第7話 詩
俺と志保は廊下を歩き、文芸部の展示が行われている教室へと向かっていく。「必ず志保と共に来たまえ」という言葉は気になるが、何はともあれ行ってみるしかないだろう。
「……」
「……」
何も話さず、無言で歩く俺たち。これから文芸部で何が待ち受けているのか――それを思うと、どこか緊張してしまうのだ。
「ねえ、真司」
「なんだ?」
「……なんか落ち着かない感じだね」
志保にもそれが伝わっていたようで、心配そうな顔をされてしまった。いかんな、コイツに気を遣わせるようでは。
「大丈夫だって。ほら、さっさと行こう」
「うん……」
そんな会話を交わしているうちに、俺たちは文芸部のところへと到着してしまった。俺は深呼吸をしてから、教室の扉を開けて中へと入っていく。
「やあ、いらっしゃい。……ちゃんと、志保と一緒に来たようだね」
「ああ、言われた通りにな」
「お姉ちゃん……」
すると、美保ねえが俺たちのことを出迎えてくれた。昨日のような不機嫌さはないが、それでもいつもの調子とは違う感じだ。……何があるっていうんだ。
「美保ねえ、部誌は?」
「まだあるよ。五百円だ」
「はいよ」
俺はポケットから財布を取り出し、五百円玉を取り出した。それを美保ねえに渡し、引き換えに部誌を一冊受け取る。志保が心配そうに見つめてくる中――俺はぱらぱらとページをめくり、中身を確認していった。
「あった……」
すると、最後の方に――「詩 白神雪美」とだけ題されたページを見つけた。これをめくればいよいよ雪美の作品か。
「大丈夫、真司?」
「ああ、読まないと始まらない。……読むよ」
美保ねえは神妙な顔で俺たちのことを見守っている。教室には俺たち二人と美保ねえしかいない。他の文芸部員は休憩中なのか、それとも美保ねえが人払いしたのか。……俺はゆっくり息を吸って、ページをめくった。
「……」
「真司……?」
俺は黙って詩の内容を読んでいく。志保も心配そうに覗き込んでくるが、俺はひたすら読み続けた。
かれにとって わたしはふこう
わたしがいれば かれはきずつく
かのじょにとっても わたしはふこう
となりをうばい ひとりですわった
いまのわたしは とおくへりょこう
かれのよこには もうすわらない
ねがうみらいは かのじょのえいこう
わたしはあなたの しあわせねがう
俺は――俺は、膝から崩れ落ちるしかなかった。「かれ」と「かのじょ」が誰を指しているのか、そして「わたし」が誰を指すのか。……雪美、これがお前の伝えたかったことなのか?
「し、真司!?」
「志保、お前も読め。……全て分かる」
俺が部誌を渡すと、志保もそれを手に取って読み始めた。雪美が詩にこめたメッセージ。俺と一緒にいたいという気持ちを捨て――代わりに、志保が俺の隣にいてほしいということだったのだ。
「嘘……なんで……」
志保は青ざめた顔をしており、パサリと部誌を床に落としていた。美保ねえがそれを拾い上げ、俺たちに向かって口を開く。
「だから言っただろう? 志保――君が真司くんの隣にいてあげるんだ」
美保ねえは志保の肩をぽんと叩いた。俺はどうしていいのか分からず、膝を床についたまま動くことができない。
「俺は……雪美と……」
「真司、大丈夫!?」
「あ、ああ……」
俺は志保に肩を貸してもらい、なんとか立ち上がった。雪美、本当にもう会えないのか? それとも――会う気がないのか……?
「かれのよこにはもうすわらない。……か」
「えっ?」
「せっかく昔のことが分かるかと思ったのにさ。……こんなのってないよな」
「む、昔のこと?」
「悪い、こっちの話だ」
独り言のように呟き、俺はゆっくりと深呼吸した。あの花火大会の日、俺はたしかに雪美との縁を確かめ合ったつもりだった。しかし、今となってはそれはもはや幻のように消えてしまったのだ。
「……美保ねえ、ありがとう。今日は帰る」
「ああ、そうした方が良いだろう。志保、一緒に帰ってあげたまえ」
「う、うん。真司、帰ろう」
俺は足を引きずるようにして、ゆっくりと教室から歩き出す。志保も俺の後をついてくるように、一緒に歩いてくれた。
「……気をつけるんだよ、二人とも」
その時、美保ねえがどんな表情をしていたのかは分からない。しかしなんだかその声色は意味ありげで、美保ねえにも何か思うところがあるみたいだった。
***
「真司、本当に大丈夫?」
「……正直に言えば、大丈夫なんかじゃない」
「そうだよね。雪美のこと、心配だよね……」
私は真司と共に学校を出て、帰途に就いていた。詩の内容を正直に解釈すれば、雪美は自分の存在が私と真司にとって不幸なものだと思っているのだろう。その理由は分からないけど、真司に対して「もう関わらないでください」と言ったこととも関係はありそうだ。
「雪美、もう俺とは関わりたくないのかな。……そうなんだろうな」
「でも、『いまのわたしはとおくへりょこう』とも書いてたよ! やっぱり、お姉ちゃんの言う通り疎開したとかさ」
「だといいけどさ……」
真司は完全に自信を無くしてしまっているみたいだ。家に行ったり、色々調べたりして、その結果があの詩だもんね。……こんなに落ち込むほど本気で想われている雪美のことが、少し羨ましく思えた。
「ねえ、真司」
「なに?」
「アンタはさ……雪美のこと、好きなの?」
「へっ?」
完全に意表を突かれたようで、真司は戸惑った顔をしていた。こんな時じゃないと、真司はきっと自分のことを話してはくれないだろう。それに――ここで雪美が好きだと言ってくれた方が、私の心はずっと楽になる。
「……分からないんだ」
「分からない?」
「たしかに、お見合いしてから雪美はずっと俺の心に印象付けられていた。不思議とさ、アイツのことばっかり考えてたんだ」
「それで?」
「でも――ひとつだけ、まだ分からないことがある。俺、三年前に雪美と会っていたかもしれないんだ」
「えっ?」
さっき真司が言っていた「昔のこと」って、そういうことだったの? ……私が知らないだけで、真司と雪美はもっと深いつながりがあったってこと?
「でもさ、確証がないんだよ。笑った顔は雪美にそっくりなんだけど、あの時会った奴と今の雪美はまるで性格が違うんだ」
「そう……なんだ」
「ああ。それを確かめるまで、雪美のことをどう思っているかなんて分からないよ」
「……」
予想外の返事に、今度は私が戸惑ってしまった。……やっぱり真司は悪い男だ。そんな中途半端な答えだったら、私は諦められない。だって――このまま「昔のこと」が分からなければ、真司は雪美のことを好きにならないんでしょ?
「ねえ、真司」
「なんだよ」
私は少し上ずった声で、真司に改めて話しかけた。昔からのくせで、いつの間にか私は右の耳たぶを触っている。そうだ、言うんだ私。……言わなきゃ、真司が私のことを好きになるチャンスなんてもう訪れない。
「げ、元気無いみたいだしさ……今度こそ、どっか遊びに行こうよ!」
「えっ?」
「二人でどっか行って、少しでも気を紛らわそうよ! ねっ?」
雪美への罪悪感が、ずしりと心にのしかかる。でも、いいんだよね? 雪美は私が真司の隣に、って願ったんだもんね? ……私、自分の気持ちに正直でいいんだよね?
「……そうだな、ありがとう。今度の休み、遊びに行こうか」
「ほんと? 良かった!」
ごめん、雪美。……あなたの詩、たしかに受け取ったから。
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お嬢様中学生とお見合いしたら、絶交していたはずの幼馴染が騒ぎ出した 古野ジョン @johnfuruno
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