第4話 旅立ち、そして

 アレスとエニの旅立ちの日の朝、一族のテント村はいつもに増して騒々しかった。パン屋のホランは乾燥させたフルーツをたっぷり包んだパンを食べやすいように切ると30cm大の袋に詰めていた。鍛冶屋のビルグーンはアレスの片手剣やナイフを丁寧に研ぎ最終チェックをしていた。薬草師のテムーレンはありとあらゆる薬草を使いやすいように小さな容器に詰め替えるとその用途を纏めた紙と共に袋にまとめていた。一族の人々は各々にアレスとエニに渡すための物を包み2人の旅立ちに備えていた。


「テン、行ってくるよ。」

 テンの頭を撫でるとアレスは身支度を整えてテントを出た。テントそばの広場ではエニを囲むように一族の子供たちが集まっていた。

「エニ! これ、みんなで作ったの。羊の毛をね、使ってね、作ったおまもりだよ!」

 子供達は羊の毛を固めて羊の形を模した小さなお守りをエニに渡した。エニはそれを受け取ると嬉しそうに微笑んだ。そしてリュックから小さな袋を取り出し、さらにそこから小さな粒を1つ出すと子供たちに渡した。

「私からもみんなに。」

 エニは小さな粒をまじまじと見て不思議がる子供達の頭を撫でた。

「これは植物の種だよ。とても成長が早くて方舟の光なんかは何回も耐えることができる魔法の木だよ。きっとみんなのことを守ってくれるよ!」

 粒の正体を知ると子供達は目をキラキラと輝かせた。

「だったら! だったらね、これたくさんあればここも安全になるね!」

 エニはふふっと微笑むと子供達を抱き寄せた。

「そうだね! アレスと私でもっとたくさんの種を持って帰ってくるね!」

 子供達はわいわいとはしゃいだ。


 アレスは名残惜しそうに一族の拠点を歩いていた。目を瞑り耳を澄ますと羊やそれを追う犬の鳴き声、機織り機の音、鉄を打つ音、テントを凪ぐ風の音がアレスに届いた。目を開けて懐かしむように辺りを見渡すと首にかけた方舟の模様が彫られたペンダントを握りしめてテント村の出口へ向かった。


 アレスがテント村の出口に着くとすでにエニが支度を整えて待っていた。エニはアレスを見つけるとささっと近寄り、

「私、決めたよ。ウラノスを倒してこの旅が終わったらこの一族の仲間入りする!」

と強い決心を伝えた。すると横から割り込むようにビルグーンが2人の間に入ってくると、

「なに言ってんだ、エニちゃん! あんたはもう俺たち一族の家族だよ。」

と豪快に笑いながら言った。そうしている間にいつのまにか一族全員が2人の元へ集まってきていた。

「そうだよ。いつでも戻ってきんしゃい。旅に出るって言っても家族の絆は切れないよ。長く保存できるパンだからね。」

 パン屋のホランはにこにこ笑うと固いパンの入った麻袋をエニに渡した。ホランに続くように女性陣がエニを囲むとエニの腕の中に次々に薬や飲み物、干し肉など旅に欠かせない物を置いて行った。あっという間の出来事に驚きながらもエニは涙目で話し始めた。

「あ、ありがとうございます、皆さん……。わ、わたし、頑張ります! きっときっと皆さんが安心して暮らせるせか…!」

「エニちゃん! そんなに固くならないで。それに方舟の恐怖がなくなるのはとても嬉しいことだけど、それよりも嬉しいことはアレスとエニちゃんがちゃんと健康で帰ってきてくれることなんだよ。私たちみんなの考えだよ!」

 テムーレンはエニの肩に手を置いて優しく話した。エニは我慢できずにボロボロと涙をこぼした。

「アレス、ちゃんと守ってやんだ。お前にはその力がある。お前がそこらへんのやつよりずっと強いのは俺たち皆んな知ってるんだ。ほら、こいつらを

持っていけ。」

 ビルグーンはそう言うと綺麗に研ぎ澄まされた片手剣とナイフをアレスに渡した。

「ありがとうビルさん。こんなに綺麗にしてくれて。大切にするよ。」

 アレスはビルグーンに頭を下げた。

「アレス!エニちゃん!」

 テント村の奥からマラルが走ってきた。足をもつらせて、エプロンをつけたまま汗だくになっていた。アレスは母を見て心配になり駆け寄った。

「普段運動しないからね…。あれこれ渡したいもの準備してたらこんなに遅れちゃって…。ごめんね。」

 汗を拭いながらそう笑うとマラルは手に握りしめていたものをアレスに渡した。

「これは方位磁石?」

 アレスの手に渡されたものは北を指さない方位磁針だった。そして、その針はマラルを指していた。ニコラと微笑むと自慢げに自身の首に下げたネックレスを取り外してアレスに見せた。

「これはね繋円石(がいえんせき)っていうのよ。どこにいてもこのネックレスを指すようになってるの。1ヶ月くらい前かしら、旅の行商人の方から買ってみたの。これを持っていれば、あなた達はいつでもこの一族の場所が分かるわ。」

 そういうとマラルは震える両手をアレスの両肩に伸ばして優しくさすった。

「いつでも……いつでも帰ってきなさい。疲れた時あったら、テントに寄って休んでいきなさい。どんな時でもこの一族があなた達の帰る場所になっていることを忘れないで……。」

 涙をこぼしながら俯き始めた母を見てアレスは両の腕でその震える体を包み、ぎゅうっと抱きしめた。

「大丈夫だよ、母さん。絶対に2人で元気に帰ってくるよ。だから、安心して待っててね。」

 アレスの強い眼差しを見つめてマラルはうんうんと頷くと微笑んだ。

 

 アレスとエニは一族全員に見送られながらテント村を後にした。2人とも一族の皆んなからもらったもので大きく膨れたリュックを背負っていた。

「ウォン!ウォンウォン!!」

 テント村の方から1匹の黒い大きな犬が追いかけてきた。

「テン!?どうしたんだよ!」

 テンは2人に追いつくとアレスに飛びつくと思いっきり押し倒した。そして大きな黒い尾をブンブンと振った。

「アレスに着いて行きたいんじゃないのかな。」

 エニは微笑ましそうにその様子を傍観する。

「うーん。でもなテン、この度はほんとに危険な旅になるかもしれないんだぞ。お前だって命の危険に晒されることがあるかもしれない……っておい!」

 なんとか説得しようとするアレスを尻目にテンは2人が進もうとしていた道をずんずんと歩き始めた。やれやれと頭を掻きながらアレスは立ち上がり、2人は再び歩き出した。


「うーん、ミレト様が指し示したこの集落って……。」

 エニは地図を見ながら頭を傾げた。最初にミレトが指した場所はオークの集落だった。エニが頭を悩ませたのはオークの集落が方舟から身を守るために地下深くに存在し、入口が外部には分からないように作られていると噂されているためだった。

「どうやって入り口を探せばいいものか。うーん……。」

「そのことなら大丈夫だよ。その集落なら何度か行ったことがあるんだ。顔馴染みもいるんだよ。」

 誇らしげにそう話すアレス。驚いたようにエニは尋ねた。

「オークに顔馴染さんがいるの?結構警戒心の強い種族だと聞いていたんだけれど。」

 アレスは何かを思い出したのか、くすっと笑いながら話し始めた。

「昔、地上でオークの子供がクマに襲われてたんだよ。そこに偶然出くわしてね。なんとか助け出したんだけど、わんわん泣くオークの子供を僕が抱えているわけだから、その子を探していたオークの大人に見つかった時に捕まっちゃってね。危うく殺されるところだった。」

「それでどうなったの?」

「その子供のオークは族長の息子らしくてね。族長はかんかんだったんだけど、族長の娘さんが話のわかる人で事なきを得たんだ。そのあとは子供助けたお礼とかなんとかで丸一日集落に泊めてくれたんだ。」

 遠くまで続く一本道を見つめてアレスは笑った。

「久しぶりに会えるな、みんなどうしてるかな。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

回生のイフェジェニー 七川 葉月 @nana_kauremino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ