第26話

負の連鎖を断ち切る事など出来はしない。どんなに願っても消えた命が還る事は無い…急に明日が変わる事も無い。災厄は突然訪れ人々の命を奪い去ってゆく…彼らの願いも消えるのだろうか?存在した命と共に想いも消えるのだろうか?…違う。たった1人の想いならばそうかも知れない。風が運んで遠くへ消えるかも知れない…だが想いは結実する。多くの想いが風と共に消え去る事は無い。たった1人の少年へ流れた風は、萌芽する災厄の花を流れ去るには重過ぎたのかも知れない。

遙か東方-悠久の歳月の中、乾いた風が運んだ土埃…窪んだ眼窩に入りひしゃげた目の奥がチリチリした。

物心ついた頃から何故か右目は無かった。理由は解らない。

束の間の平和が訪れた世界…戦争が終わり人々は解放され、乾いた大地へ降り注ぐ焼け付くような陽射しの中、人生を謳歌していた。

烙印を押されたおれ達の戦争が終わる事は無かった。おれは理解が出来なかった。階級ピラミッドの外、最下層より更に下にいるおれ達にはルーツがある。元々住んでいた原住民。敗戦国の捕虜として残留してしまった者。定住する場所を持たない流れ者。彼らは国に属する事が出来なかった。この国は外部からの征服により建国されたからだ。しかし、中にはルーツが不明な者もいた…おれの家族のルーツもわからなかった。

目の事や、その事の話を家族はひどく避けていた。優しいお袋でさえ俯いて黙り、時に不機嫌にもなった。

「リューシアよ」

炎天下で瓦礫の修繕をしている、おれの後ろから声がした。振り返ると、右目が無い、老人が立っていた。

「じいじ」

何故おれと同じく、じいじに右目が無いのかは解らない。うちの家系には、たまに右目の無い者がいるらしく、理由を答えてくれる者は居なかった…眼には呪力が宿るとされ闇で、高値で取引されていたので金に困った1族が子の眼を抉り抜いて売り飛ばす習慣でもあるのかも知れないなどと考えたりもした。

「産まれるらしい…戻れ」

それだけ言うとじいじは背中を向けて去っていった。

仕事を切り上げ家に戻ると赤ん坊の泣き声が聞こえた。家といっても洞穴だ。国は親父が貯めた金で家を、建てる事を許可しなかった。それどころか、あれこれ理由を付けて金は殆ど没収されてしまい、親父は今まで殺してきた命が無駄になってしまったと、おれ達に泣いて謝っていた。親父は家畜を殺す仕事をしていた。

お袋が安堵の表情で赤ん坊を抱いていた。やがて疲れ果て眠ったお袋の手を握っていた親父は、お袋の横で、えぐっえぐっ、と半泣きする赤ん坊を腕へ引き寄せる。嬉しそうな親父。おれへニッと笑みを浮かべた。

「抱いておやり」

親父は気が強いクセに、はにかむような笑顔をする…親父から赤ん坊をそっと受け取ると胸に抱き寄せた。温かい…女の子だ。

「子は男か女か」

洞穴這入口前で離れたまま腕を組んだじいじが、声を掛ける…怖い表情だった。

「お、女の子だよ、じいじ」

おれの言葉を聞くと、じいじはその残された左目を見開いた。

「女子(おなご)とな…カカ、良くやったぞ」

眼を見開いたまま、笑みを浮かべるじいじ…親父のはにかむような笑みとは違う何処か、不吉な笑みだった。

この時代に珍しい事では無いが、うちには夭折したおれの弟がいた。じいじはその時、顔色1つ変えなかった…じいじからは何処か得体の知れないものを感じる事があった。

「…永きにわたる我等が悲願の成就を願う」

悲願?我等って家族の事…じゃなさそうだな。

「じいじ…」

おれが聞こうと思って呼んだ声を気にする素振りも無く、じいじは洞穴から出ていった。

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