本当の貴方は髪のみぞ知る

真摯夜紳士

本当の貴方は髪のみぞ知る

 警報級の嵐はピークを迎えようとしていた。強い雨風に吹き付けられた窓が、不安げにガタガタと音を立てている。

 それすら気に留められないほど、洋館のホールに集められた三人の容疑者は、思わず息を呑んでいた。


 なんの変哲もない青年によって、今まさに殺人事件の謎は解かれたのだ。


 密室に思わせた建築トリック。

 被害者が残したダイイングメッセージの謎。

 犯人の手によって意図的に荒らされた殺害現場。

 各々のアリバイに至るまで――全て、つまびらかにしてみせた。


 まるで物語に登場する探偵のように、北条ほうじょうという名の青年は淡々と言葉をつむぐ。


「これが、西間にしまが殺された真相だ」


 この場で力なく項垂うなだれているのは、ただ一人。皆の視線が彼に注がれた。


南場なんば……お前! なんで殺しなんてしたんだよ!」


 角刈りで筋肉質な東山ひがしやまが怒鳴る。

 金髪にキャップを被った南場は、気圧されたのも束の間、反発するようにギュッと目を閉じた。


「し、知らねぇよ俺は! 適当なこと言ってんじゃねぇ!」

「もう無理だよ南場くん」派手なピンク色に髪を染めている中島なかじまは「北条くんの話は筋が通ってたよ。適当なんかじゃない」と一歩引くように続けた。


 もはや大学の友人だった頃の気遣いは無く、皆が殺人犯として南場を見ている。軽蔑けいべつの眼差し。疑いは確信に変わり、友情はもろくもくずれ去った。


「朝には嵐が止んで警察も来る。せめて自首してくれ、南場」


 北条は誰よりも冷静にさとした。

 けれど南場は、それでも罪を認めない。こうなった以上、どう思われようが知ったことかと――薄く笑みを浮かべ、まゆを吊り上げる。


「……証拠は? そうだ、証拠だよ。いくら御託ごたく並べたところで、そんで俺がったってことにはならねぇだろうが!」

「待ってよ、それは北条くんが話したでしょ」

「うっせぇ中島! そもそもだ、お前らの前提が間違ってるんだよ。どうして四人だけで考えてんだ。誰かが迷い込んで、今も館の中に居るかもしれねぇぞ。そら、アリバイなんて無いようなもんだろうが」

「うむ……それは、確かに」


 東山が納得しかけたところで、北条は溜息を吐いた。最後の良心さえも捨てた南場に、慈悲じひは必要なかったのだと諦めるように。


「証拠なら、ある」

「な、へぁ?」

「西間の部屋は荒らされていた。殺されそうになった際、犯人と争ったからだ。そして西間を殺した後、時間が迫っていた犯人は慌てて花瓶の水で床を汚した。それは、これを隠す為だったんじゃないのか?」


 そう言って北条は、胸ポケットから一本の髪を取り出した。

 真っ直ぐに伸びた黒髪。

 西間と北条は茶髪。中島はショッキングピンク。東山が黒髪ではあるものの刈り上げて短い。南場は金髪。


 この場に居る誰の髪質とも合わない。

 しかし南場の顔は、みるみる内に青ざめていった。

 犯人と探偵。二人だけに通じる物的証拠。紛れもなく決定的であり、殺人事件の動機にも直結した証拠であった。


「どういうことか説明してくれ北条。さっぱり分からん」


 東山に急かされ目配せする北条だったが、何もかも見透かされた南場は、ただ黙ることしかできなかった。


「その金髪――カツラ、なんだろう?」


 びくりと体を震わせる南場。

 まさかと言わんばかりに、中島と東山は互いを見やった。


「西間が、あの野郎が、皆に禿をバラすって言ったから!」

「……おい、それだけで殺したってのかよ、あいつを」

「信じられねぇ」

「いや、十分に大した理由だろ」


 身を乗り出そうとする二人の前に割って入り、北条が制止する。


「加齢、疾病、火傷に遺伝。脱毛は自分の努力だけじゃ、どうにもならない問題だ。カツラで隠すくらい人目を気にして生きていかなきゃならない、絶対的な秘密。それを誰かにバラされようものなら、狂気におかされても不思議じゃない。でもな、南場――」


 と、北条は語気を強めた。


「カツラがバレた時、西間は笑ってたか? お前のこと、けなしてたのか?」


 はっと大きく目を見開く南場。記憶を巡らし、わなわなと震えだした。


「少なくとも俺の知ってる西間は、禿を言い触らして回るような奴じゃない。きっと、あいつは俺達にも南場の悩みを相談したかったんじゃないのか?」


 目に溜めた涙が、端からこぼれ落ちていく。

 西間は、あいつは良い奴だった。おちょこちょいだけど優しくて。人を外見だけで判断なんてしない。


「信じてやれなかった。あいつのことを俺は、信じてやれなかったんだよぉおお!」


 両手で顔を覆う南場。

 決壊した涙腺は、止めどなく。

 まるで外の豪雨のように、全てをらしていった。









『頭皮でお悩みの、そこの貴方! こんな取り返しが付かなくなる前に!』

『ヘアークリニックは是非とも当店で! お電話番号は――』


 この長尺のネットCMは、後に視聴者からの批判が相次ぎ、わずか数週間で配信停止となった。

 しかし本編まで無駄にった推理劇がネタとなり、『カツラ殺人事件』の名称でネットスラング化し、いつまでも愛されたという。

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