、同じ山へ向かうことが分かると、自然と一緒に登ろうという流れになった。

「一緒に登ろうよ?」

 しかし、絵凪は真人の誘いにあまり乗り気ではなかった。

 二人は登山中に少しずつ仲を深めていった。少なくとも、真人はそう思っていた。

 夕麗山というその山は、星が綺麗に見られることからその名がついたとされ、またそこから見られる流れ星に願いを告げると必ず叶うという言い伝えもあった。しかし、そういう可愛らしい言い伝えには似合わず、その山には自殺の名所である崖があり、どんな超常的な理由かは分からないが、そこで死んだ魂は成仏しにくく幽霊が溜まりやすい地形をしているらしく、幽霊山から転じてその名前がついたという説もある。

 崖が近くなった頃、絵凪は何故夕麗山に登るのか、と真人に問われ、咄嗟に流れ星が目的だと言ってしまった。すると真人も同じ目的だと言い、話は必然的に何を願う気なのか、という方へ向かっていった。

 真人は、実は自分は病人の身で、それが治るように願う、のだと言う。

 絵凪は―――


 絵凪の母親の由紀は、昨年、夕麗山の例の崖から飛び降り自殺をしていた。理由は多々あれど、主に仕事の過労が溜まった結果とされていた。実際そうに違いはなかったが、しかし、最後に由紀の自殺を後押ししたのは絵凪との喧嘩だった。

 それでも絵凪はそのことを知らなかったし、そのまま知らなければ普通に生活できたはずだった。しかし、母を亡くしてから転がり込んだ叔父の暢は、由紀が死に際にも残していた日記を読んで知っていた。

 一年が経った頃、絵凪と暢は些細なことから大喧嘩に発展し、暢は思わず、由紀の自殺を後押ししたものを口走ってしまった。

 そうして絵凪は自分が犯した罪を知って、その重さと、それに今まで全く気がつかなかった自分の愚かさを悟り、気がつけば家を飛び出していた。


 それを語るが早いか、絵凪は真人の呼びかけにも応じず例の崖に向かって駆け出す。

 崖には当然フェンスが設けられているのだが、絵凪は強引に登ろうとする。それを押さえつけながら、真人は絵凪を説得する。

「この山には幽霊が溜まりやすいという話は覚えているか。まだお母さんの魂は彷徨い続けているだろうな。今死ねば、絶対お母さんと鉢合わせると思うが、合わせる顔はあるのか」

「そんな幽霊の話なんて⋯⋯!」

「幽霊が信じられないのだとしても、死んだところで償いにはならない。一度してしまったことは取り返せないからこそ、これからの人生でじっくり償っていくしかない」


 *

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