第18話 悪魔の力

 魔法の才能皆無の僕がたまたますごい魔法使いに出会って自由自在に使えるようにしてもらった!


 こう表現すると、それなりに幸せな気分になれるのだが、やはりそうそう上手い話にはならなかった。


「おー、いい匂いだあ……」


 今、僕は肉を焼いている。絶妙な火加減で、食欲を刺激する香りが立ち込めている。


 確かに僕は、今まで少しでも使えるどころか才能すらなかった魔法を使っているわけだが、その魔法の使い道はすべて料理になっている。


 煤闇(すすやみ)のシムナ曰く、これが魔法の基本中の基本とのことだが、僕が思っていたのと大分違う。


 指先ひとつで魔物を丸焼きにするどころか、料理用に切りそろえた肉をじわじわと焼いているのは一体どういうことだろうか。


 ちなみに、食材は山のようにある。食べきれないぐらいある。毎日欠かさずある。


 これは何故かといえば、毎日我が国から食料が送られてくるのである。


 食料は誰かが運んでくるわけではなく、樽に詰め込まれて空を飛んでやって来る。おそらく国の魔法使いが飛ばしているのだと思うが、そのあたり詳しくは僕もよくわからない。


 各々の国も同様に食料を送ってくる。そのため、陸の孤島状態でありながら全員がレニの護衛任務に専念できるというわけだ。


 そして、どういうわけだか、各国が食料を詰めた樽を毎日2つ送ってくる。おそらく各国の代表の分とレニの分だと思われる。


 各国同士で連携を取らないからこういう無駄なことになる……とは、レニの感想である。


 しかも、1人分にしては毎度毎度、量が微妙に多くて食べきれない。レニに至ってはそんな多めの量が合計4人分になって毎日送られてくる。


 残念ながら食べ物なんて長くは持たない。ましてや、魔物の大群と戦う日々である。もったいないと思いつつも、時間の経過に耐えきれずダメになってしまったものは捨てなければならない。


 僕の人生でこんなに食べ物を捨てる毎日が来るとは思ってもみなかったが、次第に捨てるのにも馴れてきてしまった。豊かさとは何なのかと考えてしまう。


 そういったわけで、あふれんばかりの食材を調理しては食すを繰り返している。特にレニが毎日決まった場所に食べきれない食材を置いてくれるので、いくらでもあるというわけだ。


 ジュ~~~ジュ~~~。


 決して熱を高めすぎず、じっくりと肉を加熱する焼き方は、油が滴り落ちてきて見るだけでたまらない。


 シムナがひとつだけ教えてくれた魔法「レシピ」は、魔法を活用しつつあらゆる食材から最高の味を目指す方法をいくつも出すという、実に天才的なものだった。


「よ、よーし……。これぐらいで……」


 肉を熱から開放すると、これまた魔法で四方からじっくりと焼いておいた大量のジャガイモのそばに置いた。


 ナイフで肉を切る。外側はしっかりと焼き上がりながら、内側はやや生焼けの状態である。


「……いただきます」


 う……、う……、美味い。思わず目に涙が浮かぶ。この肉汁の旨味がたまらない。こんなに美味いものがこの世にあるとは思わなかったぐらいに美味い。


「あっ……あっ……あっ……。もう、だめ……!」


 夢中になって食う。肉との合間に食べるジャガイモもまた最高に美味い。止まらない、やめられない。


「ふー! 食べたー!」


 食べ尽くした僕はそのまま横になった。片付けとか面倒なことは後回しだ。


 こんなにめいいっぱい美味しいものを食べ尽くすなんて生まれて初めてである。


「あー。幸せだー……」


 食事による多幸感に包まれると、不思議な眠気をもよおしてきた。


「今日はもう大丈夫だろう……。このまま、寝よう……」


 僕は最高な気分のまま、眠りについたのだった……。







 シムナに要求された「お返し」は、要はデコイの役目であった。


 ――バコ! ボコ!


「あぶああああ……! おあばばばばば……!」


 僕が魔物の群れに単身で突っ込み、魔物たちが僕を集中攻撃する間にシムナが魔法をかけて掃討するというわけである。


 ――バシ! ガシ!


「あががががが……! おぺぺぺぺぺ……!」


 僕の悲鳴が魔物染みてきたが、それでも魔法で強化されたこの体。決して死に至るほどではない。痛いのに変わりはないが。


「おーい。まだ生きてるかー?」


 魔物の軍団の掃討が終わったあたりでシムナがゆっくりと近づいてきた。


 仰向けにぶっ倒れつつも、そこに笑顔で親指を立ててみせる僕。


「うわー。こいつ、気持ち悪ー」


 シムナは笑いながらそう言った。


 その時、僕は不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ少し心が弾んだ。シムナが初めて見せた緩みきった笑顔が可愛らしく見えたからだろうか。


 日頃からこれぐらいの笑顔を周囲に見せていれば、彼女も「煤闇」と呼ばれていないのではないかと、ふと思った。そう呼ばれるのにはまた別の理由があるのかもしれないが。







 戦闘を終えたら、完全に日課となったお料理タイムからのお食事である。


 たっぷり食べてからそのまま気持ちよくなって眠るという行程があまりに快感すぎて、もう夢中になっている。


 何なら、今はそれのためだけに生きているまである。魔王の封印とか、そういうのも少し忘れてきている。


「んがっ、がっ、がっ、がっ……! 美味い、死んじゃう!」


 今日はこねて焼いた小麦粉をベースに、チーズや細かく切った肉を乗せて、ほどほどの熱を加えて微妙に焼いたものを食べている。


 飲み物は砂糖を混ぜて急速冷却した果物の果汁水である。これがまたよく合ってたまらない……!


 ちなみに、加熱はもちろん、こねるのも急速冷却するのも魔法で全部こなせる。労力らしい労力がなく、かかる時間もあっという間だ。


「僕は……悪魔の力を手に入れてしまったんだな……!」


 思わずひとりでうなった。魔法、恐るべしである。


「た、食べた……。今日はここで最高の眠りをとろう……」


 ドン!と完食した僕は仰向けになって食べ尽くした快感に意識を委ねた。


 この食べに食べた時の眠気の正体は一体何なのだろうか……? 天が遣わしたご褒美か何かではないだろうか……?


「お、おやすみぃ……」


 僕は最高の気分のまま眠りに入った。


 そして、そのまま、僕は二度と目を覚ますことはなかった……。


【完】







 レニによると、何度呼んでも起きてこない僕を不審に思って部屋を開けたら、みっともなく食べカス飲みカスをばらまいて僕は亡くなっていたらしい。


 ついでに心底幸せそうな顔で息を引き取っていたのが気持ち悪かったと怒られてしまった。


 こうしてシムナとの関係もまた見ず知らずの間柄に戻ってしまったわけだが、自由自在に使えた魔法もまた一切使えない状態に戻っていた。


「まあ、いいか。魔法は」


 あれだけの誘惑にはもう勝てないと悟った僕はそう決心した。

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勇者は魔王に敗北しました 雙海(双海) @futami23

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