第1章〈序〉 始まりの国・ジャバリス

最悪のお出迎え

 俺の特訓場で寝っ転がっていた不審な男、リク。はっきりとした意識とは裏腹に、〈別世界〉やら〈女神〉やら妄想癖のような発言が多すぎる。よって、俺は一つの判断を下した。

 ――こいつは間違いなく、キチガイだ。 

 当然だろう。そして同時に、絶対に野放しにしたらいけないタイプだろう。監視をしていなければ、何をしでかすかわからない。


「なぁ、ナギ。これからどこへ行くんだ?」 


「ヤマトだよ。ずっとあそこにいたって、仕方が無いだろ?」


 〈ヤマト〉、それがこのである。

 倒れていたとはいえ、歩くことに支障はないらしい。それなら、街まで連行する分には楽そうだな。

 俺はリクの手を引き、木々の根が露出してガタガタとした山道を下っていく。

 来た道を戻るだけの単調な時間。しかし、その間にも尋問を欠かさない。



「……で、もう一度聞く。リクはどこから来たって?」


「ニッポンっていう国だ。と言っても、こっちの人間には通じないよな……。それよりも、俺はお前の言うジャバリスって国のことがわからないんだが」


「俺には、お前さんの言うこと全てがわからねぇよ」


 ニッポン—―まさか、単に俺が知らないだけで実在する国ということはあるまい。

 もちろん、ジャバリスの領内にそんな土地はない。仮にも聞き慣れないほど小さな国なら、とっくに魔族に滅ぼされているに違いない。


 ……しかもこの男、顔立ちや肌の色までジャバリスの民とそっくりだ。異国の民は、もっと鼻が高くて堀が深い顔をしている奴が多い。

 結論として、よくわからない。


 ひとまずこいつの素性はさて置き、俺は肝心な部分を訊ねた。

 

「ところで、リク? お前がなぜあんな所にいたのかは知らないけど、道中で魔族に遭遇したりはしなかったか?」


「魔族? あぁ、女神がそんなこと言っていたな。確かこの世界の人類は、魔族に侵略されてヤバイ状況なんだって?」


「御託はいいから。早く答えろ」


「安心しろ、そんな連中は見ていない。……それどころか、目覚めたらあそこにいたんだぜ? マジで」


 あぁ、こいつに聞いた俺がバカだった。


 そもそもなぜ俺が、そんなことを気にするかって。それは、この山から十キロも南へ行けばだからだ。

 仮にリクがこの近辺で魔族に出くわしていた場合、俺はその旨をジャバリスの首長らに知らせなければならない。「魔族が攻めて来るかも!」って。


「……まぁいいさ。あと、気を付けろよ? ジャバリスの民はよそ者には冷たい。下手なことを口走ったら……首ちょんぱ、かもな」


 などと言って脅かしてみると、リクの顔が少し青ざめたのがわかった。

 だから俺は笑って「冗談だよ」という意図を伝えてやると、それに対してこう言うのだ。


「でもナギは、よそ者の俺に優しいんだな」


「まぁな。なんだ、どこの国のもんだろうが手を取り合わなきゃ、いずれ人類が滅びるだろうよ」


「そ、そんなにヤバいの? この世界は」


「……五大国の中でも、特に小国のジャバリスは、特にな」


 リクはいつまでも「俺はこの世界を知らない」という趣旨の言動を改めない。そんな奴の設定に合わせて話している俺も、一体なにをしているんだか。

 

 なんてお喋りを繰り返していれば、気付かぬうちに時間も足も進んでいる。すでに険しい山道は終わっており、整備された街道へと入り込んで、徐々に都の南門へと近づいていた。

 人通り多くなってきた。荷車を引く運搬業者や、金になる物資を採取していた労働者、それから商人。生活感が目に見えてくると、リクは物珍しそうに辺りを見回す。


 豆知識として、ジャバリスは都市国家時代が長く、いくつかの都市は高い防壁に囲われている。最大都市である〈ヤマト〉も例に漏れず、市街地は頑強な防壁の内側だ。


 


「ナギ、この国にエルフとかはいたりすんのか? 俺の故郷じゃ、異世界の定番なんだけど」


「エルフだ? あの種族なら、もうほとんど死んだよ。魔族との戦いでな」


「ま、マジ?」


 嘘じゃない。奴らは不老長寿なうえに潜在魔力が高い種族だったから、魔族との戦いではいつも矢面に立たされていた。……結果、そのほとんどが戦死しましたとさ。


 そんな話はさて置き、しばらくして南門を潜った俺たちは街の大通りに繰り出していた。

 ……当然、四方八方からリクへ視線が向けられる。と、思っていた俺の予想は外れた。


「……お前、案外注目されないみたいだな」


「あぁ、たぶん顔立ちじゃね? ジャバリスの人が、みんなアジア風の顔で助かったよ」


 何を言っているのかまるで理解不能だが、変に目くじらを立てられないのなら良しとしよう。。

 このまま通りを上がって中心部へ向かう。そこへリクを連行すれば、とりあえずは大丈夫だろう。


「で、俺たちはどこへ向かってんの?」


 早速質問をされたので、教えてやろう。


「俺の家だよ。……ま、俺のと言うよりは、首長たちのやかただ」



♢♢♢



「ナギ、ただいま戻りました」


 赤いうるしが塗られた柱が連なる、吹き抜けタイプの建物。

 都の中心にあるこの館の門を潜って、誰かいないかと声を上げる。


「おや。おかえりなさい、ナギ殿」


 館の使用人が出迎えに来た。


「ん? 後ろの方はお客人ですかな?」


「彼はリク。南の山で倒れていたので、こちらに連れてきました。……頭のおかしい可哀そうな男です、営巣にでも入れておいてください」


「え、異世界に来て早々に投獄?」


「嘘だよ。首長へ取り次いでください」


 冗談はほどほどに、ひとまずはリクを保護してもらう運びとなった。

 使用人は軽く承諾して場を去り、俺はリクを連れて館の奥へ進む。


「なぁ、聞きそびれたんだけどさ……ナギって、何者?」


 我が身がどうなるかも知れないリクは、少々腰が低い。


「ここの屋敷って、言わば首相官邸みたいなもんだろ? もしかしてお前、とんでもないボンボン?」


「ちがーう。俺はこの館の一角に住まわせてもらっているだけ。兄さんのコネでな」


「その首長さん? とか国のお偉いさんの息子とかでも?」


「俺の兄さんは、な」


 俺の身の上を語る上では、いつだって兄さんが付きまとう。俺が強くなりたい理由だって、結局はなんだ。

 すると噂をすればと言わんばかりに、その人の声が俺に向いた。


「――おいおい、ナギ。今日は随分と早かったじゃないか」


「マギ兄さん。ただいま戻りました」


「今日の鍛錬はどうした~? やっぱり落ちこぼれは、常日頃から手抜きをするもんだな!」


 煽り口調のデカい態度で登場した男。俺の兄・マギ。

 マギ兄さんは事あるごとにこうして俺を卑下して楽しんでいるのだが、今日は眼つきから何まで一段とキレがかかっているらしい。

 

 彼はリクを見て、さらに口調を強める。


「ふむ、客人とやらはお前か。……そこらの浮浪者を連れてくるとは。ナギ、お前もいいご身分だな」


「……は?」


 怒りをあらわにしたのは、俺ではなくリクだった。浮浪者と言われて腹が立ったのだろうが……それもあながち否定できないぞ?

 兄さんは「ふんっ」と鼻で笑って、踵を返す。


「お兄さんよぉ……人を見た目で判断するのは良くないぜ? 対面早々に浮浪者扱いかよ!」


 おいおい、ちょっと待てよ。

 リクはあろうことか盛大に喰いついていって、兄さんにズンズンと詰め寄っていくじゃないか! さっきまで低姿勢だった腰が、今の一言で喧嘩腰にシフトチェンジしてしまった。


「リク、よせ! 頼むから喧嘩はやめろ⁉」


「なんだナギ。この俺が、こんな浮浪者に屈するとでも?」


「そういうんじゃないです、兄さん!」


 俺が拾ってきた得体の知れない男がそんな騒動を起こしたら、俺の立場がどうなるかなんて目に見えているじゃないか! 

 少なくとも相手が他の奴ならまだしも、マギ兄さんだけはマズい……!


「恩人の兄さんとは言え、今の発言は流石にムカついた」


「だったらどうした? 俺に謝罪でも求める……か……?」


 兄さん?

 二人のガン飛ばし合いが僅か数センチまで縮まった時、兄さんの言葉が詰まる。

 目を見開き、身の毛がよだち、何かを感じ取ったかのようにした――その時。


「――貴様っ⁉ 誰か、こいつをひっ捕らえろ!」


「は、はぁ⁉」


 兄さんが腰の剣を抜き、リクの首へ刃を向けた。


 その抜刀が一瞬だった上に、ギラリと光る刀身を見せつけられたリクは逃げることすらできない。「動けば斬られる……!」と本能的に感じたのだろう。


「お、おいっ! ふざけんな……なんだよいきなり⁉ 放せっ」


「兄さん、一体なにを……」


 俺は戸惑いながら声を上げるが、それを抑制する権限などなかった。

 館の四方からやって来た番兵によって、リクはあっという間に縄をかけられてしまう。抵抗するのも無駄で、逃げようとすれば首がはねられる。


「貴様の中から、を感じた。……それも、ただの人間が持ち得る代物ではない! 貴様、何者だ」


「リク、お前……」


 もしかして俺は、とんでもない奴を連れてきてしまったのではないか?

 兄さんの一言でリクに向けられた嫌疑は、人間以外の何か。つまりは魔族。

 ――よく考えれば、初めから何か不自然だったじゃないか。


「違う、俺は魔族なんかじゃない!」


 こちらが何を疑っているか、これまでの文脈から悟ったのだろう。リクはそれを振り払うかのように必死に声を荒げて、訴えた。


「俺はリク! 別の世界から送り込まれた、ただの人間だ!」


「知るか、独房へぶち込んでおけ」


「おい、待てよ!」


 抵抗も虚しく、牢の小屋へと連行されるのであった。

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2024年10月2日 08:15 毎日 19:03

最善の悪魔、そして最悪の勇者 ― 英雄殺しで、世界を救う ― hard(ハルト)少佐 @yamami_syosa

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