第6話 祭りの空気
今日は文化祭当日。学校は華やかに彩られ、既に生徒たちの熱気に包まれている。校舎の外には様々な出店が立ち並び、教室では文化部の日ごろの成果が堂々と展示されていた。俺は昇降口のところに立ち、志保のことを待っていた。
「あれー、岡本何やってんだ?」
「待ち合わせだよ」
すると、ちょうど通りかかった同級生に話しかけられた。アニメか何かの仮装をして、プラカードを持っている。自分の店の宣伝というわけか。
「待ち合わせって、例の中等部の子?」
「……ちがうよ」
「なーんだ、つまんねえの」
同級生は一度置いたプラカードを持ち、再び歩いていった。もし雪美が学校に来ていたら……いや、どのみちアイツは文芸部の店番か。だいいち、そんなことを考えるのは志保に失礼というものだろう。
「……待った?」
「うおっ!?」
急に話しかけられたものだから、変な声を上げてしまった。慌てて横を向くと、そこにいたのは志保。少し顔を赤らめて、恥ずかしそうにうつむいていた。
「ま、待ってないよ」
「そっか。……じゃあ、行こうか」
「ああ、うん」
志保に促されるまま、俺は校舎の方へと歩いて行く。最近、いろいろと気分が沈む出来事が多かったからな。昨日美保ねえに言われたことは気になるけど、せっかくなら文化祭を楽しむとするか。
「軽音部でーす! ライブいかがですかー!」
「外で焼きそば売ってまーす!」
「手品観ていきませんかー?」
二人で廊下を歩いていると、いろいろな生徒に呼び止められるな。やはり文化祭というのは良いイベントだなあ。
「……真司、何見る?」
「そうだなあ」
志保はなんだかいつもより控えめだ。俺の後ろをついてくる感じで、周りの目を気にしながら歩いている感じだ。昨日「真司は私と回るの!」なんて言っていたくせに、いまさら何を気にしているのだろうか。
「お、ここなんか面白そうだぞ」
「ここは……?」
「的当てだってさ」
俺が近くの教室に入ると、志保も慌てて入ってきた。黒板には「的当て」と書いてあり、机の上には大小様々な景品が置いてある。どうやらゴムボールか何かを投げて、段ボールで出来た的に当てるという遊びのようだ。バッティングセンターにあるストラックアウトみたいなものか。
「いかがですかー? 一回百円です!」
「真司、やるの?」
「うーん、せっかくだしやってみるか」
「彼女さんもいかがですか?」
「かかかか彼女じゃないですよ!?」
店員が変なことを聞いてきたので、志保が顔を真っ赤にして否定していた。文化祭ってのは学校中を浮ついた空気にするみたいだな。……最近まで雪美と噂になっていたはずなのに、今度は志保との関係を疑われるようになったか。
「真司、何考えてるの?」
その時、横からボールを持った志保が現れた。どうやら店員から受け取っておいてくれたようだ。いかんいかん、ぼーっとしてたな。
「では、一番から順に当てていってくださーい!」
「真司、頑張って!」
「よっしゃあ!」
俺は空元気で大きな声を出しつつ、横目で景品の山を見た。どうやら一番から九番までパーフェクトに当てると最上級の景品がもらえるみたいだな。あれは……デカいぬいぐるみか? まあ、貰ったら志保にあげればいいか。
「いくぞー!」
俺は左足を上げ、えいやとボールを放り出す。バシンと良い音が響き、まず一番の的に綺麗にヒットした。
「おー、お見事です!」
「やるじゃん真司!」
「こっからだよ、まだまだ」
そう言って、俺は二球目三球目と放り投げていく。次々に的に当たり、だんだん店中の注目が集まるようになってきた。ちゃんとボールを投げるのは久しぶりだけど、意外とコントロール出来るものだな。
「ほ、本当にすごいですね……」
「……」
店員は軽く引いていたが、志保は複雑そうな表情をしていた。俺が野球部をやめた経緯を知っているからこそだろうな。けど、別に俺は自分の意志でやめたんだ。志保が引け目を感じる必要なんてない。
「ぱ、パーフェクトです……!」
「おー、やったな!」
「……うん、すごいね真司」
俺は努めて明るく振舞っていたが、志保の表情は変わらなかった。よし、ここは励ましてやらないとな。
「景品はどうしますか?」
「じゃ、あのぬいぐるみで」
「かしこまりました~」
そう告げると、店員は大きなうさぎのぬいぐるみを抱えてやってきた。俺の意図に気づいたのか、志保は慌てた顔をしている。
「ちょ、ちょっと真司? そのぬいぐるみ、どうするの――」
「じゃあ、景品はコイツにあげといてください」
「また私!?」
志保は驚いた顔をしつつ、店員からぬいぐるみを受け取っていた。あまりに大きくて、両手で抱えるような格好になっている。ははは、こりゃ愉快だな。
「良かったな、志保」
「いいわけないでしょ!? この間も真司からぬいぐるみ貰ったのに!」
「あのぬいぐるみ、どうしてるんだ?」
「……ちゃんと一緒に寝てるわよ」
志保はぬいぐるみで顔を隠しながら、静かに答えた。この歳でぬいぐるみと一緒に寝てるのか? ……こういうところが可愛らしいというか、なんというか。
「それはよかった。次、行こうぜ」
「あっ、待ってよ真司!」
俺は巨大なうさぎを抱えた志保に追われつつ、教室を出たのだった。
***
「まっはふ、ひんひっはは……(まったく、真司ったら……)」
「何でもいいけど、もの食べながら話すんじゃねえよ」
志保は外の出店で買ったフライドポテトを頬張りながら、ぷんぷんと文句を垂れていた。俺たちは中庭のベンチに座り、一息ついていたのだ。ちなみに、例のぬいぐるみは俺が抱えている。
「だいぶいろいろと回ったなあ。次はどうしようか?」
「そうねえ……」
俺たちは例の的当ての後も、いろいろな展示を見て回っていた。志保と二人でいるのをからかわれることもあったが、なんだかんだで文化祭を楽しんでいる自分がいた。いろいろあったけど、やっぱり志保は良い幼馴染だな。
「ねえ、真司」
「なに?」
「……そろそろ文芸部に行ってみない?」
志保はこちらを見ず、前を向いたままそう呟いた。……正直、怖い部分もあった。美保ねえの意味深な発言が心のどこかにずっと残っており、文芸部の展示に行く勇気がなかったのだ。
「いい加減に行かないと部誌も売り切れちゃうかもよ?」
「分かってる。……分かってるよ」
俺は腰を上げることが出来なかった。何が待ち受けているのか分からず、恐怖すら感じている。しかし、せっかく志保が背中を押してくれているんだ。何より――このベンチで、俺は再び雪美と弁当を食べたいと思っているのだ。
「真司……?」
「志保。――行こう」
「分かった。行こっか」
志保は俺の言葉に即答してくれた。そのことがどれほど有り難いか、俺は言葉で言い表すことが出来ない。……けど、せめて一言だけでも。
「ありがとな、志保」
「え、何が?」
「……なんでもねえよ」
俺は重い腰を上げ、志保とともに文芸部へと向かった――
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